チャコの海岸物語

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チャコの海岸物語
サザンオールスターズシングル
初出アルバム『Shout!
B面 翔(SHOW) 〜鼓動のプレゼント
リリース
規格 7インチレコード
8cmCD
12cmCD
デジタル・ダウンロード
ストリーミング
録音 1981年11月 - 12月
VICTOR STUDIO
KRS STUDIO
ジャンル ロック
時間
レーベル Invitation
タイシタレーベル(再発盤)
作詞・作曲 桑田佳祐
プロデュース サザンオールスターズ
チャート最高順位
  • 週間2位(オリコン
  • 1982年3月度月間4位(オリコン)
  • 1982年4月度月間3位(オリコン)
  • 1982年度年間8位(オリコン)
  • 週間1位(2週連続、ザ・ベストテン
  • 1982年度年間5位(ザ・ベストテン)
サザンオールスターズ シングル 年表
栞のテーマ
1981年
チャコの海岸物語
(1982年)
匂艶 THE NIGHT CLUB
(1982年)
Shout! 収録曲
チャコの海岸物語
(1)
翔(SHOW) 〜鼓動のプレゼント
(2)
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チャコの海岸物語」(チャコのかいがんものがたり)は、サザンオールスターズの楽曲。自身の14作目のシングルとして、Invitationから7インチレコード1982年1月21日に発売された。

1988年6月25日1998年2月11日に8cmCDとして、2005年6月25日には12cmCDで再発売されている。2014年12月17日からはダウンロード配信、2019年12月20日からはストリーミング配信が開始されている[1][2]

背景[編集]

前作「栞のテーマ」から4ヶ月ぶりの発売。

自身としては、1979年発売の「いとしのエリー」以来のヒットとなった作品でもある[3]

批評[編集]

紅白歌合戦でのパフォーマンスとその後

同曲で1979年に「いとしのエリー」で出場して以来、2度目の紅白出場となったサザンだが、演奏が始まるや、ボーカルの桑田が当時国民的歌手とまで言われた三波春夫(サザンの1つ前の位置で歌唱)を真似ながら登場。三波は同番組の常連であり、本人も舞台袖のモニターでこのシーンを目の当たりにしていた[4]。派手な着物と顔は白塗りといった格好で、演歌調で歌い、曲の間奏中に「神様です」「国民の皆様、ありがとうございます。我々放送禁止も数多くございますが、こうやって、いけしゃあしゃあとNHKに出させていただいております。とにかく、受信料は払いましょう! 裏番組はビデオで見ましょう!」などの発言をし、後半部は松田以外の男性メンバーがひしめき合って歌うなどのパフォーマンスを行った[5]

当時は現在と違い非常に厳粛な雰囲気であった紅白の中で、桑田のパフォーマンスは視聴者から大バッシングを受け、NHKに詫び状を書かされる事態となった。桑田は「詫び状なんか書くくらいなら二度と出ない!」という趣旨の発言もしているが、翌1983年にも「東京シャッフル」で3度目の出場をしている。

桑田は紅白でのパフォーマンスについて特別な意味・意図はない事と「ノッてただけ」「浮かれてた」「演ったあの場では楽しかった」事を後に著書「ブルー・ノート・スケール」で述べている[6]

2011年に桑田を取材した「BRUTUS」編集部は桑田の顔の白塗りを、桑田が影響を受けていた歌手の一人であるデヴィッド・ボウイを参考にしたものなのではないかと解釈している[7]

ちなみに、1995年に開催された単発コンサート『ホタル・カリフォルニア』でこの曲を演奏した際、紅白出演時に行った三波春夫の真似やセリフをいくつか挟んでおり、この模様は現行盤として存在している同コンサートのビデオやDVDにも収録されている。

なお、後年サザン及び桑田はファン層の拡大・ヒット曲の量産も相まって自身が「国民的歌手[8]国民的バンド[9]とまで言われるほどになった。

ちなみに、三波は1998年のサザンのライブ『スーパーライブ in 渚園 モロ出し祭り 〜過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ〜』のチケットの発売を伝える新聞広告[注 1]でコメントを寄稿しており、当時の紅白に関するエピソードが語られ、得点集計コーナーで三波と桑田が並んだ際に客席から大爆笑が起こった事と、「(共演した際の印象として)彼の笑顔には真摯な緊張があったような……」「(前日に桑田の殺陣の動きが気になりアドバイスした際の印象として)素直にうなずく表情がとてもかわいい人でした」と桑田の印象と人柄を語り、「(デビューから数えて)20年の歳月は、人間の心を知る見事な歌手を育てました」「更なる精進と活躍を祈ります」と称賛している[4]

