ダニエル・ベネット (サッカー選手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ダニエル・ベネット Football pictogram.svg
DanielBennett-anthem-20080326.jpg
名前
本名 ダニエル・マーク・ベネット
ラテン文字 Daniel Bennett
基本情報
国籍 シンガポールの旗 シンガポール
生年月日 (1978-01-07) 1978年1月7日(39歳)
出身地 イングランドの旗 イングランドノーフォークグレート・ヤーマス
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム シンガポールの旗 タンピネス・ローバースFC
ポジション DF(CB/SB)
背番号 5
ユース
1993-1995 シンガポールの旗 ティオン・バルー・ユナイテッドFC
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995 シンガポールの旗 ティオン・バルー・ユナイテッドFC
1999-2000 シンガポールの旗 バレスティア・セントラルFC 11 (0)
2000-2001 シンガポールの旗 タンジョン・パガー・ユナイテッドFC 35 (0)
2001-2002 ウェールズの旗 レクサムFC 6 (0)
2002 シンガポールの旗 SAFFC 11 (0)
2002-2003 ウェールズの旗 レクサムFC 18 (0)
2003-2004 シンガポールの旗 SAFFC 42 (1)
2005-2006 シンガポールの旗 ウッドランド・ウェリントンFC 57 (4)
2007-2016 シンガポールの旗 SAFFC/ウォリアーズFC 288 (5)
2016 シンガポールの旗 ゲイラン・インターナショナルFC 22 (1)
2017- シンガポールの旗 タンピネス・ローバースFC
代表歴2
2002-  シンガポール 135 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月30日現在。
2. 2016年11月25日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダニエル・マーク・ベネット(英語: Daniel Mark Bennett1978年1月7日 - )は、イングランドノーフォークグレート・ヤーマス出身のシンガポールのサッカー選手。元シンガポール代表。現在、Sリーグタンピネス・ローバースFCに所属している。ポジションはDFで主にCBをしている。

2002年9月にw:Foreign Sports Talent Schemeでシンガポールに帰化した選手で、以降同国代表を長く務めた[1]。128試合に及ぶ代表出場記録はマリク・アワブアイデ・イスカンダルを抜いて同国歴代1位となったが[2]、その後、シャーリル・イシャクに抜かれた。選手としては試合の流れを読み、正確なインターセプトや長距離のフリーキックを武器としている。

クラブ歴[編集]

ユース[編集]

12歳の時に若い有望なサッカー選手を選ぶシンガポールサッカー協会のミロ・スキームの対象となった[3]。その3年後にはドラフトの結果ティオン・バルー・ユナイテッドFCによって育成される事となり、第三次教育を受ける為にイングランドに帰国するまで同チームのユースに所属した[4]。1995年にはティオン・バルー・ユナイテッドFCの一員としてFASプレミアリーグに参戦もしている。

Sリーグ[編集]

シンガポールに戻ってきたのは1999年で、プロのサッカー選手になるための帰還であった。バレスティア・セントラルFCの監督のシヴァジが彼を加入させ、Sリーグでデビューする事となった。2000年5月にはかつて所属したタンジョン・パガー・ユナイテッドFC(ティオン・バルー・ユナイテッドFCから改名)に移籍した[5]。これまでの15年間、彼はミッドフィールダーとしてサッカー選手をしてきたが、監督のトハリ・パイジャンによって、正ストッパーのリム・トンハイが不在の時はセンターバックとして起用されるようになった[6]。この頃にはシンガポール・セレクションXIに選出されマンチェスター・ユナイテッドFCリヴァプールFCと戦った他、2001年にSリーグ年間最優秀選手賞を受ける等、一躍有名選手になっていた[7][8]

レクサムFC[編集]

