センチメンタル・ジャーニー (映画)

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センチメンタル・ジャーニー
Sentimental Journey
監督 ウォルター・ラング
脚本 サミュエル・ホッフェンスタイン英語版
エリザベス・ラインハート
出演者 ジョン・ペイン
モーリン・オハラ
音楽 シリル・モックリッジ英語版
配給 20世紀フォックス
公開 1946年3月
上映時間 94分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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センチメンタル・ジャーニー (Sentimental Journey)』は、1946年製作のアメリカ映画。監督はウォルター・ラング。配給は20世紀フォックス。日本公開は1948年3月16日

子宝に恵まれない舞台役者夫婦ビルとジュリーと養女に迎えた孤児のヒティをめぐる物語。

あらすじ[編集]

人もうらやむ仲の良い夫婦ビルとジュリーは、そろって舞台役者でもある。

ある日、ジュリーが急病で倒れた。ジュリーには絶対安静が必要であると、ミラー医師はビルとマネージャーのドネリーに告げた。しかし、実はジュリーの心臓はかなり弱っていたのだ。

ジュリーは自分の少女時代の面影を見た孤児の少女ヒティを引き取って養育したいと言い出す。ビルは気が進まなかったが、ジュリーの望みを聞き入れた。ところが、今度はヒティが環境の変化から病気になってしまう。ミラー医師は、ビルがヒティの気持ちを理解して愛さない以上、孤児院に返した方が良いとアドバイスする。夫がヒティを受け入れていない事にジュリーは悩んだ末、心臓麻痺で死んでしまった。

妻の死に落ち込むビルをヒティが慰めようとするがうまくいかない。ドネリーと相談し、ビルを励ますためにパーティを開いて、ジュリーのピアノを弾くが、逆にビリーはドネリーにヒティを連れて帰るように言い出した。絶望したヒティは失踪してしまう。

ジュリーの部屋で夫婦の愛唱歌でもあった『センチメンタル・ジャーニー』のレコードをかけていると、その歌がヒティを愛してほしいというジュリーの訴えのようにビルには聞こえてきた。ビルは初めてヒティが大切な存在であることを悟った。やがて、ヒティを探し出したビルは、ヒティを抱きしめた。

配役[編集]

※日本語吹替:放送日1972年1月5日『映画招待席』、1976年10月8日『想い出の名作洋画劇場』他

使用[編集]