ジョージ・チャムリー (第2代チャムリー伯爵)

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マルパスの聖オスワルド教会英語版にある家族納骨所のチャムリー家に関する説明。

第2代チャムリー伯爵ジョージ・チャムリー英語: George Cholmondeley, 2nd Earl of Cholmondeley PC FRS1666年1733年5月7日)は、イギリスの貴族、軍人。1666年から1715年までジョージ・チャムリー閣下儀礼称号を、1715年から1725年までニューバラ男爵の儀礼称号を使用した。

生涯[編集]

初代チャムリー子爵ロバート・チャムリー(1681年没)とエリザベス・クラドック(Elizabeth Cradock、ジョージ・クラドックの娘)の次男として生まれた[1][2]。兄に初代チャムリー伯爵ヒュー・チャムリーがいる。ウェストミンスター・スクールで教育を受けた後[3]、1680年にインナー・テンプルに入り、同年9月2日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学、一時従軍した後1695年11月9日にDCL英語版の学位を修得した[4]

軍歴では1685年6月にコルネット英語版として従軍、同年9月に大尉に昇進した[3]。1688年の名誉革命ではオラニエ公ウィレム3世(後のイングランド王ウィリアム3世)を支持して挙兵、ノッティンガムデヴォンシャー伯爵と合流した[2]ウィリアマイト戦争でも1690年のボイン川の戦い近衛擲弾騎兵隊英語版を率いて参戦、大同盟戦争では1692年のステーンケルケの戦いに参戦した[2]。以降は順調に昇進を続け、1689年に中佐に、1697年に准将に、1702年に少将に、1704年に中将に、1727年に騎兵大将に昇進した[3]

名誉革命が成功した後、1690年イングランド総選挙英語版ニュートン選挙区英語版から出馬して当選(1695年まで在任)、1691年に寝室宮内官英語版に任命され、1702年にウィリアム3世が死去するまで務めた[3]。1702年7月1日にグレイヴセンドおよびティルベリー総督英語版に任命され[2]、1706年5月21日に枢密顧問官に任命された[3]

1715年6月9日、王立協会フェローに選出された[5]

ハノーヴァー朝では1715年にアイルランド貴族ニューバラ男爵に叙され、1716年にグレートブリテン貴族ニューバーグ男爵に叙され、さらに1725年に兄ヒューが死去するとイングランド貴族チャムリー伯爵を継承した[2]。同年よりチェシャー知事英語版と北ウェールズ知事を務め(1733年まで在任)、軍職でも1725年から1733年までチェスター総督英語版を、1725年2月から1732年10月までキングストン=アポン=ハル総督英語版を、1732年10月から1733年5月までガーンジー総督英語版を務めた[3][5]

1733年5月7日にホワイトホールで死去[2]、5月17日にマルパス英語版で埋葬された[3]。長男ジョージが爵位を継承した[3]

家族[編集]

1698年4月、エリザベス・ファン・ロイテンブルフ(Elizabeth van Ruytenburg、1722年没)と結婚、3男3女をもうけた[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (in English) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 407.
  2. ^ a b c d e f Henderson, Thomas Finlayson (1887). "Cholmondeley, George" . In Stephen, Leslie. Dictionary of National Biography (in English). 10. London: Smith, Elder & Co. p. 271.
  3. ^ a b c d e f g h Cruickshanks, Eveline; Harrison, Richard (2002). "CHOLMONDELEY, Hon. George (1666-1733), of Cholmondeley, Cheshire". In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart. The House of Commons 1690-1715 (in English). The History of Parliament Trust. Retrieved 5 June 2019.
  4. ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Chocke-Colepeper. Alumni Oxonienses 1500-1714 (in English). Oxford: University of Oxford. pp. 274–303.
  5. ^ a b "Cholmondeley; George (c 1666 - 1733); 2nd Earl of Cholmondeley" (in English). Royal Society. Retrieved 5 June 2019.
イングランド議会 (en
先代:
サー・ジョン・チチェリー英語版
フランシス・チャムリー
庶民院議員(ニュートン選挙区英語版選出)
1690年 – 1695年
同職:サー・ジョン・チチェリー英語版 1690年 – 1691年
ジョン・ベネット 1691年 – 1695年
次代:
レイ・バンクス
トマス・ブラザートン
軍職
新設連隊 第1近衛擲弾騎兵隊英語版
1693年 – 1715年
次代:
ラムリー子爵
先代:
ウィリアム・セルウィン英語版
グレイヴセンドおよびティルベリー総督英語版
1702年 – 1725年
次代:
ウィリアム・タットン
先代:
アラン伯爵
第3近衛騎馬隊英語版隊長
1715年 – 1733年
次代:
アルベマール伯爵
先代:
チャムリー伯爵
チェスター総督英語版
1725年 – 1733年
次代:
チャムリー伯爵
先代:
トマス・スタンウィックス英語版
キングストン=アポン=ハル総督英語版
1725年 – 1732年
次代:
エドワード・モンタギュー英語版
先代:
ダニエル・ハーヴィー英語版
ガーンジー総督英語版
1732年 – 1733年
次代:
リチャード・サットン英語版
名誉職
先代:
チャムリー伯爵
チェシャー英語版アングルジー英語版
カーナーヴォンシャー英語版フリントシャー英語版
メリオネスシャー英語版モンゴメリーシャー英語版知事

1725年 – 1733年
次代:
チャムリー伯爵
チェシャー副提督英語版
1725年 – 1733年
デンビーシャー知事英語版
1725年 – 1733年
次代:
サー・ロバート・コットン準男爵英語版
イングランドの爵位
先代:
ヒュー・チャムリー
チャムリー伯爵
1725年 – 1733年
次代:
ジョージ・チャムリー
グレートブリテンの爵位
爵位創設 ニューバーグ男爵
1716年 – 1733年
次代:
ジョージ・チャムリー
アイルランドの爵位
爵位創設 ニューバラ男爵
1715年 – 1733年
次代:
ジョージ・チャムリー