ジェンダー

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ジェンダーは多義的な概念であり、性別に関する社会的規範と性差を指す[1]。 性差とは、個人を性別カテゴリーによって分類し、統計的に集団として見た結果、集団間に認知された差異をいう[2][3]。 ジェンダーの定義と用法は年代によって変化する[4][5]。ジェンダーという概念は、性別に関して抑圧的な社会的事実を明らかにするとともに、ジェンダーをめぐる社会的相互作用をその概念自身を用いて分析するものである[6][7]

生物学的性別に関しては性別を参照。


語源と用法[編集]

生物のを示すジェンダー・シンボル(性別記号)。それぞれ火星金星を表す惑星記号に由来する。

語源はラテン語: "genus"(産む、種族、起源)である。共通の語源を持つ言葉として"gene"遺伝子)、"genital"(生殖の)、フランス語: genre(ジャンル)などがある。「生まれついての種類」という意味から転じて、性別のことを指すようになった。

この生物学的性のイメージを基にして、20世紀初頭には[要出典]"gender"[要出典]フランス語などにおける有性名詞の性による分類ないし分類クラスをさす文法的な用語として用いられるようになっていた。

英米語におけるgenderには、以下のような用法がある。

  1. 言語学における文法上ののこと。
  2. 生物一般における生物学的のこと。雌雄の別。
  3. 医学・心理学・性科学の分野における「性の自己意識・自己認知」のこと。性同一性
  4. 社会科学の分野において、生物学的性に対する、「社会的・文化的に形成された性」のこと。男性性・女性性、男らしさ・女らしさ。
  5. 社会学者のイヴァン・イリイチの用語で、男女が相互に補完的分業をする本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。
  6. 電子工学・電気工学の分野におけるコネクターの嵌め合い形状(オスとメス)の区別のこと。プラグとジャック、雄ネジと雌ネジなど。

1950年代から1960年代にかけ、アメリカの心理学者・性科学者ジョン・マネー John Money、精神科医ロバート・ストラー Robert Stoller らは、身体的な性別が非典型な状態の性分化疾患の研究において、その当事者に生物学的性別とは別個にある男性または女性としての自己意識、性別の同一性があり、臨床上の必要から「性の自己意識・自己認知(性同一性)」との定義で “gender” を用いた[8][9][10]。1960年代後半から “gender identity” とも用いられた(以降も医学・性科学では “gender (identity)” は「性の自己意識・自己認知(性同一性)」の定義で用いられており、後の社会学において定義される意味とは異なる)。

1970年代[11]より、一部の社会科学の分野において"gender"は生物学的性よりもむしろ社会的性の意味で用いられるようになった。しかし1970年代の時点では、"gender""sex"をどのような意味で用いるかについての合意は存在しなかった。たとえば1974年版の"Masculine/Feminine or Human"というフェミニストの本においては、「生得的なgender」と「学習されたsex role(性的役割)」という現代とは逆の定義がみられている。しかし同著の1978年の版ではこの定義が逆転している。1980年までに、大半のフェミニスト"gender"は「社会・文化的に形成された性」を、"sex"は「生物学的な性」として使用するようになった[12]。このように、社会科学の分野においてジェンダーという用語が社会・文化的性別のこととして用いられ始めたのは比較的最近のことであることが分かる。

現在、英語圏では、"gender"生物学的な性も社会的な性も指す単語として用いられる。前者の場合、単に「sex」の婉曲あるいは公的な表現として使用されていることになる。例えば、女子のスポーツ競技において、生まれつきの性別を確認するために染色体検査が行われることがあるが、これを指す用語として英語ではジェンダーベリフィケーション(「英語: gender verification」)という用語を用いる。