2013年と2018年にAct Against AIDSの一環として行われた『昭和八十八年度! 第二回ひとり紅白歌合戦』『平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』では、三波の「東京五輪音頭」「世界の国からこんにちは」をカバーした[10][11]

スージー鈴木2014年に起きた一連の騒動に対し「世間は、今さら何を騒いでいるんだ」「桑田は、サザンは、初期からずっと、こんなお騒がせな感じだったじゃないか」といった見解を前述の紅白でのパフォーマンスや「NUDE MAN」(1982年『NUDE MAN』収録)「かしの樹の下で」(1983年『綺麗』収録)といった社会性を含んだ楽曲にリアルタイムで触れた立場として示している[12]

収録曲[編集]

  • 収録時間:7:32
  1. チャコの海岸物語 (3:33)
    (作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:サザンオールスターズ 弦管編曲:八木正生
    歌謡曲グループ・サウンズを意識した楽曲。桑田はこの曲では田原俊彦を意識した歌い方をしていた[13]調イ短調[14]
    桑田は著書でこの曲やパフォーマンスについて「とんねるずみたいなもの」[6]「あの曲は俺たちなりのパンクだったよね」[15]と自己評価している。
    歌いだしの歌詞「抱きしめたい」は、歌詞カードには記載されていない。2番の「愛してるよ」というセリフ及びそれに続く「お前だけを」という歌詞も記載はない(2005年の再発盤では記載)。
    タイトルの「チャコ」とは、元歌手で発売当時ビクター音楽産業にディレクターとして在籍していた飯田久彦の愛称である。同じく歌詞に登場する「ミーコ」は弘田三枝子、「ピーナッツ」はザ・ピーナッツから取られている[3]
    発売当時、歌番組ではメンバー全員がワイシャツネクタイ、腕抜きを身に付け、公務員のような出で立ちで登場することが多く、コンサートで歌われた際にはメンバーの野沢秀行が女装で登場し、桑田とコントのようなパフォーマンスを繰り広げる様子がDVD「 『ベストヒットUSAS』に収録されている。
  2. 翔(SHOW) 〜鼓動のプレゼント (3:58)
    (作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:サザンオールスターズ)
    ドラム松田弘ボーカル曲。シングルでは初のメインボーカル曲である。

参加ミュージシャン[編集]

収録アルバム[編集]

※斜字は廃盤作品。

カバー[編集]

チャコの海岸物語

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ なお、この広告には三波の他にも斎藤誠黒柳徹子・嘉門達夫(現・嘉門タツオ)・伊武雅刀西城秀樹アントニオ猪木筑紫哲也からのコメントも掲載されている[4]

出典[編集]

  1. ^ サザン、全266曲を世界111ヶ国で配信 オリコン 2014年12月17日配信, 2020年6月4日閲覧
  2. ^ サザン関連全972曲 サブスク一斉解禁 メンバーソロ曲も対象に オリコン 2019年12月20日配信, 2019年12月20日閲覧
  3. ^ a b 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)リットーミュージック出版 p24
  4. ^ a b c 朝日新聞1998年6月25日号
  5. ^ スージー鈴木「サザンオールスターズ 1978-1985」(2017年 新潮新書 P139 - 142)
  6. ^ a b 桑田佳祐『ブルー・ノート・スケール』P184 - 185、ロッキン・オン、1987年
  7. ^ BRUTUS @BRUTUS_mag 2011年2月20日1:10のツイート
  8. ^ 【極秘】国民的歌手・桑田佳祐の知られざる噂と秘密情報9選を発表! 国民的バンドに引き抜かれそうになった過去が判明エキサイトニュース
  9. ^ 『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集(p15)
  10. ^ 桑田佳祐 “ジジイ・ガガ”に変身し三波春夫さん歌う スポーツニッポン
  11. ^ サザンオールスターズ会報「代官山通信 vol.145」10項
  12. ^ スージー鈴木「サザンオールスターズ 1978-1985」(2017年 新潮新書 P246)
  13. ^ 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」(1984年、新潮社、p181)
  14. ^ チャコの海岸物語(サザンオールスターズ) / コード譜 / ギター - J-Total Music!”. Jトータルミュージック. 2016年8月2日閲覧。
  15. ^ 桑田佳祐『ブルー・ノート・スケール』p148、ロッキン・オン、1987年

関連項目[編集]