ダリル・ヤンマート

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ダリル・ヤンマート Football pictogram.svg
Manchester United v Watford, February 2017 Daryl Janmaat (cropped).jpg
ワトフォードFC時代(2017年)
名前
ラテン文字 Daryl Janmaat
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 (1989-07-22) 1989年7月22日(31歳)
出身地 ライツヘンダムオランダ語版
身長 185cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム オランダの旗 ADOデン・ハーグ
ポジション DF (RB)
背番号 53
利き足 右足
ユース
オランダの旗 TONEGIDOオランダ語版
1995-2007 オランダの旗 フェイエノールト
2007 オランダの旗 ADO
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2008 オランダの旗 ADO 25 (2)
2008-2012 オランダの旗 ヘーレンフェーン 84 (5)
2012-2014 オランダの旗 フェイエノールト 63 (5)
2014-2016 イングランドの旗 ニューカッスル 71 (3)
2016-2020 イングランドの旗 ワトフォード 76 (5)
2021- オランダの旗 ADO 0 (0)
代表歴2
2009  オランダ U-20 4 (0)
2009-2010  オランダ U-21 11 (0)
2012- オランダの旗 オランダ 34 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年1月5日現在。
2. 2018年9月9日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダリル・ヤンマートDaryl Janmaat, 1989年7月22日 - )は、オランダ南ホラント州ライツヘンダム出身の同国代表プロサッカー選手。ADOデン・ハーグ所属。ポジションはDF(右サイドバック)。

クラブ[編集]

ADO[編集]

VSV TONEGIDOでフットボールを始め、フェイエノールトのユースで育ったが、契約は結べずADOデン・ハーグへ移り、そこで2007年10月5日にFCズヴォレとのリーグ戦でプロデビュー。1週間後のTOPオス戦で初のスタメン出場と初ゴール。18歳にしてスタメンをつかんだが、クラブは降格した。

ヘーレンフェーン[編集]

2008年夏にウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCへ去ったジャンニ・ザイフェルローンの後継者としてSCヘーレンフェーンと4年契約にサイン。しかしシーズン開幕戦のFCフォレンダムとのアウェーゲームでデビューした後、怪我で1年を無駄に。結局このシーズン リーグ戦10試合、カップ戦1試合、UEFAカップ1試合だけの出場に留まった。この怪我によってヘーレンフェーンがクラブ初タイトルをつかんだKNVBカップ決勝も欠場している。

翌年以降はエールディヴィジ屈指の右サイドバックへと成長。2010-11シーズン末にクラブは2012年で切れる契約の延長を熱望したが、ヤンマートはこれに応じなかった。

フェイエノールト[編集]

2012年初頭にユース時代を過ごしたフェイエノールトにフリー移籍を決め、3年契約にサイン。この夏ルート・フォルメル (ローダJC) 、ジョン・ホーセンス (NECナイメヘン) に続くロッテルダム・ザイト3人目の補強となった。フェイエノールトでもシーズン当初からスタメンをつかみ、8月26日のヘラクレス・アルメロとのアウェーゲームで初ゴール。そのパフォーマンスによりオランダ代表にもデビュー。このシーズンで大きく成長したヤンマートはフェイエノールトで最多出場時間の選手となり[1]、オランダ各紙で高い評価を受けるなど多くの人から『オランダ最高の右バック』の評価を得るようになった[2]

ニューカッスル[編集]

2014年7月17日、アーセナルFCに移籍したマテュー・ドゥビュシーの後釜として、ニューカッスル・ユナイテッドFCに移籍した[3]

ワトフォード[編集]

2016年8月24日、ワトフォードFCに移籍した。4シーズンに亘ってプレーしたが、2019-20シーズンはリーグ18位で終了し、EFLチャンピオンシップに降格。2020年10月12日にワトフォードとの契約解消に合意し、退団したことが発表された[4]

ADO復帰[編集]

守備陣の不安が叫ばれていたリヴァプールFCの即戦力候補として報道される中、2021年1月よりADOデン・ハーグへ13年振りに復帰。2023年までの契約を締結した[5]

代表歴[編集]

2012年8月31日、代表監督ルイ・ファン・ハールワールドカップ予選トルコ戦及びハンガリー戦へのセレクションに、プレセレクションに入っていなかったヤンマートを招集。9月7日のアムステルダムでのトルコ戦でヤンマートは夢だったオランダ代表デビューを果たした[6]。2-0で勝利したこの試合ではフェイエノールトのチームメイト ヨルディ・クラーシブルーノ・マルティンス・インディと共にスタメン出場。「本来の彼ではなかった」(ファン・ハール評) という低調なパフォーマンスでハーフタイムにリカルド・ファン・ラインと交代になったが、その後ドイツイタリアとの親善試合で好プレーを見せて評価を高め、2013年3月22日のエストニアとのW杯予選では2アシストを記録し、この試合のベストプレイヤーに選出された[7]

2014 FIFAワールドカップメンバー23人に選出され、スペインとの初戦でワールドカップデビューを果たした。しかしグループステージ3試合で低調なプレーに終始し、決勝トーナメントの4試合ではスタメンの座を失った。

評価[編集]

  • プロデビュー時には攻撃的な守備とプレースタイルで注目を集め、ジャーナリストのヨハン・デルクセンオランダ語版に「オランダ最高の右サイドバック」と呼ばれた[8]
  • フェイエノールト時代の監督ロナルト・クーマンは「サイドバックには素早い攻守の切り替えが求められるが、ヤンマートの強みはその素晴らしい推進力。彼が疲れているのを見たことがない」と語っている。[9]

タイトル[編集]

ヘーレンフェーン

脚注[編集]