ジョン・マクラフリン

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ジョン・マクラフリン
John McLaughlin
John mclaughlin 1986 hollabrunn.jpg
ジョン・マクラフリン(1986年)
基本情報
出生名 ジョン・マクラフリン
別名 マハヴィシュヌ・ジョン・マクラフリン
生誕 (1942-01-04) 1942年1月4日(78歳) イングランドの旗 イングランド ヨークシャードンカスター[1]
出身地 イングランドの旗 イングランド
ジャンル フュージョン
ジャズ
インド音楽
フラメンコ
クラシック
職業 ギタリスト
作曲家
担当楽器 アコースティック・ギター
エレクトリック・ギター
ギターシンセサイザー
共同作業者 マイルス・デイヴィス
マハヴィシュヌ・オーケストラ
カルロス・サンタナ
シャクティ英語版
アル・ディ・メオラ
パコ・デ・ルシア

ジョン・マクラフリン(John McLaughlin, 1942年1月4日 - )は、イングランドヨークシャードンカスター出身のジャズ・ロックギタリスト[1]

テクニシャンとして知られ、ジャズをはじめ、インド音楽フラメンコクラシックなどの要素も広く取り込んでいる。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第49位、2011年の改訂版では第68位。

来歴[編集]

ロンドンでスタジオミュージシャンとしてキャリアを開始する。グレアム・ボンド・オルガニゼーション、ローリング・ストーンズジャック・ブルースなどのアルバムに参加。 ジョン・サーマン、トニー・オックスレーらと組んで1969年に初リーダー作『エクストラポレーション(extrapolation)』をリリース。ジャズ要素の濃い作品で、当時からジャズを主流にした非凡なセンス・テクニック・フィーリングの持ち主だった。

1969年にアメリカに渡り、トニー・ウィリアムスのライフタイムに参加[1]。また、ウィリアムスの紹介で知り合ったマイルス・デイヴィスのセッションにも度々参加し[1]、『イン・ア・サイレント・ウェイ(In A Silent Way)』、マクラフリンの名がタイトルで入っている『ビッチェズ・ブリュー(Bitches Brew)』、『オン・ザ・コーナーOn The Corner)』、『ビッグ・ファン(Big Fun)』、『ジャック・ジョンソン(A Tribute to Jack Johnson)』等にクレジットされている。マイルスはジャック・ジョンソンのライナーノート中でマクラフリンのプレイを「far in(奥深い)」と表現したように、彼を高く評価していた。

セッション・プレイヤーとしての評価も獲得し、ミロスラフ・ヴィトウスカーラ・ブレイウェイン・ショーターラリー・コリエルジョー・ファレルなどのアルバムに参加している。

1970年初頭にダグラス・レコード社から2作目のアルバム『ディボーション(Devotion)』を発表。3作目『マイ・ゴールズ・ビヨンド(My Goal's Beyond)』でインド音楽に傾倒した初期のスタイルを確立する。これには、彼が当時ヒンドゥー教に改宗して、ヒンドゥー教の高名な指導者であるシュリ・チンモイ師の弟子となった事が大きく影響している。このアルバムはチンモイに捧げられ、ライナーノートには彼の作った詩が掲載されている。ちなみにマクラフリンが初めて自分の名前に「マハヴィシュヌ」を付け加えたアルバムでもある。なお、マクラフリンは5年ほどで「自分を欺いてまで弟子でいることは出来ない」と感じ、チンモイのもとを離れたが、チンモイの没後のインタビューでは「彼が生涯のグルであることに変わりなく、その後もときどきは訪ね、良好な関係を続けていた」「僕は今もチンモイ師と強い結び付きを感じている」と語っている[2]

