チョ凡鉉

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本来の表記は「曺凡鉉」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
曺 汎鉉
Cho Bum Hyun
基本情報
国籍 大韓民国の旗 韓国
出身地 大邱広域市
生年月日 (1960-10-01) 1960年10月1日(59歳)
身長
体重
177 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1982年
初出場 1982年3月28日
最終出場 1992年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

曺 凡鉉チョ・ボミョンハングル조범현1960年11月1日 - )は、韓国大邱広域市出身の元プロ野球選手

来歴[編集]

現役時代[編集]

1982年OBベアーズ入団。後の斗山ベアーズ監督となる金卿文とレギュラー捕手争いを繰り広げたが、長きにわたり併用が続いた。

OB所属最終年の1990年6月5日、蚕室野球場で行われた対三星ライオンズ戦での乱闘事件で退場させられ、その後の賞罰委員会により罰金30万ウォンを課せられた。1991年より三星に移籍し、翌1992年に現役を引退した。

引退後[編集]

引退後の1993年サンバンウル・レイダース2000年から2002年まで三星のコーチを歴任。2003年よりSKワイバーンズの監督に就任する事になる。監督初年度にはレギュラーシーズン3位になりプレーオフに進出。ここでも勝ち進み韓国シリーズに駒を進めた。現代ユニコーンズに敗れはしたものの、当時弱小球団であったチームを2位に押し上げた手腕は評価された。2006年に6位に低迷した責任を取って、この年限りで退任。

2007年6月、シーズン途中にもかかわらず起亜タイガースのバッテリーコーチに就任し、この年起亜が最下位に沈んだため徐定煥が監督を辞任すると、2008年より監督に就任した。初年度は6位と振るわない成績だったが、翌2009年には12年ぶり10度目の韓国シリーズ優勝に導いた。また、前年の韓国シリーズ優勝チーム監督が韓国代表を率いるという規約により、2010年広州アジア大会の野球韓国代表監督に就任し、韓国を2大会ぶり3度目の優勝に導いた。2010年球団ワースト記録となる16連敗を記録するなど低迷し5位に終わり、2011年10月、契約期間を1年残して辞任した。2012年11月の秋季キャンプから、三星の捕手インストラクターに就任した。

2013年8月、新球団KTウィズの初代監督に2014年から就任することが決まった。2014年、KTは初年度のためフューチャーズリーグ(二軍のリーグ戦に相当)のみの参加だった。KTは2015年から一軍リーグ戦に参加したが、2016年まで2年連続最下位だった。契約満了のため2016年シーズン終了後に退任した。

通算記録[編集]

年度 チーム 打率 試合 打数 得点 安打 本塁打 塁打 打点 盗塁 四球 死球 三振 併殺
1982 OB 0.271 48 118 12 32 2 49 9 2 6 0 22 2
1983 0.174 41 69 3 12 0 15 7 0 7 0 16 0
1984 0.194 77 175 16 34 3 54 18 4 14 0 40 2
1985 0.238 87 239 30 57 3 74 33 4 13 2 23 3
1986 0.169 41 65 8 11 1 17 6 3 3 0 6 0
1987 0.150 48 80 3 12 0 14 6 1 2 0 12 3
1988 0.194 58 72 4 14 0 14 3 0 2 0 12 2
1989 0.163 54 86 6 14 1 20 5 1 6 0 11 1
1990 0.137 84 102 8 14 0 16 6 0 7 1 19 1
1991 三星 0.262 51 61 11 16 1 22 10 0 3 0 12 1
1992 0.125 26 24 1 3 1 7 4 0 1 0 6 1
通算 11シーズン 0.201 615 1091 102 219 12 302 107 15 64 3 179 16