ステファン・バックランド

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ステファン・バックランド Portal:陸上競技
Stéphane Buckland Helsinki2005.jpg
選手情報
ラテン文字 Stéphan Buckland
国籍 モーリシャスの旗 モーリシャス
競技 陸上競技短距離走
種目 100m, 200m
生年月日 (1977-01-12) 1977年1月12日(42歳)
生誕地 モーリシャスの旗 プレーン・ウィルヘルム県フロレアル英語版
身長 178cm
体重 70kg
引退 2010年
成績
オリンピック 100m:2次予選4組4着(2000年
200m:6位(2004年
4x100mR:予選3組5着(2000年)
世界選手権 100m:2次予選3組7着(1999年
200m:5位(2003年, 2005年
4x100mR:準決勝2組7着(2001年
地域大会決勝 コモンウェルスゲームズ
200m:2位(2006年
4x100mR:4位(2006年)
最高世界ランク 200m8位(2003年)
自己ベスト
60m 6秒72(2004年)
100m 10秒13(2001年, 2002年)モーリシャス記録
200m 20秒06(2003年)モーリシャス記録
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ステファン・バックランドStéphan Buckland1977年1月12日 ‐ )は、モーリシャスフロレアル英語版出身で短距離走を専門にしていた元陸上競技選手。100mで10秒13、200mで20秒06の自己ベスト持つ、両種目のモーリシャス記録保持者。

インド洋に浮かぶ小国モーリシャスが生んだ世界レベルのスプリンター。2003年に200mでアフリカ歴代3位(当時)の20秒06をマーク[注 1]世界選手権オリンピックの200mではメダル獲得こそないものの、2004年アテネオリンピックで6位、2001年エドモントン世界選手権で6位、2003年パリ世界選手権2005年ヘルシンキ世界選手権で5位の実績を持つ。年間王者決定戦であるワールドアスレチックファイナルの200mには2006年と2007年を除く全ての大会に出場し、2008年シュトゥットガルト大会では優勝して自身初のビッグタイトルを獲得した。

経歴[編集]

2000年[編集]

9月のシドニーオリンピックに出場すると、男子100mは2次予選で10秒26(+0.8)の組4着に終わり、準決勝に進出できる組3着とは0秒01差で敗退[1]。男子200mでは準決勝まで進出したが、決勝に進出できる組4着までには入れず、20秒56(-1.1)の組6着で敗退した[2]

2001年[編集]

7月のフランス語圏競技大会には男子100mと200mと4×100mリレーの3冠を達成した。100mでは決勝で10秒13(+0.7)のモーリシャス記録を樹立し、2年前の1999年セビリア世界選手権の100mで銀メダルを獲得しているブルニー・スリン(10秒18)を破っての優勝を成し遂げた。8月のエドモントン世界選手権では男子200mの2次予選を20秒23(+1.2)のモーリシャス記録(当時)で突破。準決勝でも20秒15(+1.0)のモーリシャス記録(当時)を樹立して決勝に進出したが、2位と7位が0秒05差という大混戦となった決勝は20秒24(+0.1)の6位に終わり、2位・3位とは0秒04差でメダルを逃した[3]。アンカーを務めた男子4×100mリレーは予選を38秒99のモーリシャス記録で突破したが、準決勝は39秒25の組7着で敗退した[4]

2003年[編集]

8月にパリ世界選手権男子200mに出場すると、1次予選を全体2位の20秒38(+0.7)で突破。2次予選ではアフリカ歴代3位(当時)およびモーリシャス記録の20秒06(+0.7)を樹立して全体1位で突破。準決勝は2次予選のタイムに迫る20秒11(+0.6)をマークして全体2位で2大会連続となる決勝に進出したが、決勝では今大会で1番悪いタイムの20秒41(+0.1)をマークし、3位とは0秒03差の5位でメダルを逃した[5]。9月14日に年間王者決定戦であるワールドアスレチックファイナル男子200mに出場すると、ジョシュア・ジョンソン(20秒35)、ショーン・クロフォード(20秒37)に次ぐ20秒44(+0.1)の3位に入った[6]