マイルスの勧めもあり、1971年マクラフリンは自己バンドのマハヴィシュヌ・オーケストラを結成。初期メンバーはマクラフリンと、ジェリー・グッドマン(vl)、ヤン・ハマーkey)、リック・レアード(b)、ビリー・コブハムds)。アルバム『内に秘めた炎The Inner Mounting Flame)』・『火の鳥Birds Of Fire)』などの中で、彼らはジャズインド音楽ロック等を独特の高度なアンサンブルで融合させることにより大きな成功を収めた。また、1972年には、同じくシュリ・チンモイに弟子入りしたラテン・ミュージシャンのカルロス・サンタナと2人でコラボレーション・アルバム『魂の兄弟たち(Love Devotion Surrender)』を録音し、ジョン・コルトレーンカバー曲などを収録した[3]。マハヴィシュヌ・オーケストラは、一度の一時的解散(1973年)と幾度かのメンバーチェンジを経て、最終的には1975年に解散するが、彼らの成功はフュージョンというジャンルの発展に大きく貢献し、1970年代ジャズ・ロックシーンにおいて重要なグループとなった。

マハヴィシュヌ・オーケストラの解散と前後して、マクラフリンはインド人音楽家たちと一緒にシャクティ英語版というバンドを結成した。シャクティでの彼はシンプルなアコースティックギターを用い、ワールドミュージックのはしりとでもいうべきインド音楽をジャズでアレンジした演奏を行なう。欧米だけではなくインド国内などでも演奏活動を繰り広げて高い音楽的評価を受けたが、商業的には成功しなかった。

1979年、パコ・デ・ルシアラリー・コリエルと組んでトリオを結成する。1980年にはコリエルが去り、その代わりとしてアル・ディ・メオラが加入する(この二人はこのあともその時々の都合で入れ替わる。1981年の日本公演にやってきたのはコリエル)。この三人は1996年にも再結成され、レコーディングと世界ツアーを行っている。

1980年代には、一時的にマハヴィシュヌ・オーケストラを再結成(ただし、彼以外は全員が新メンバー)してライヴ活動を行っている。この時の映像はDVDとして発売されており、彼はシンクラヴィアというシンセサイザーのギター型コントローラーを多用している様子を見ることができる。

1980年代終わりから1990年代の初め、彼はガットギターシンセサイザーを同調させた楽器を使い、パーカッション奏者のトリロク・グルトゥ、ベース奏者のカイ・エクハルト、ドミニク・デ・ピアッツァと組んでツアーを行い、アルバム『John Mclaughlin Trio Live』、『Que Alegria』を発表。またロンドン交響楽団をバックにした『地中海』を発表するなど精力的に活動。そして1995年にはこれまでの活動を集大成した金字塔『The Promise』をリリースし、一時期彼に影響を受けたと言われるロックギタリストジェフ・ベックとの共演が話題となった。

その後、エレクトリック・サウンドのハート・オブ・シングス・バンドの活動や、シャクティの元メンバーに新規加入メンバーを加えてリメンバー・シャクティとして活動した。2004年と2007年にエリック・クラプトン主催の、クロスロード・ギター・フェスティヴァルに参加。2007年には、ゲイリー・ハズバンド、アドリアン・フェロー、マーク・モンデシールと共に、ジョン・マクラフリン & 4thディメンションとしてワールドツアーを行った。2008年10月にはチック・コリア & ジョン・マクラフリン ファイヴ・ピース・バンドとしてワールドツアーを行い、2009年2月にはブルーノート東京でも公演を行った。2010年開催「第52回グラミー賞」において、チック・コリアと共同名義のアルバム『ファイヴ・ピース・バンド・ライヴ』で「最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」を受賞した[4]

2017年7月、バークリー音楽院から名誉音楽博士号を授与された[5]。2018年開催「第60回グラミー賞」において、『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ』(2017年)所収の"Miles Beyond"で「最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ」を受賞した[6]

ディスコグラフィ[編集]

単独リーダー作品[編集]