複数の英英/英和辞書において"gender"は、第一に「言語学的性(文法上の性)」として、第2に、古くから使われてきた「生物学的性別(sex)」として記述されている(出典:ジーニアス英和辞典、ウェブスターの辞書)。それらに続き、社会科学の分野において用いられる「社会的・文化的役割としての性」という意味の語として記述がなされることがある(出典:英語版ウィキペディア)。「言語学的性」とは、例えば男性を代名詞で「"he"、女性を"she"と分けて表記するようなことである。「生物学的性(sex)」とは、ロングマン現代英英辞典によれば、「the fact of being male or female(男性または女性であることの事実)」と説明され、「male(男性)」は「子供を産まない性」、「female(女性)」は「子供を産む性」と定義される。またヒト以外の動物の雌雄を記述する場合にも用いられる。「社会的文化的役割としての性」とは、その性(sex)から想起される「男らしさ」「女らしさ」といった様々な特徴のことである。

ジョーン・W・スコットの著書『ジェンダーと歴史学』によれば、近年、欧米の社会学において、"gender"という用語はほとんど(7割程度)の場合、「女性」と同義で使用されている(例:"gender and development" 女性とその経済力向上)。


日本において、ジェンダーという言葉が社会的に認知されたのは1990年代である[13]。『男女行動計画2000年プラン』では、ジェンダーは不平等を指摘し、それを是正する文脈で用いられるようになった[14]。ジェンダーは「ジェンダー・フリー」という表現に用いられることによって、性別二分法システム、性別カテゴリー自体の打破を視野に入れている[15]。ジェンダーの用法の広がりとともに、ジェンダー概念についての確認と捉え直しが必要になってきている[16]

社会的・文化的性の意識の変化[編集]

第二次世界大戦の間、輸送機の部品を作るために工場で労働する女性。

社会と同様に、「ジェンダー」(ここでは社会的・文化的性としての意味)は絶えず変化する。また、総力戦となった第二次世界大戦時の連合国および枢軸国では、男性が徴兵され戦場に出向いている間、女性が工場労働に従事することになり、その後に労働力として社会参加することの大きなきっかけとなった。

戦争とジェンダー[編集]

  • 比較的多くの国家で男性に対してのみ徴兵制が課されている。一方、「男性同盟が戦争を起こす」という言説を行い、「ジェンダー理論が平和を創る」とする言説がある[17]

生物学とジェンダー[編集]

オス(左)とメスのショウジョウバエ D. melanogaster。 メスは二本のX染色体の存在により決定される。

人間だけでなく、動物、植物、昆虫などの性(英語: sex)を表現するために用いる。性交との混同を避ける為に、生物学の分野では意識的に用いる必要があったからである。このため、欧米では一般でもジェンダー(gender)は、性(sex)と同義の言葉として婉曲的に用いられるようになった。生物学者は、研究対象が生物学的に雄であるか雌であるかを表現する為にジェンダー(gender)という用語を使う。

スポーツ選手の生物学的な性別検査スポーツにおける性別確認を参照)は英語で「ジェンダーヴェリフィケイション(gender verification)」と呼ばれ、人間の生物学的な「男女の産み分け」を「ジェンダーセレクション(gender selection)」と呼ぶ。また、昆虫の雌雄を判断し、より分けることを「雌雄判別(gender selection)」と呼ぶ[18]

宗教とジェンダー[編集]

キリスト教
世界人口の4割を占めるキリスト教では、神が男性であるというイメージが保持されている。かつては神の使者たる天使も成人男性の姿でイメージされていたが、近世以降は赤子や女性のイメージで描かれることも多い。カトリックオーソドクスでは聖職者の特定の地位になることが男性にしか許されていない。プロテスタントでは女性の教職者が認められている教派が多い。
仏教
大乗仏教では、仏陀は男性であるとの主張が法華経の一節の解釈から生じており女性は成仏しないが来世に男性として輪廻すれば、成仏する可能性があるとの考えが一部存在する。また、法華経という経典において、法華経の功徳で、女性が今生で男性に変化して成仏する場面が説かれている(変成男子)。
上座部仏教では、あくまで悟りを目的としており成仏を目的としていない。経典で複数の女性が在家、出家を問わずに涅槃に到達しており(阿羅漢果という)仏が必ず男であるなどという大乗仏教の考えは大乗仏教の異端性を示すものとして捉えられている。
神道
日本の神道では、明治以降は最高神が女性であるアマテラスとされている。
道教
道教では、陰と陽はそれぞれ女性と男性の属性であり、女性は月に、男性は太陽に支配されていると考えられている。

