スピノサウルス
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スピノサウルス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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![]() 現時点のスピノサウルス復元図(2020年)
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地質時代 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
中生代白亜紀前期~後期 (約1億1,200万 - 9,350万年前) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Spinosaurus Stromer, 1915 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
種 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スピノサウルス(Spinosaurus)は、中生代白亜紀前期から後期(約1億1,200万 - 9,350万年前)の現アフリカ大陸北部に生息していた獣脚類(魚食・肉食恐竜)[1]。
名前[編集]
属名は「棘トカゲ」を意味する[2]。中国語名はラテン語の意味を合わせて「棘龍」(ジーロン)と翻訳された。
形態・生態[編集]
身長・体重[編集]
骨格標本から推定される成体の全長は12.6メートルから18メートル。既知の肉食恐竜の中でも最大の大きさを誇り、ティラノサウルス、ギガノトサウルス、カルカロドントサウルスなどの他の獣脚類とほぼ同じかそれよりも大きい[3]。部分的なものではあるが非常に巨大な骨格も発掘されている。体重に関してはティラノサウルスに比べ首などが長く細身なため、幾分軽く4トンから6トン程とする説から、後述する水中生活の際に浮力を抑えるためと推定される骨密度の高さから21トン程まで諸説ある。[4]
背部突起[編集]
高さ1.8メートルにもなる胴堆の棘突起は、学名の元になった。この突起の生体については、いくつかの仮説が挙げられている。最も有名なものとして、皮膚に覆われた帆を形作っていたという説がある。この帆は当時の炎暑の気候に適応し、ラジエーターとしての機能を果たしたと推定されている[2]。このような胴構造のため自在な運動は出来なかったとも考えられている。
それ以外の有力な仮説として筋肉の隆起という説もあり、1915年に学名の記載主であるシュトローマー自身が提唱している[5]。この仮説の根拠の基盤の一つとなったのが、バイソン属 (特にアメリカバイソンやジャイアントバイソン)や、メガセロプス等の大型草食哺乳類の骨格とされている。スピノサウルスやオウラノサウルス、大小の程度こそあるがアクロカントサウルス、プロトケラトプス、ステゴサウルス等の背部突起は、ディメトロドンやエダフォサウルスの突起やカメレオンなどの現生爬虫類の帆的な突起よりも、バイソン等が自身の強力な筋肉を支える背部突起との類似点の方が目立つ[6][7]。 また、やはり背部隆起を持つヒグマ同様、獲物の魚を探すための姿勢を保つ必要性があったことや、胚の形態を推測すると帆にあたる部分が見あたらないだけでなく逆にバイソンの背部隆起の成長と類似性が見当たる事、他の近縁種の骨格と比較した際に帆へと進化させるには進化の速度に不自然な部分があり、帆を持つことで他の大型捕食者や他のスピノサウルスなどとの闘争において弱点を持つ可能性があることからも、筋肉の隆起の合理性を支持する声もある[8]。 また、後述の通りスピノサウルスが四足歩行をしていた可能性が後年に指摘されたが、この「Bison-backed-dinosaur (バイソン型恐竜)」の仮説が出された際に四足歩行の可能性も指摘されており、これは後年の発表より数十年近くも前の事だった[6][7]。
その他にも、当時に砂漠的な環境があったという前提で[7]、ラクダの様に栄養分や水分等を蓄えるコブであった可能性も指摘されている。[9]
食性[編集]