ブラッドフォード・シティAFCの監督ジム・ジェフェリーズは彼に感銘を受け、トライアルに彼を誘った[9]。しかし2002年2月8日、レクサムFCの監督デニス・スミスはベネットとの2001-02シーズンが終わるまでの短期間の契約を発表した[10]。レクサムFCでは3月6日のポート・ヴェイルFC戦で初出場し、守備の要としてトリニダード・トバゴ代表デニス・ローレンスとコンビを組んだ。ファンからは「注目すべきスタートを楽しんでいた。後衛で落ち着いているように見え、試合を非常によく読んでいた」と称された[11][12]。しかしチームは低迷しており下から4番目の順位であり、降格となった。そのため、シンガポールに戻り、シンガポール・アームド・フォーシズFCに加入、11試合に出場しチームのリーグ制覇に貢献した[13]。その後再びレクサムFCに移籍した。二回目となった同チームへの移籍は前回よりも良く、フットボールリーグカップ3試合を含む21試合に出場し、チームのFAWプレミアカップ制覇に貢献し、またフットボールリーグ・ディヴィジョン2への昇格に貢献した[14][15]。シーズン末にはクラブから更新の打診があったが、ベネットは代表でのレギュラー出場の機会を増やすためにシンガポールへ戻る事を決断し、契約延長とはならなかった[16]

Sリーグへの帰還[編集]

レクサムFCを退団した彼にはホーム・ユナイテッドタンピネス・ローバースFCウッドランド・ウェリントンFCから興味を持たれていたが、彼はシンガポール・アームド・フォーシズFCと2003年半ばに契約した[17]

2005年にはウッドランド・ウェリントンFCに移籍し、代表でのチームメイトであるアグー・カスミルイティミ・ディクソン、ゴー・タッ・チュアン、マスレズワン・マストゥリとリーグでもチームメイトとなった[18]。この2005年、チームは3位となり、2005年、2006年のシンガポール・カップも2位と3位という結果であった。

ウッドランド・ウェリントンFCで2シーズン過ごした彼は2007年に再びシンガポール・アームド・フォーシズFCに加入した。同チームでは2007年と2008年にSリーグ、シンガポール・カップを共に連覇する快挙を達成した。その2007年のシンガポール・カップの決勝戦、それは11月25日に行われたが、この試合で彼はタンピネス・ローバースFCに所属していたノー・アラム・シャーと衝突した。代表ではチームメイトである彼であるが、彼はベネットの頭を蹴り諍いを起こした。その後タンピネス・ローバースFCのチームメイトに引き摺られアラム・シャーは退場するも再び戻ってきてもう一度頭を蹴った[19]。これによって昏睡状態に陥ったベネットはアラム・シャーが審判のアバス・ダウドによって退場処分を受けている間に病院に搬送された[20]。これによってアラム・シャーは12ヶ月の全世界での出場停止及び2000シンガポールドルの罰金となったが、これは後に7ヶ月に減刑された[21][22][23]。その後、ベネットは選手に復帰している。

その後2012年にはキャプテンマークを巻く事となった[24]

代表歴[編集]

2007 東南アジアサッカー選手権で優勝を果たした後、チャンギ国際空港でのダニエル・ベネット

2002年にw:Foreign Sports Talent Schemeを経てシンガポールに帰化した彼はシンガポール代表に選出された[25]。その初出場はヤン・ベルゲ・プールセン監督の下、2002年12月11日に行われたフィリピン代表との親善試合であった[26]。この試合で彼は早速ゴールしたもののこれは認められなかった。しかし彼は正当なゴールであると主張し続けている。公式に認められている代表初得点は2003年8月4日に行われた香港代表戦の物である[27]

彼が初めて参加した国際大会は2002 タイガーカップであり、シンガポールはこの大会のホスト国の一つであった。しかしながらシンガポール代表は決勝戦に進む事が出来ず[28]、グループステージで敗退しライバルであるマレーシア代表にも4-0の大敗を喫した[29]

ラドイコ・アヴラモヴィッチ監督の下ではシンガポール代表の参加する大会に呼ばれない事は無かった。2004 タイガーカップの決勝戦では、ゲロラ・ブン・カルノ・スタジアムに集まった10万人の観衆に囲まれ、ホームであるインドネシア代表から3分に長距離のキックを決めて先制点を奪った[30]。この試合とホームゲーム共に勝利したシンガポールは1998 タイガーカップ以来、2回目となる東南アジアサッカー選手権の優勝を果たした。彼自身はその後、2007 東南アジアサッカー選手権2012 AFFスズキカップにも出場し、同大会を3回制覇している。