1960年代
1970年代
1980年代
  • 『ベロリゾンティ:美しき水平線』 - Belo Horizonte(1981年6月、7月)(Warner Music Group) 1981年
  • 『ミュージック・スポークン・ヒア:吟遊詩人』 - Music Spoken Here(1982年6月、7月録音)(Warner Music Group) 1982年
  • 『ギター・コンチェルト:地中海』 - "Mediterranean" Concerto(1988年録音)(CBS) 1990年
  • 『ジョン・マクラフリン・トリオ・ライブ』 - Live at the Royal Festival Hall(1989年11月録音)(JMT) 1990年
1990年代
2000年代
2010年代
  • 『ナウ・ヒアー・ディス』 - Now Here This (Abstract Logix) 2012年
  • 『ザ・ボストン・レコード』 - The Boston Record(2013年6月録音)(Abstract Logix) 2014年
  • 『ブラック・ライト』 - Black Light(2015年3月録音)(Abstract Logix) 2015年
  • 『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ』 - Live at Ronnie Scott's(2017年3月録音)(Abstract Logix) 2017年(ロンドン「ロニー・スコッツ・ジャズ・クラブ」におけるライヴ)

ライフタイム参加作品[編集]

トニー・ウィリアムスジョン・マクラフリンラリー・ヤング

  • 『エマージェンシー!』 - Emergency!(1969年5月録音)(Polydor) 1969年
  • 『ターン・イット・オーヴァー』 - Turn It Over(1969年5月録音)(Polydor) 1970年

マハヴィシュヌ・オーケストラ名義[編集]

  • 内に秘めた炎』 - The Inner Mounting Flame(1971年8月録音)(Columbia) 1971年
  • 火の鳥』 - Birds of Fire(1972年8月録音)(Columbia) 1973年
  • ザ・ロスト・トライデント』 - The Lost Trident Sessions(1973年7月録音)(Columbia) 1999年
  • 虚無からの飛翔』 - Between Nothingness & Eternity(1973年8月録音)(Columbia) 1973年(ライヴ)
  • 『黙示録』 - Apocalypse(1974年3月録音)(Columbia) 1974年
  • エメラルドの幻影』 - Visions of the Emerald Beyond(1974年12月録音)(Columbia) 1975年
  • 内深界』 - Inner Worlds(1975年録音)(Sony) 1976年
  • 『マハヴィシュヌ』 - Mahavishnu(1984年3月、4月録音)(Warner Bros.) 1984年
  • 『アドベンチャーズ・イン・ラジオランド』 - Adventures in Radioland(1986年1月~2月録音)(Relativity/PolyGram) 1987年

シャクティ名義およびリメンバー・シャクティ名義[編集]

  • 『シャクティ・ウィズ・ジョン・マクラフリン』 - Shakti(1975年7月録音)(Columbia) 1976年
  • 『美しき創造』 - A Handful of Beauty(1976年録音)(Columbia) 1976年
  • 『大地の躍動』 - Natural Elements(1977年録音)(Columbia) 1977年
  • 『リメンバー・シャクティ』 - Remember Shakti(1997年録音)(Verve) 1999年
  • 『ビリーバー』 - The Believer(2000年録音)(Verve) 2000年
  • 『サタデー・ナイト・イン・ボンベイ』 - Saturday Night in Bombay (Verve) 2001年

トリオ・オブ・ドーム名義[編集]

ジョン・マクラフリンジャコ・パストリアストニー・ウィリアムス

共同名義作品[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d Huey, Steve. “John McLaughlin - Biography & History”. AllMusic. 2020年6月19日閲覧。
  2. ^ 『ジャズギター・ブックVol.20』シンコーミュージック・エンタテイメント、2009年2月8日、8頁。ISBN 978-4-401-63278-7。
  3. ^ Jurek, Thom. “Love Devotion Surrender - John McLaughlin, Santana, Carlos Santana”. AllMusic. 2019年6月19日閲覧。
  4. ^ John McLaughlin Five Peace Band - Artist”. GRAMMY.com. Recording Academy. 2020年6月19日閲覧。
  5. ^ ジョン・マクラフリンに名誉音楽博士号授与”. ARBAN (2017年8月10日). 2018年12月3日閲覧。
  6. ^ 2018年グラミー全受賞者を発表。ジャズ部門ではジョン・マクラフリンらが受賞”. ARBAN (2018年1月30日). 2018年12月3日閲覧。

参考文献[編集]