バリオニクスやスコミムス等の近縁種から想像されるその頭部はやや細長く、現生の魚食性ワニであるインドガビアルを思わせる。歯も、魚食性ワニのような“鱗が張り付きにくい表面構造のもの”に類似しており、魚を主食としていた可能性が高い。近年の化石に対するCT検査では鼻腔には細孔が無数にある。ワニと同様に、この細孔に水の動きを感知するための感覚器が集中していたと推測され、このことから主に水辺~水中で獲物を得ていたと思われる[10]。この一方、乾季で川が干上がり魚の取れない時期などの機会があれば、現生のワニやクマのように魚以外の獲物(他の恐竜やその死体など)も食料としていたと考えられる(事実、近縁種で同じく魚食性が強かったと思われるバリオニクスの化石では、消化器官にあたる部位からイグアノドンの未消化の骨が見つかっている)。オンコプリスティス(軟骨魚類ノコギリエイ目)の化石と共に発見されることが多く、2005年に発見された化石には同種の骨の破片が確認されており、両者が捕食者、被捕食者の関係にあったと考えられている[10]。
白亜紀の現アフリカ大陸北部に当たる地域ではカルカロドントサウルス、デルタドロメウス、ルゴプス、そして本種の4種類の肉食恐竜が存在していた。これらは主食となる獲物の対象を異にしていたが、時にはカルカロドントサウルスに襲われることもあったらしく、カルカロドントサウルスに棘突起を噛みちぎられたと思われるスピノサウルスの脊椎も見つかっており、競合しつつ共存していたことがうかがえる(この事例は、スピノサウルスが四足歩行であったか、二足歩行だとしても従来考えられていたよりも脚が短かったと思われ、後述の説を補強する間接的な証拠にもなっている)[10]。その一方で気候変動で乾季が長引き上記の肉食恐竜との争いが増加した事で、魚食を主にするこの恐竜が争いに敗れ絶滅の要因になったという説も存在する。
発見と研究の歴史[編集]
アフリカ大陸のエジプトやニジェールなどから化石が発見されている。1915年、ドイツの古生物学者エルンスト・シュトローマーにより発見された最初の化石はカルカロドントサウルスなどと共に、第二次世界大戦中の1944年、連合軍によるミュンヘン空襲の際に破壊されてしまった。このため、2013年頃に再発見されるまでは良い標本が無く、謎の恐竜であった[11]。
ミュンヘン空襲による化石の喪失後はノートやスケッチ、写真といった資料しか残存しておらず、復元は難航した[12]。こうした事情からスピノサウルスの復元図は時期によって大きく変遷しており、初期にはカルノサウルス類に属するアクロカントサウルスとも近縁の肉食恐竜とする説も存在したが[13]、1996年にモロッコにおいて頭骨の化石が発見されると、現生のガビアルにも類似する顎の形状からカルノサウルス類に準拠していた頭部の復元は改められ、バリオニクスと近縁の魚食であったとする説に変遷した[14]。
その後、2014年9月11日、シカゴ大学のニザール・イブラヒムが『サイエンス』に発表したところによると、新たに発見されたスピノサウルスの骨格を調査した結果「後脚は水中生活への適応のために、これまで予想されていた復元より短く、陸上では前肢をついて四足で歩行し、深い川で長い時を過ごしサメやエイなどの魚を捕食していた」と唱えられた。これが事実ならば、獣脚類で四足歩行をしていた非常に珍しい種であることになるが[15]、当時スピノサウルスが生息していた地域の環境は炎暑で、小さく浅い川が多かった可能性が高く、仮にある程度の規模の河川があったとしても、現代のアフリカなどの熱帯地域の様に、乾季などの季節によって干上がったり、規模が大幅に縮小する例も多く、スピノサウルス程の巨大な動物が水生に適応し、生態系を形成できる程の大河が存在したのかという環境的な点や、浮力を活かしづらく、遊泳(特に潜水)にデメリットとなる帆を持っているという生物としての形態的な点(ワニやカワウソ、エリオプスなど、水中生活に適応した動物の殆どは現生種・絶滅種問わず浮力を活かし易く、遊泳の際に水の抵抗を受けにくい体型となっている)、ディプロドクスなどの当初は水中生活をしていたと推測された恐竜が実はそうでなかったなど研究史の変遷などの点から、疑問視する意見もある[16]。
2020年に発表された最新の知見においては、スピノサウルスの尻尾はワニやイモリ、そしてある種のオオトカゲのような太さを備えていた事が示された[17]。この研究は2018年に見つかった131個の骨片(内36個が脊椎)を元にしている。この報告が正しいとするならば、スピノサウルスは、垂直に伸びた尾椎の突起をまるで船のオールのように使って水中を泳ぎ回っていたことになる。以前から獣脚類が時として水中を泳ぐ事があったのは足跡の研究により示唆されてきたが、スピノサウルスの遊泳はそれよりも遊泳効率を高めたものと推測されている[18]。
