スパンカー

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スパンカー
英字表記 Spanker
品種 サラブレッドまたはアラブ系
性別
毛色 鹿毛
生誕 1675年(1670, 1678年とも)
ダーシーズイエローターク
オールドモロッコメア
母の父 フェアファックスモロッコバルブ
生国 イングランドの国旗 イングランド王国
生産 第2代バッキンガム公
馬主 第2代バッキンガム公
→チャールズ・ペルハム
競走成績
生涯成績 不明
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スパンカーSpanker、またはオールドスパンカー〈Old Spanker〉、ペルハムズベイアラビアン〈Pelham's Bay Arabian〉、1675年 - ?)は、17世紀後半にイギリスで活躍した競走馬種牡馬。初期のサラブレッドに強い影響を与えた。馬名英語で「帆の一種」あるいは「駿馬」の意。

ジェネラルスタッドブックなどは、1675年頃に第2代バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズが生産したとする(異説ではチャールズ・ペルハムの生産)。18世紀の同名馬と区別する際は、オールドスパンカーやバッキンガム公のスパンカーと呼ぶ。父ダーシーズイエローターク(Darcys Yellow Turk)は1670年頃に輸入された馬で、母オールドモロッコメア(Old Morocco Mare)は、輸入種牡馬フェアファックスモロッコバルブ(Fairfax's Morocco Barb)と6号族始祖オールドボールドペグ(Old Bald Peg。1640年頃の生まれか)の間に生まれた牝馬である。

競走成績の詳細は不明だが、主にニューマーケットで走っていた。優れた馬だったことは確かで、チャールズ2世(在位:1660年 - 1685年)の統治下でもっともよい馬という。1687年にバッキンガム公が死亡した後はチャールズ・ペルハムが購入した。この時期、少なくとも12頭の産駒を残した。スパンカーのもう1つの馬名ペルハムズベイアラビアンは、この時の馬主毛色、アラブ色の強い血統に由来している。

産駒は、3頭の牡馬と少なくとも9頭の牝馬がジェネラルスタッドブックに記録されている。ケアレス(Careless)とヤングスパンカー(Young Spanker)は競走馬として活躍し、牝馬のうち2頭は27号族と42号族の始祖となった。その他、いわゆる三大始祖の後継種牡馬となったジグ(Jigg、母父がスパンカー)、バートレットチルダーズ(Bartlet's Childers、母がスパンカーの2×3を持つ)、ケード(Cade、やや遠いが母母母母父がスパンカー)といった種牡馬の血統中にもスパンカーの名を見つけることができる。

血統表[編集]

スパンカー血統(ダーシーズイエローターク系)

D'Arcys Yellow Turk
月毛
不明 不明 不明
不明
不明 不明
不明
(Sedbury Mare) (Sedbury) (Rigged Lady)
(Sea Sick)
不明 不明
不明

Old Morocco Mare
芦毛
Fairfax Morocco Barb
芦毛
不明 不明
不明
不明 不明
不明
Old Bald Peg
栗毛 1635年?
Arabian 不明
不明
Barb mare 不明
6号族始祖

参考文献[編集]