2004年[編集]

8月にアテネオリンピック男子200mに出場すると、1次予選を全体1位の20秒29(+1.5)、2次予選を全体8位の20秒36(+0.1)、準決勝を全体5位の20秒37(+0.2)でそれぞれ突破。オリンピックで初の決勝に進出し、決勝では今大会で1番のタイムとなる20秒24(+1.2)をマークするも6位に終わった[7]。9月19日のワールドアスレチックファイナル男子200mに2大会連続の出場を果たすと、アサファ・パウエル(20秒06)、フランク・フレデリクス(20秒31)に次ぐ20秒41(+0.7)の3位に入った[8]

2005年[編集]

8月にヘルシンキ世界選手権男子200mに出場すると、3大会連続となる決勝に進出するも20秒41(-0.5)の5位に終わり、3位とは0秒10差でメダルを逃した[9]

2006年[編集]

3月にコモンウェルスゲームズに出場すると、男子200mでは初めて決勝に進出。決勝は20秒47(+0.5)をマークしたオマー・ブラウンと同タイム着差ありの2着に敗れ、ビッグタイトルをわずかな差で逃した。

2008年[編集]

8月の北京オリンピックではモーリシャス選手団の旗手を務めた。出場した男子200mでは準決勝で20秒48(+0.1)の組6着に終わり、2大会連続の決勝進出はならなかった[10]。9月14日のワールドアスレチックファイナル男子200mに4度目の出場を果たすと、20秒57(-0.1)をマークし、ポール・ヘッション英語版(20秒58)、ブレンダン・クリスチャン(20秒61)らを破り、31歳にして初のビッグタイトルを獲得した[11]

2010年[編集]

8月の引退レースをもって現役を引退した[12]

自己ベスト[編集]

記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風を意味する。

種目 記録 年月日 場所 備考
屋外
100m 10秒13 (+0.7)
10秒13 (-1.3)
2001年7月21日
2002年4月21日
カナダの旗 オタワ
モーリシャスの旗 レデュイ
モーリシャス記録
150m 15秒77 2008年1月19日 モーリシャスの旗 レデュイ
200m 20秒06 (+0.7) 2003年8月27日 フランスの旗 パリ モーリシャス記録
室内
60m 6秒72 2004年3月5日 ハンガリーの旗 ブダペスト

主要大会成績[編集]

