ストレジェフ公国

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ストレジェフ公国ロシア語: Стрежевское княжествоベラルーシ語: Стрэжаўскае княства)は12世紀後半に存在していたルーシの分領公国である。公国名は首都のストレジェフに由来するが、その位置は不明である。

ストレジェフ公国は、1159年ポロツク公ログヴォロドイジャスラヴリ公国を占拠した際に、イジャスラヴリ公フセヴォロドからイジャスラヴリを取り上げ、代わりにストレジェフを与えたことによって形成された。諸々の面から判断すると、フセヴォロドは死去する1162年までストレジェフ公国を領有していた。以降のストレジェフ公国について知りうる史料はない。

ストレジェフ公[編集]

  • フセヴォロド・グレボヴィチ(be):ミンスク公グレプの子。在位:1159年 - 1162年。

出典[編集]

  • Славянская энциклопедия. Киевская Русь — Московия: в 2 т. / Автор-составитель В. В. Богуславский. — М.: ОЛМА-ПРЕСС, 2001. — Т. 2.