代表100キャップ目となったのは2011年8月24日に行われたサッカータイ代表戦であった[31]。これによって彼はFIFAセンチュリークラブへ登録された[2]。2012 AFFスズキカップの決勝では122試合目の出場となり、アイデ・イスカンダルマリク・アワブの持っていた121試合と云うシンガポール代表最多出場記録を上回った[32]。その後2013年2月6日のヨルダン代表戦では128試合目を達成し、同国最多記録となったが、後にシャーリル・イシャクにこの記録は抜かれた。

個人[編集]

イングランドに生まれた彼であるが、2歳の時に家族でシンガポールに移住した。そのため、教育は主にシンガポールで受け、小学校はタンリン・トラスト小学校であった。また、彼の父親が教師を務め、後に校長となったユナイテッド・ワールド・カレッジ・オブ・サウス・イースト・アジアにも2004年まで在籍した[3]。イングランドではラフバラー大学に在籍し、スポーツ科学士の学位を取得した[33]

2005年1月5日には中華人民共和国出身の妻と結婚した[34][35]

個人成績[編集]

クラブ[編集]

2015年11月20日現在 [36][37][38][39][40][41]
国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
シンガポール リーグ戦 リーグ杯 シンガポール杯 期間通算
1995 ティアン・バルー FASプレミア -
1999 バレスティアC Sリーグ -
2000 -
2001 タンジョン・パガー 35 0 -
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2001-02 レクサムFC Div2 6 0 0 0 0 0 6 0
シンガポール リーグ戦 リーグ杯 シンガポール杯 期間通算
2002 SAFFC Sリーグ 11 0 -
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2002-03 レクサムFC Div3 18 0
シンガポール リーグ戦 リーグ杯 シンガポール杯 期間通算
2003 SAFFC Sリーグ 15 0 -
2004 27 1 -
2005 ウッドランド 27 4 -
2006 30 0 -
2007 SAFFC 16 27 1 -
2008 31 1
2009 8 32 1 4 0 1 0 37 1
2010 24 1 1 0 0 0 25 1
2011 26 0 0 0 3 0 29 0
2012 16 19 1 4 0 6 0 29 1
2013 ウォリアーズ 26 0 0 0 1 0 27 0
2014 27 0 2 0 1 0 30 0
2015 27 0 2 0 2 0 31 0
2016 ゲイラン 8 22 1 0 0 3 0 25 1
2017 タンピネス 5
通算 シンガポール FASプレミア -
シンガポール Sリーグ
イングランド Div.2 6 0 0 0 0 0 6 0
イングランド Div.3 18 0
総通算

代表[編集]

代表での得点一覧

No 日附 場所 対戦相手 得点 結果 大会
1[27] 2003年8月4日 シンガポールの旗カラン  香港 1–0 4–1 親善試合
2[42] 2004年1月28日 シンガポールの旗カラン  ノルウェー 1–2 2–5 親善試合
3[43] 2004年12月29日 マレーシアの旗クアラルンプール  ミャンマー 1–0 4–3 2004 タイガーカップ
4[30] 2005年1月8日 インドネシアの旗ジャカルタ  インドネシア 0–1 1–3
5[44] 2005年6月8日 マレーシアの旗ペナン  マレーシア 1–2 1–2 親善試合
6[45] 2006年12月28日 タイ王国の旗バンコク  ベトナム 1–1 2–3 キングス・カップ2006
7[46] 2007年1月7日 シンガポールの旗チョア・チュー・カン  フィリピン 1–0 4–1 親善試合

タイトル[編集]

クラブ[編集]

シンガポール・アームド・フォーシズFC/ウォリアーズFC
レクサムFC

代表[編集]

シンガポール

個人[編集]

  • Sリーグ年間最優秀選手賞: 2001

参考文献[編集]