備考欄の記録は当時のもの

大会 場所 種目 結果 記録 備考
1994 世界ジュニア選手権 ポルトガルの旗 リスボン 200m 1次予選 22秒26 (+1.2)
1995 アフリカジュニア選手権 (en コートジボワールの旗 ブアケ 100m 6位 10秒89 (-1.1)
1996 アフリカ選手権 (en カメルーンの旗 ヤウンデ 100m 準決勝
世界ジュニア選手権 オーストラリアの旗 シドニー 100m 2次予選 11秒13 (-1.5)
1998 インド洋諸島ゲームズ (en フランスの旗 サン=ドニ 100m 2位
4x100mR 優勝 39秒86
コモンウェルスゲームズ (en マレーシアの旗 クアラルンプール 4x100mR 7位 42秒70
1999 世界室内選手権 日本の旗 前橋 60m 予選 6秒81
世界選手権 スペインの旗 セビリア 100m 2次予選 10秒39 (-0.6)
アフリカ競技大会 (en 南アフリカ共和国の旗 ヨハネスブルグ 100m 8位 11秒17
4x100mR 5位 39秒83
2000 アフリカ選手権 (en アルジェリアの旗 アルジェ 100m 2位 10秒20
4x100mR 2位 40秒07
オリンピック オーストラリアの旗 シドニー 100m 2次予選 10秒26 (+0.8) 0秒01差で準決勝進出を逃す
200m 準決勝 20秒56 (-1.1)
4x100mR 予選 39秒55 (3走)
2001 フランス語圏競技大会 (en カナダの旗 オタワ 100m 優勝 10秒13 (+0.7) モーリシャス記録
200m 優勝 20秒33 (+0.5)
4x100mR 優勝 39秒04
世界選手権 カナダの旗 エドモントン 200m 6位 20秒24 (+0.1) 3位と0秒04差
2次予選20秒23 (+1.2):モーリシャス記録
準決勝20秒15 (+1.0):モーリシャス記録
4x100mR 準決勝 39秒25 (4走) 予選38秒99:モーリシャス記録
グッドウィルゲームズ (en オーストラリアの旗 ブリスベン 200m 7位 20秒92
2002 コモンウェルスゲームズ (en イギリスの旗 マンチェスター 200m 準決勝 20秒61 (+0.4)
2003 世界室内選手権 イギリスの旗 バーミンガム 60m 予選 6秒84
世界選手権 フランスの旗 パリサン=ドニ 200m 5位 20秒41 (+0.1) 3位と0秒03差
2次予選20秒06:モーリシャス記録
インド洋諸島ゲームズ (en モーリシャスの旗 モカ 100m 優勝 10秒60 (-3.8)
200m 優勝 20秒64 (-3.5)
4x100mR 優勝 39秒23
ワールドアスレチック
ファイナル
 (en
モナコの旗 モナコ 200m 3位 20秒44 (+0.1)
2004 世界室内選手権 ハンガリーの旗 ブダペスト 60m 準決勝 6秒75
オリンピック ギリシャの旗 アテネ 200m 6位 20秒24 (+1.2)
ワールドアスレチック
ファイナル
 (en
モナコの旗 モナコ 200m 3位 20秒41 (+0.7)
2005 世界選手権 フィンランドの旗 ヘルシンキ 200m 5位 20秒41 (-0.5)
ワールドアスレチック
ファイナル
 (en
モナコの旗 モナコ 200m 5位 20秒64 (-1.5)
2006 コモンウェルスゲームズ (en オーストラリアの旗 メルボルン 200m 2位 20秒47 (+0.5) 1位と同タイム着差あり
4x100mR 4位 39秒97
アフリカ選手権 (en モーリシャスの旗 バンブース 200m 2位 20秒67 (-1.5)
ワールドカップ (en モナコの旗 モナコ 200m 8位 20秒96 (+0.1) アフリカ代表
4x100mR 5位 38秒87 アフリカ代表の混成チーム[注 2]
2008 アフリカ選手権 (en エチオピアの旗 アディスアベバ 100m 準決勝 10秒54 (+0.5)
200m 2位 20秒62 (+0.3)
オリンピック 中華人民共和国の旗 北京 200m 準決勝 20秒48 (+0.1)
ワールドアスレチック
ファイナル
 (en
ドイツの旗 シュトゥットガルト 200m 優勝 20秒57 (-0.1)
2009 世界選手権 ドイツの旗 ベルリン 200m 2次予選 21秒33 (-0.3)
ワールドアスレチック
ファイナル
 (en
ギリシャの旗 テッサロニキ 200m 4位 20秒75 (-0.3)
フランス語圏競技大会 (en レバノンの旗 ベイルート 200m 2位 20秒59 (-0.2)
4x100mR 2位 39秒60

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ナミビアフランク・フレデリクス(19秒68)、ナイジェリアフランシス・オビクウェル(19秒84)に次ぐ。
  2. ^ 1走はナイジェリアのAdetoyi Durotoye、2走はナイジェリアのウチェナ・エメドル、3走がバックランド、4走はガーナエリック・ヌカンサー

出典[編集]

夏季オリンピック
先代:
Michael Medor
(男子ボクシング選手)
2004 アテネ
モーリシャス選手団の旗手
2008 北京
次代:
Natacha Rigobert
(女子ビーチバレー選手)
2012 ロンドン