ツートン青木

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ツートン青木
本名 青木 努(あおき つとむ)
生年月日 (1959-06-27) 1959年6月27日(58歳)
出身地 神奈川県
血液型 O型
身長 160cm
言語 日本語
方言 共通語
芸風 [ものまね歌手]
事務所 株式会社アピール
現在の代表番組 ものまねグランプリ
過去の代表番組 ものまねバトル
配偶者  既婚
親族 青木隆治
公式サイト ツートン青木オフィシャルサイト
受賞歴
【BSNHK】第11回勝ち抜き歌謡選手権 チャンピオン
【テレビ東京】全日本そっくり大賞 優勝
【テレビ朝日】究極ものまね王決定 MVP
【日本テレビ】ものまねバトル大賞スター誕生 優勝
ものまねバトル大賞第28回29回 MVP

ツートン青木(ツートンあおき、1959年6月27日 - )は、日本ものまねタレント。本名、青木 努(あおき つとむ)。

神奈川県出身。株式会社アピール所属。身長160cm。

真観光大使[編集]

国鉄職員、ダンプカー運転手を経て、ものまねタレントとなる。

『第11回勝ち抜き歌謡選手権』でチャンピオンになる。

第21回のまねバトル大賞新人コーナーで優勝した後、第28回、29回の放送で連続MVPを受賞。

美空ひばりを中心とする歌唱によるモノマネ(いわゆる歌まね)がメインだが、田村正和のモノマネも得意である。

息子は青木隆治

芸名の来[編集]

男声女性色の歌声 (two-tone) を使いこなすスーパーボイスと本名の努(つとむ)から。

ものまねレパートリー[編集]

エピソード[編集]

子供の頃から歌が好きで漁師の父親に連れられ漁師仲間の前で5歳の頃から人前で歌う喜びを覚えた。

国鉄を辞めダンプカーの運転手になるが、どうしても歌の夢を捨てきれず、ダンプに乗りながらものまねタレントの二足の草鞋を続ける青木に、妻は愛想をつかして家を出て行った。引き取った二人の子供を養う為に、ダンプカーの仕事は辞められなかった。 ある日ダンプカーで現場に向かおうとする早朝、歩道橋に突っ込む事故を起こしてしまう。大きな後遺症は残らずに済んだが、歩道橋の修繕費の請求額は2000万円。その一部は自動車保険でまかなったが、廃車になったダンプカーにはローンの残りもあり、総額1400万円の借金を背負うことになる。その後、ダンプカーの運転手の仕事をやめて、ものまねの仕事に専念するようになる。

しかし、5月6日朝8時隣で発生した火事で自宅が全焼する。ツートン青木の家庭は家計が苦しく、火災保険に入っていなかったため、借り住まいに移った。その時、生活必需品を買うためにまたも借金を背負い込んだ[1]

息子の青木隆治がデビューした当初は「ツートン青木の息子」として紹介されていたが、隆治が知名度と人気を上げていった結果、逆にツートンが番組出演時や地方の営業先で「青木隆治の父親」として紹介されるようになった。

出演[編集]

テレビ[編集]

CD

星空の物語

いつか~流れ行くときの中で

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注釈[編集]

出典[編集]