ジョン・オーエン・ガントレット

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ジョン・オーエン・ガントレットJohn Owen Gauntlett1907年 - 1988年)は、イギリスウェールズ)人エドワード・ガントレット山田耕作の実子ツネとの間の長男で、語学者。フルート奏者。[1]

来歴・人物[編集]

青山学院大学、また神奈川県の横浜専門学校(現:神奈川大学)では1935年より兼任講師として英語を教えたとされる。戦後、進駐軍の教育部に技術顧問として勤務する。英語に関する著書多数[2]。法学上は、太平洋戦争中に、強迫を受けて無理矢理帰化申請を行って許可されたが、戦後にその許可について無効であると主張し、日本国を被告に日本国籍不存在確認訴訟を提起した(ガントレット事件(最大判昭和31年7月18日)が有名である。

フルート奏者でもあり、「日本フルート協会」設立時(1966年8月)には副会長をつとめた。

脚注[編集]

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