ジェイソン・プライディ

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ジェイソン・プライディ
Jason Pridie
プエブラ・パロッツ
Jason Pridie, 2015 Triple-A All-Star Game.jpg
AAA級ナッシュビル時代(2015年7月15日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アリゾナ州フェニックス
生年月日 (1983-10-09) 1983年10月9日(35歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 MLBドラフト2巡目(全体43位)でタンパベイ・デビルレイズから指名
初出場 2008年9月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェイソン・オービル・プライディJason Orville Pridie , 1983年10月9日 - )は、アメリカ合衆国アリゾナ州フェニックス出身のプロ野球選手外野手)。右投左打。MLBアリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下所属。

経歴[編集]

プロ入りとデビルレイズ傘下時代[編集]

2002年MLBドラフト2巡目(全体43位)でタンパベイ・デビルレイズから指名され、プロ入り。この年は傘下のアパラチアンリーグのルーキー級プリンストン・デビルレイズ英語版とA-級ハドソンバレー・レネゲーズでプレーし、2球団合計で75試合に出場して打率.366・8本塁打・34打点・13盗塁の成績を残した。

2003年はA級チャールストン・リバードッグスでプレーし、128試合に出場して打率.260・7本塁打・48打点・26盗塁の成績を残した。

2004年もA級チャールストンでプレーし、128試合に出場して打率.276・17本塁打・86打点・17盗塁の成績を残した。

2005年はA+級バイセイリア・オークスとAA級モンゴメリー・ビスケッツでプレーし、2球団合計で29試合に出場して打率.219・3本塁打・8打点・5盗塁の成績を残した。

2006年はAA級モンゴメリーでプレーし、132試合に出場して打率.230・5本塁打・34打点・16盗塁の成績を残した。

2007年はAA級モンゴメリーとAAA級ダーラム・ブルズでプレーし、2球団合計で134試合に出場して打率.303・14本塁打・66打点・26盗塁の成績を残した。

ツインズ時代[編集]

2007年11月28日マット・ガーザジェイソン・バートレットらとの3対3のトレードで、デルモン・ヤングブレンダン・ハリスとともにミネソタ・ツインズへ移籍[1]

2008年は傘下のAAA級ロチェスター・レッドウイングスで131試合に出場し、打率.265・13本塁打・61打点・25盗塁の成績を残した。9月3日トロント・ブルージェイズ戦でメジャーデビューを果たす。この年メジャーでは10試合に出場して4打数無安打だった。

2009年は主にAAA級ロチェスターでプレーし、121試合に出場して打率.265・9本塁打・53打点・25盗塁の成績を残した。この年メジャーでは1試合に出場(打席なし)しただけだった。

メッツ時代[編集]

2010年2月9日ウェイバーニューヨーク・メッツへ移籍した[2]。この年はメジャーでの出場は無く、主に傘下のAAA級バッファロー・バイソンズでプレーした。

2011年は控え外野手としてメジャーに定着。101試合に出場して打率.231・4本塁打・20打点・7盗塁の成績を残した。オフにFAとなった。

フィリーズ時代[編集]

2011年11月15日オークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだが、2012年3月9日に薬物検査で陽性反応を示した事が判明し、50試合の出場停止処分を受けた[3]。アスレチックス傘下でのプレーは無いまま6月4日にFAとなった。

その後、6月15日フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。主に傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスでプレーし、49試合に出場して打率.298・5本塁打・22打点・4盗塁の成績を残した。メジャーでは9試合に出場して打率.300・1本塁打・3打点の成績を残した。

オリオールズ時代[編集]

2012年11月6日ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ。2013年は主に傘下のAAA級ノーフォーク・タイズでプレーし、119試合に出場して打率.269・15本塁打・57打点・8盗塁の成績を残した。メジャーでは4試合に出場して打率.200・1打点の成績を残した。

ロッキーズ時代[編集]

2012年12月5日コロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ。2014年は主に傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスでプレーし、108試合に出場して打率.278・12本塁打・51打点・28盗塁の成績を残した。メジャーでは2試合に出場して4打数無安打だった。

アスレチックス時代[編集]

2015年1月11日にアスレチックスとマイナー契約を結んだ。この年は主に傘下のAAA級ナッシュビル・サウンズでプレー。127試合に出場し打率.310・20本塁打・89打点の成績を残した。メジャーでは6試合に出場して9打数無安打だった。

広島時代[編集]

2015年11月20日広島東洋カープとの契約が合意に達したと発表された[4]

2016年は開幕二軍スタートとなった。チームが中盤から外国人枠を投手3、野手1で起用し、野手もブラッド・エルドレッドエクトル・ルナが結果を出したため、一度も一軍昇格を果たせないままシーズンを終え、9月27日に球団から帰国が発表された[5]12月2日、自由契約公示された[6]

ダイヤモンドバックス傘下時代[編集]

2016年12月9日アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、2017年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[7]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 MIN 10 6 4 3 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0 0 1 0 .000 .200 .000 .200
2009 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2011 NYM 101 236 208 28 48 11 3 4 77 20 7 1 3 1 24 2 0 64 2 .231 .309 .370 .679
2012 PHI 9 10 10 1 3 1 0 1 7 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .300 .300 .700 1.000
2013 BAL 4 10 10 0 2 0 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .200 .200 .200 .400
2014 COL 2 4 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2015 OAK 6 10 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 4 0 .000 .100 .000 .100
通算:7年 133 276 245 33 53 12 3 5 86 24 7 1 4 1 26 2 0 73 2 .216 .290 .351 .641
  • 2016年度シーズン終了時

NPB記録[編集]

一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 11 (2008年 - 2009年)
  • 20 (2011年)
  • 16 (2012年)
  • 24 (2013年)
  • 26 (2014年)
  • 7 (2015年)
  • 13 (2016年)

脚注[編集]

  1. ^ Rays, Twins make six-player deal”. MLB.com Rays Press Release (2007年11月28日). 2015年11月22日閲覧。
  2. ^ Mets claim OF Jason Pridie”. MLB.com (2010年2月9日). 2015年11月22日閲覧。
  3. ^ Shea, John (2012年3月9日). “A's outfielder Jason Pridie to be suspended for positive drug test”. San Francisco Gate. 2015年11月22日閲覧。
  4. ^ ジェイソン・プライディ選手、選手契約合意!”. 広島東洋カープ (2015年11月20日). 2015年11月20日閲覧。
  5. ^ 広島プライディが帰国へ 1軍出場なし 2軍では・230、9本塁打”. デイリースポーツ (2016年9月27日). 2016年10月4日閲覧。
  6. ^ 自由契約選手 2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  7. ^ MLB公式プロフィール参照。2017年2月11日閲覧。

関連項目[編集]