  1. ^ “Defender Bennett is finally a Singapore citizen”. Today. (2002年9月24日) 
  2. ^ a b FIFA Century Club fact sheet”. FIFA (2013年4月12日). 2015年12月1日閲覧。
  3. ^ a b Eric Ding (2005年6月13日). “The rise and rise of Daniel Bennett”. Today 
  4. ^ “Counting on a 17-year-old”. The Straits Times. (1995年4月23日) 
  5. ^ Ernest Luis (2000年5月12日). “Bennett's a Jaguar now”. The Straits Times 
  6. ^ Stanley Ho (2001年3月24日). “Jaguars hope Bennett will cut out Cobras' venom”. Today 
  7. ^ Stanley Ho (2002年2月9日). “Dan's the man for Wrexham”. Today 
  8. ^ Philip Allen (2001年11月8日). “Bennett's Player of Year”. The Straits Times 
  9. ^ Stanley Ho (2001年10月20日). “Bennett's off to England”. Today 
  10. ^ “Ex-Jaguar star joins Wrexham”. Today. (2002年2月8日) 
  11. ^ Stanley Ho (2002年3月7日). “Bennett gets first taste of tough English League”. Today 
  12. ^ Stanley Ho (2002年2月8日). “Wrexham fans want to sign Singapore PR Bennett, with beer money”. Today 
  13. ^ Stanley Ho (2002年5月4日). “Player of the Year Bennett signs with league-leading SAFFC”. Today 
  14. ^ Stanley Ho (2004年4月6日). “English Div 3 clubs keen on Bennett”. Today 
  15. ^ “Wrexham is promoted”. Today. (2003年4月28日) 
  16. ^ Stanley Ho (2003年5月19日). “Bennett quits”. Today 
  17. ^ “Bennett is back to lead SAFFC from the back”. The Straits Times. (2003年6月3日) 
  18. ^ Darren Lai (2007年3月2日). “Team is Woodlands' mantra for 2007”. Today 
  19. ^ Leonard Lim (2007年11月26日). “Alam Shah's red mist mars SAFFC win”. The Straits Times 
  20. ^ Marc Lim (2007年11月29日). “'He could have crippled me'”. The Straits Times 
  21. ^ Wang Meng Meng (2007年12月11日). “Alam Shah banned 1 year, fined $2,000”. The Straits Times 
  22. ^ Wang Meng Meng (2008年1月30日). “Fifa: Alam Shah's ban is worldwide”. The Straits Times 
  23. ^ Stanley Ho (2008年4月30日). “Alam Shah's ban cut to seven months”. Today 
  24. ^ Warriors' new skipper speaks”. Warriors FC. 2014年4月18日閲覧。
  25. ^ Stanley Ho (2002年7月5日). “Bennett says yes to Singapore”. Today 
  26. ^ Singapore beat Philipines 2-0”. FAS. 2014年3月25日閲覧。
  27. ^ a b “Lions too friendly”. The Straits Times. (2003年8月5日) 
  28. ^ Stanley Ho (2002年12月17日). “Lions' final target”. Today 
  29. ^ 40,000 catch 4-0 horror show as Malaysia hammer Singapore”. FAS. 2014年4月10日閲覧。
  30. ^ a b Senayan silenced”. FAS. 2014年4月10日閲覧。
  31. ^ Bennett set for Singapore century”. AFC. 2014年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月25日閲覧。
  32. ^ Daniel Bennett: Singapore is my home and I will always live here”. 2014年3月25日閲覧。
  33. ^ Jose Raymond (2001年7月18日). “Bennett's not sure”. Today 
  34. ^ “No Lions as Bennett keeps his big day private”. The Straits Times. (2005年1月6日) 
  35. ^ Marc Lim (2004年12月25日). “Bennett's labour of love”. The Straits Times 
  36. ^ Daniel Bennett”. 2014年3月27日閲覧。
  37. ^ S.League - fixtures & scores”. 2014年4月14日閲覧。
  38. ^ Singapore Cup - fixtures & scores”. 2014年4月14日閲覧。
  39. ^ League Cup - fixtures & scores”. 2014年4月14日閲覧。
  40. ^ AFC Champions League”. 2014年4月14日閲覧。
  41. ^ AFC Cup”. 2014年4月14日閲覧。
  42. ^ Jeffrey Low (2004年1月29日). “No defence for terrible defence”. The Straits Times 
  43. ^ Fearless Lions”. FAS. 2014年4月10日閲覧。
  44. ^ Avramovic hails Singapore form”. FAS. 2014年4月10日閲覧。
  45. ^ King's Cup 2006 (Thailand)”. RSSSF. 2014年4月10日閲覧。
  46. ^ Singapore 4:1 Pnilippines”. 2014年4月10日閲覧。