ジミー・ピアソール

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ジミー・ピアソール
Jimmy Piersall
Jimmy Piersall 1953.jpg
レッドソックス時代(1953年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 コネチカット州ニューヘイブン郡ウォーターバリー
生年月日 (1929-11-14) 1929年11月14日
没年月日 (2017-06-03) 2017年6月3日(87歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1948年
初出場 1950年9月7日
最終出場 1967年5月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェームズ・アンソニー・ピアソールJames Anthony Piersall, 1929年11月14日 - 2017年6月3日)は、アメリカ合衆国コネチカット州ニューヘイブン郡ウォーターバリー出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

経歴[編集]

1948年ボストン・レッドソックスと契約してプロ入り。20歳の1950年にメジャーデビューを果たしたが、1952年のシーズン中に神経衰弱で入院する。翌1953年に復帰してからは好守の中堅手として活躍し、1956年に40二塁打(アメリカンリーグ1位)と87打点、1957年には自己最多の19本塁打を放った。

ニューヨーク・メッツ時代の1963年に通算100本塁打を放った際には注目を集めようとして後ろ向きにベースを一周して非難を浴び、1ヶ月後に解雇された[1]

その後、ロサンゼルス・エンゼルスへ移籍し、1967年までプレーした。

人物[編集]

神経衰弱についた語った著書”Fear Strikes Out”はベストセラーとなり、アンソニー・パーキンス主演で映画化(邦題:栄光の旅路)もされた[1]

詳細情報[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 24(1950年)
  • 2(1952年)
  • 37(1953年 - 1963年途中)
  • 34(1963年途中 - 同年途中)
  • 4(1963年途中 - 1967年)

脚注[編集]

  1. ^ a b 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、434頁。ISBN 978-4-905369-67-7。

関連項目[編集]