一方で、2021年1月26日付けで米メリーランド大学カレッジパーク校の古生物学者トム・ホルツらによって『オンラインジャーナル「Paleontologia Electronica」』に発表された論文では、歯の化石の化学的特徴から顎の構造まで、スピノサウルスは魚をはじめとする水辺の生き物をよく食べていたという証拠が残されており、「スピノサウルスに水陸両方とのつながりがあったことはまず間違いない」とした上で同時に「スピノサウルス科は陸生の恐竜、さらには翼竜まで食べていたと示唆する化石記録もある。さらに、生まれる前の恐竜は卵が水没すると溺れてしまうため、少なくとも、産卵は陸上で行っていたことになる」と分析し、その結果として、スピノサウルスは現代のコウノトリやサギのように、水辺で獲物を待ち、水に頭を突っ込んで捕食していたという見解を示している[19]。
分類上の位置[編集]
バリオニクスなどと共にスピノサウルス科に分類される。日本からもこの仲間と思われる歯の化石が群馬県神流町及び和歌山県湯浅町から発見されている。
- テタヌラ類
- アヴェテロポーダ Avetheropoda または ネオテタヌラ Neotetanurae
- スピノサウルス上科 Spinosauroidea
- アフロヴェナトル Afrovenator
- トルヴォサウルス科 Torvosauridae
- トルヴォサウルス Torvosaurus
- メガロサウルス? Megarosaurus
- スピノサウルス科 Spinosauridae
- シアモサウルス Siamosaurus
- バリオニクス亜科 Baryonycinae
- スピノサウルス亜科 Spinosaurinae
- スピノサウルス Spinosaurus
- イリタトル Irritator
日本における展示物[編集]
モロッコで発掘された頭骨化石は2018年、化石収集家により成城学園(東京)に寄贈された。実物は研究のため群馬県立自然史博物館に貸し出し、校内でレプリカを展示する計画である[20][21]。
また、この頭骨に準じた全身復元骨格は、日本の幕張メッセで行われた『恐竜博2009』のために作られ公開された。この標本は長野県の飯田市美術博物館が収蔵展示している。2013年の新標本や2014年の水棲説強化をふまえた新復元の全身骨格は2016年に開催された『恐竜博2016』にて公開された[22]。
脚注[編集]
- ^ “デジタル大辞泉の解説”. コトバンク. 2018年3月11日閲覧。
- ^ a b リチャードソン 2005, p. 108.
- ^ GAUTAM NAIK (2014年9月12日). “最大の肉食恐竜は泳ぎがうまかった”. ウォール・ストリート・ジャーナル 2014年9月13日閲覧。
- ^ Therrien, F.; Henderson, D.M. (2007). "My theropod is bigger than yours...or not: estimating body size from skull length in theropods". Journal of Vertebrate Paleontology. 27 (1): 108–115.
- ^ Stromer, E. (1915). “Ergebnisse der Forschungsreisen Prof. E. Stromers in den Wüsten Ägyptens. II. Wirbeltier-Reste der Baharije-Stufe (unterstes Cenoman). 3. Das Original des Theropoden Spinosaurus aegyptiacus nov. gen., nov. spec” (German). Abhandlungen der Königlich Bayerischen Akademie der Wissenschaften, Mathematisch-physikalische Klasse 28 (3): 1–32 .[リンク切れ]
- ^ a b Bailey, J.B. (1997). "Neural spine elongation in dinosaurs: sailbacks or buffalo-backs?". Journal of Paleontology. 71 (6): 1124–1146.