国連・持続可能な開発目標[編集]

ジェンダーの平等は、持続可能な開発のための2030アジェンダを構成する17のグローバル目標の一つであり、また、そのターゲット5.cにおいてジェンダー平等の促進が謳われている。[19]

関連文献[編集]

  • Ivan IllichGender (1982) ISBN 0-394-52732-1
  • 村田晶子編著『復興に女性たちの声を―「3・11」とジェンダー』早稲田大学出版部 (2012/10)ISBN 978-4-657-12316-9
  • 加藤秀一著『ジェンダー入門―知らないと恥ずかしい』朝日新聞社 (2006/11)ISBN 4-02-330373-9
  • 上野千鶴子宮台真司斎藤環小谷真理鈴木謙介後藤和智澁谷知美山口智美荻上チキ他共著 『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』 双風舎 (2006/06/26) ISBN 4-902465-09-4
  • 川本敏編『論争・少子化日本』中公新書(2001/05/15)ISBN 4-12-150006-7
  • 渡辺真由子著『オトナのメディア・リテラシー』 リベルタ出版 (2007/10)
  • アン・ファウスト=スターリング著『ジェンダーの神話―[性差の科学]の偏見とトリック』池上千寿子ほか訳 工作舎 (1990/5)ISBN 4-87502-167-4
  • ロンダ・シービンガー著『ジェンダーは科学を変える!?―医学・霊長類学から物理学・数学まで』小川眞里子ほか訳 工作舎 (2002/1)ISBN 978-4-87502-362-3
  • トマス・ラカー著『セックスの発明―性差の観念史と解剖学のアポリア』高井宏子ほか訳 工作舎 (1998/4)ISBN 4-87502-294-8

脚注[編集]

  1. ^ 『現代社会学事典』大澤真幸[ほか]/2012/弘文堂/P499
  2. ^ 『現代社会学事典』大澤真幸[ほか]/2012/弘文堂/P500
  3. ^ 『社会学事典』日本社会学会社会学事典刊行委員会/丸善/2010/P409
  4. ^ 『現代社会学事典』大澤真幸[ほか]/2012/弘文堂
  5. ^ 『社会学事典』日本社会学会社会学事典刊行委員会/丸善/2010
  6. ^ 『現代社会学事典』大澤真幸[ほか]/2012/弘文堂
  7. ^ 『社会学事典』日本社会学会社会学事典刊行委員会/丸善/2010
  8. ^ 日本社会学会・社会学事典刊行委員会 『社会学事典』 丸善、2010年(2010年7月30日第2刷発行)、408頁。
  9. ^ 中村美亜 「新しいジェンダー・アイデンティティ理論の構築に向けて—生物・医学とジェンダー学の課題」『ジェンダー&セクシュアリティ』 国際基督教大学ジェンダー研究センタージャーナル、2006年12月31日。
  10. ^ 山内俊雄 「性同一性障害とは—歴史と概要」『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年(2005年4月15日発行)、367–368頁。
  11. ^ 日本社会学会・社会学事典刊行委員会 『社会学事典』 丸善、2010年(2010年7月30日第2刷発行)、408頁。
  12. ^ 「ジェンダー」という言葉について
  13. ^ 「ジェンダー概念の検討」舘かおる『ジェンダー研究』第1号/お茶の水女子大学ジェンダー研究センター/1998/P81
  14. ^ 「ジェンダー概念の検討」舘かおる『ジェンダー研究』第1号/お茶の水女子大学ジェンダー研究センター/1998/P83
  15. ^ 「ジェンダー概念の検討」舘かおる『ジェンダー研究』第1号/お茶の水女子大学ジェンダー研究センター/1998/P84
  16. ^ 「ジェンダー概念の検討」舘かおる『ジェンダー研究』第1号/お茶の水女子大学ジェンダー研究センター/1998/P84
  17. ^ 『戦争とジェンダー―戦争を起こす男性同盟と平和を創るジェンダー理論』 若桑みどり
  18. ^ カイコ幼虫の斑紋による雌雄性の判別
  19. ^ 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択する国連サミット”. 外務省. 2016年11月30日閲覧。

関連項目[編集]