ジャック・クイン (野球)

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ジャック・クイン
Jack Quinn
1921 Jack Quinn.jpeg
ニューヨーク・ヤンキースでの現役時代
(1921年)
基本情報
国籍 Flag of Austria-Hungary (1869-1918).svgオーストリア=ハンガリー帝国
出身地 ステフロフ英語版
生年月日 (1883-07-01) 1883年7月1日
没年月日 (1946-04-17) 1946年4月17日(62歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
196 lb =約88.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1907年
初出場 1909年4月15日
最終出場 1933年7月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・ピクス・クインJohn Picus Quinn, 1883年7月1日 - 1946年4月17日)は、オーストリア=ハンガリー帝国 ステフロフ英語版出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

経歴[編集]

謎の多い人物であり、本人ですら正確な名前や出生地を知らなかったが、調査の結果、生後間もなく東欧からアメリカに渡り、本名もJoannes Pajkosだったことが判明した。

1907年ニューヨーク・ハイランダーズと契約してプロ入り。1910年に18勝を挙げたがその後は低迷し、1914年フェデラルリーグボルチモア・テラピンズへ移籍すると、リーグ2位の26勝を挙げた。1916年から2年間はマイナーで投げ、再昇格後の1919年に15勝、1920年に18勝と復活した。

絶妙の制球力で1922年から8年連続二桁勝利を挙げ、1928年には45歳にして18勝、防御率2.90(アメリカンリーグ5位)の好成績を収めた。1929年には史上最年長(当時)の45歳11ヶ月で本塁打を放ち、翌1930年にはこれまた史上最年長の47歳2ヶ月でワールドシリーズに出場する。1932年ニューヨーク・ジャイアンツ戦では実に49歳1ヶ月で勝利投手(通算247勝目)となった。50歳となった翌1933年まで現役を続けた[1]

脚注[編集]

  1. ^ 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、146頁。ISBN 978-4-905369-67-7。

関連項目[編集]