ジェス・オルテガ

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ジェス・オルテガ
プロフィール
リングネーム ジェス・オルテガ[1]
ブル・オルテガ[1]
ヘスス・オルテガ[1]
マイティ・オルテガ[1]
マイティ・ウルスス[1]
ジェス・カーディナス[1]
ヘスス・カーディナス[1]
ラ・ロカ・オルテガ[1]
ラ・ロッカ・オルテガ[1]
オルテガ・サン[2]
エル・トロ[3]
本名 ヘスス・メレンデス・オルテガ
(Jesus Melendez Ortega)[1]
ニックネーム メキシコの狂える巨象[3]
身長 193cm[3]
体重 145kg[3]
誕生日 1922年[3][1]
死亡日 (1977-07-28) 1977年7月28日(55歳没)[1]
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州[3]
デビュー 1945年[3]
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ジェス・オルテガJesse Ortega、本名:Jesus Melendez Ortega1922年[3] - 1977年7月28日)は、アメリカ合衆国プロレスラーカリフォルニア州出身。出自はメキシコ系移民とされるが、プエルトリコ系という説もある[4]

来歴[編集]

1940年に18歳で海軍に入り、ガダルカナル戦線に従軍[4]。除隊後の1945年にプロレス入りし、地元のNWAカリフォルニア地区で活動[3]

中南米移民の多いカリフォルニア地区ではベビーフェイスとして活躍し、1954年10月6日にエンリケ・トーレスと組んでシャープ兄弟からNWA太平洋岸タッグ王座を奪取[5]。同年11月9日にはサンフランシスコにてルー・テーズNWA世界ヘビー級王者に挑戦した[6]

日本には1955年7月、日本プロレスに初来日。バッド・カーティスとの「中南米タッグ王者チーム」として参戦し、力道山&東富士の保持していたハワイ・タッグ王座とのダブルタイトル戦を2度行い、いずれも引き分けている[4]。以降も度々来日し、1959年5月にはワールド大リーグ戦の第1回大会に出場[7]。力道山と決勝を争うも敗退、準優勝となった[8]1963年の来日時には、2月9日に東京都体育館で力道山のインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦している[4][9]

1966年にはブル・オルテガBull Ortega)のリングネームでWWWFに進出。11月9日にボルチモア[10]、12月1日にワシントンDC[10]、翌1967年1月30日にはニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにて[11]ブルーノ・サンマルチノWWWF世界ヘビー級王座に挑戦した。WWWFではヒールとしてビル・ミラーゴリラ・モンスーンともタッグを組んでいる[12]

1968年4月には日本プロレスへの5回目の来日を果たし、キラー・コワルスキーフレッド・ブラッシーターザン・タイラーらと共に第10回ワールドリーグ戦に出場[13]。外国人陣営ではコワルスキーに次ぐ2位の戦績を残し、当時ジャイアント馬場が保持していたインターナショナル・ヘビー級王座にも挑戦[4]パット・パターソンをパートナーに吉村道明&大木金太郎アジアタッグ王座にも挑んだが、いずれも戴冠には至らなかった[4]。これが最後の来日となったが、馬場とは1972年2月19日、アメリカのミシガン州デトロイトで再び対戦している[12]

1970年代マイティ・ウルススMighty Ursus)のリングネームでカナダを主戦場に活動。1973年4月29日にはトロントにてタイガー・ジェット・シンと対戦した[12]。晩年の居住地となったカルガリースタンピード・レスリングでは、1975年7月18日にカーティス・イヤウケアの北米ヘビー級王座に挑戦している[14]。なお、マイティ・ウルススの名義ではWWWF入りする前の1966年1月6日、オレゴン州セイラムにてスタン・スタージャックと組み、シャグ・トーマス&ベアキャット・ライトを破ってNWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座を獲得している[15]

引退後は、オルテガ・サンOrtega-San)と名乗り、日本人ギミックの初代グレート・カブキ(レイ・ウルバノ)のマネージャーを担当していたこともあった[2]

1977年7月28日、カルガリーの自宅にて心臓発作のため死去[2][4]。55歳没[4]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

NWAサンフランシスコ
NWAオールスター・レスリング
  • NWAノースウエスト・タッグ王座:1回(w / ボブ・ワグナー)
スタンピード・レスリング
  • NWAカナディアン・タッグ王座(カルガリー版):1回(w / シャグ・トーマス)
  • スタンピード・インターナショナル・タッグ王座:2回(w / シャグ・トーマス、ターザン・トゥールヴィル[17]
ワールド・レスリング・アソシエーション(ロサンゼルス)
  • WWAインターナショナルTVタッグ王座:1回(w / ハンス・ヘルマン)
パシフィック・ノースウエスト・レスリング

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l Mighty Ursus”. Wrestlingdata.com. 2013年8月2日閲覧。
  2. ^ a b c Bull Ortega”. Online World of Wrestling.com. 2013年8月2日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『'88プロレスオールスターSUPERカタログ』P112(1988年、日本スポーツ出版社
  4. ^ a b c d e f g h 『THE WRESTLER BEST 1000』P280(1996年、日本スポーツ出版社)
  5. ^ a b NWA Pacific Coast Tag Team Title [San Francisco]”. Wrestling-titles.com. 2013年8月2日閲覧。
  6. ^ The San Francisco matches fought by Jesús Ortega in 1954”. Wrestlingdata.com. 2013年8月2日閲覧。
  7. ^ JWA 1959 The 1st Annual World Big League & International Selection Matches of the Summer”. Puroresu.com. 2016年8月15日閲覧。
  8. ^ JWA 1st Annual World League - Day 19”. Wrestlingdata.com. 2013年8月2日閲覧。
  9. ^ JWA 1963 International Competitions of the Spring”. Puroresu.com. 2016年8月15日閲覧。
  10. ^ a b The WWE matches fought by Bull Ortega in 1966”. Wrestlingdata.com. 2013年8月2日閲覧。
  11. ^ WWWF January 30, 1967”. Cagematch.net. 2013年8月31日閲覧。
  12. ^ a b c Wrestlers Database: Bull Ortega”. Cagematch.net. 2013年8月31日閲覧。
  13. ^ JWA 1968 The 10th Annual World Big League”. Puroresu.com. 2016年8月15日閲覧。
  14. ^ The Stampede matches fought by Mighty Ursus in 1975”. Wrestlingdata.com. 2013年8月31日閲覧。
  15. ^ a b NWA Pacific Northwest Tag Team Title”. Wrestling-titles.com. 2013年8月31日閲覧。
  16. ^ a b 『世界名レスラー100人伝説!!』P8(2003年、日本スポーツ出版社、監修:竹内宏介
  17. ^ Stampede International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年2月20日閲覧。