チャールズ・モードント (第4代ピーターバラ伯爵)

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第4代ピーターバラ伯爵および第2代モンマス伯爵チャールズ・モードント英語: Charles Mordaunt, 4th Earl of Peterborough and 2nd Earl of Monmouth1710年1779年8月1日)は、グレートブリテン王国の貴族。1710年から1735年までモードント子爵儀礼称号を使用した。

生涯[編集]

モードント子爵ジョン・モードント英語版第3代ピーターバラ伯爵チャールズ・モードントの息子)とフランシス・ポーレット(Francis Powlett、1715年7月30日没、第2代ボルトン公爵チャールズ・ポーレットの娘)の長男として、1710年にヨークで生まれた[1]。出生の年に父を亡くし、1715年には母も亡くなった[1]。1727年11月13日、オックスフォード大学ベイリャル・カレッジに入学した[2]

1735年10月25日に祖父が死去すると、ピーターバラ伯爵とモンマス伯爵の爵位を継承、1736年1月15日に貴族院議員に就任した[1]

1751年4月13日、王太子フレデリック・ルイスの葬式に手伝った[1]

1779年8月1日に死去、7日に埋葬された[1]。息子チャールズ・ヘンリーが爵位を継承した[1]

家族[編集]

1735年までにメアリー・コックス(Mary Cox、1755年11月18日没、トマス・コックスの娘)と結婚[1]、2女を儲けた[3]

  • フランシス(1798年没) - サミュエル・バルクリー(Samuel Bulkeley)と結婚
  • メアリー・アナスタシア・グレース(Mary Anastasia Grace、1738年6月5日 – 1819年6月22日) - 第11代モードント女男爵

1755年12月5日、ロビニアナ・ブラウン(Robiniana Browne、1791年12月6日没)と再婚した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h Cokayne, George Edward, ed. (1895). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (N to R) (in English). 6 (1st ed.). London: George Bell & Sons. p. 246.
  2. ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Alumni Oxonienses 1715-1886 (in English). 3. Oxford: University of Oxford. p. 977.
  3. ^ "Peterborough, Earl of (E, 1628 - 1814)". Cracroft's Peerage (in English). Heraldic Media Limited. Archived from the original on 28 September 2019. Retrieved 13 July 2019.
イングランドの爵位
先代:
チャールズ・モードント
ピーターバラ伯爵
1735年 – 1779年
次代:
チャールズ・ヘンリー・モードント
モンマス伯爵
1735年 – 1779年