- ^ a b c Was Spinosaurus a Bison-Backed Dinosaur?
- ^ Goo Chee Eng, 2020,[https://petrifiedembryology.wordpress.com/home-2/dinosaur-embryo/spinosaurus-mummy-embryo/ 石化胚胎学 - Spinosaurus Dinosaur Embryo
- ^ Why Did Spinosaurus Have a Sail?
- ^ a b c BBC制作DVD『プラネット・ダイナソー BBCオリジナル完全版』「Episode1:失われた世界」より。
- ^ NATIONAL GEOGRAPHIC 日本語版 2014年9月
- ^ ナショナルジオグラフィック日本語版2014年10月号 2014, p. 66-79.
- ^ 恐竜・絶滅動物図鑑 1993, p. 118-121.
- ^ 恐竜イラスト百科事典 2008, p. 162-163.
- ^ ただし、この調査の対象となったスピノサウルスの骨格は亜成体と成体、さらには別属のシギルマッササウルスなど複数の別個体が混ぜられた標本であり、骨格の構成方法には疑問が投げかけられている。
- ^ Kerry SHERIDAN (2014年9月12日). “巨大肉食恐竜スピノサウルスは水中で生活? 米大チームが論文”. AFPBB News 2014年9月12日閲覧。
- ^ Tail-propelled aquatic locomotion in a theropod dinosaur Nature (2020)Cite this article https://www.nature.com/articles/s41586-020-2190-3#disqus_thread
- ^ National Geographic Reconstructing a gigantic aquatic predator https://api.nationalgeographic.com/distribution/public/amp/science/2020/04/spinosaurus-graphic-reconstructing-gigantic-aquatic-predator?__twitter_impression=true
- ^ https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/012800047/
- ^ スピノサウルスの頭骨化石 成城学園にOB寄贈『東京新聞』朝刊2018年3月15日(東京面)
- ^ 【びっくりサイエンス】最大の肉食恐竜「スピノサウルス」 極上化石が日本上陸、生態の謎解明へ「とてつもなく重要」)
- ^ ティラノサウルスVSスピノサウルス 恐竜博2016より時事ドットコム(2018年3月26日閲覧)
参考文献[編集]
- バリー コックス、他『原色版 恐竜・絶滅動物図鑑―魚類から人類まで』大日本絵画、1993年1月。ISBN 4-499-20537-9。
- ヘーゼル・リチャードソン、ディビッド・ノーマン(監修)『恐竜博物図鑑』出田興生(訳)、新樹社〈ネイチャー・ハンドブック〉、2005年。ISBN 4-7875-8534-7。
- ドゥーガル・ディクソン『恐竜イラスト百科事典』朝倉書店、2008年10月。ISBN 978-4-254-16260-8。
- 『ナショナルジオグラフィック 日本語版 2014年10月号』日経BP、2014年9月。
関連項目[編集]
- スピノサウルス科 - スピノサウルスが科の名前になっている。バリオニクス、イリタトル、スコミムスなどを含む。
- メガラプトル - スピノサウルス類かカルノサウルス類の一種と考えられている。
- オウラノサウルス - 同時代の同じ場所に生息していた鳥盤類恐竜。スピノサウルスと同様に棘突起が伸長し、帆を形成していたと推定されている。
- ギガントスピノサウルス - 名が似ているだけで、全く異なる植物食恐竜・剣竜類。
- 恐竜
- 恐竜の一覧
- 絶滅した動物一覧
文化[編集]
- ジュラシック・パークIII - 2001年の映画。主役恐竜。シリーズ初登場でもあった。前作までの主役・王たるティラノサウルスを上回る強さで表現された。学者のジョン・ホーナーが制作に関わっている。初期の代表例。
- ドラえもん のび太の恐竜2006 - 2006年の日本の映画。敵恐竜として登場する。初期の日本の代表例。
外部リンク[編集]
- Spinosaurus(DinoData). (英語)
- spinosaurus (英語)