テアトル土浦

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テアトル土浦
Theatre Tsuchiura
地図
情報
正式名称 テアトル土浦
旧名称 土浦大映劇場
完成 1954年
開館 1954年
閉館 2000年5月31日
最終公演ザ・ビーチ[1]
マーシャル・ロー[2]
収容人員 (2スクリーン)553人
設備 DOLBY STEREO
用途 映画上映
運営 土浦映画チェーン株式会社
所在地 300-0037
茨城県土浦市桜町3丁目4番4号
位置 北緯36度4分43.42秒 東経140度12分4.11秒 / 北緯36.0787278度 東経140.2011417度 / 36.0787278; 140.2011417座標: 北緯36度4分43.42秒 東経140度12分4.11秒 / 北緯36.0787278度 東経140.2011417度 / 36.0787278; 140.2011417
最寄駅 JR土浦駅より徒歩6分

テアトル土浦(テアトルつちうら)は、かつて存在した日本の映画館である[3][4][5][6][7][8]。1954年(昭和29年)、茨城県土浦市土浦大映劇場(つちうらだいえいげきじょう)として開館[9][10][11][12]、1964年(昭和39年)に改称、1978年(昭和53年)には土浦プラザ(つちうらプラザ)を敷地内に新設した[5]。かつて「テアトル東京」(のちの銀座テアトルシネマ)等を経営した東京テアトルとは経営元が異なる。土浦大映映画劇場(つちうらだいえいえいがげきじょう)とも表記された[11]

本項では、上記2館に加えこれらを経営した土浦映画チェーン株式会社(つちうらえいがチェーン)についても扱う。

沿革[編集]

  • 1954年 - 土浦大映劇場として開館[9][10]
  • 1964年 - テアトル土浦と改称[3][12]
  • 1978年 - 土浦プラザを開館、土浦劇場を傘下とする[5]
  • 1985年 - シアター505を開館、土浦劇場を閉館[6]
  • 2000年5月31日 - テアトル土浦・土浦プラザともに閉館

データ[編集]

概要[編集]

第二次世界大戦後の1954年(昭和29年)、常磐線土浦駅西口近くの茨城県土浦市朝日町(現在の同県同市桜町3丁目4番4号)に土浦大映劇場として開館した[9][10]。創業者は、アサヒ産業株式会社(同市荒川沖95番地・当時)の専務取締役金塚節[13]で、アサヒ産業は当初、同館の経営元であった[11]。同館設立当初は、大映系の封切館であり、開館当時の同市内には、小野座(のちの土浦日活劇場、本町801番地、現在の中央2丁目6番28号)、土浦劇場(匂町3135番地、現在の桜町2丁目6番14号)、銀映座(のちの土浦東映劇場、仲町、現在の中央2丁目3番7号)、霞浦劇場(東崎町744番地、現在の中央2丁目4番16号)、荒川沖映画劇場(1953年開館、荒川沖684番地・当時[14])の6館が存在した[9][10]。同館は、大正時代からの映画館・土浦劇場の斜め前に位置した[9][10]

戦前の同市内の映画館は、大正時代には映画の興行を行なっていた小野座(経営・水野好雄)[15]、1926年(大正15年)に開館した土浦劇場の前身の明治館(経営・小島榮)[16][17][18]、1927年(昭和2年)に小野座付近に開館した霞浦劇場(館主内村茂、興行主前田吟一郎[16])の3館があり、サイレント映画時代の土浦は3館で回した[19][20]。1940年(昭和15年)11月3日、市制が敷かれ土浦町は土浦市になり、トーキー時代から戦時中にかけての時期には、土浦東宝映画劇場(経営・渡邊福一、仲町650番地)が増えて4館になっていた[21][22]

開館から10年を経た1964年(昭和39年)、テアトル土浦と改称した[3][12]。1969年(昭和44年)前後の時期、支配人が金塚誠に変わり、金塚節は代表のみを務めた[4]

1978年(昭和53年)、敷地内に隣接して土浦プラザを開館、同じころ斜め前に位置する土浦劇場(経営・関口卓雄)の経営譲渡を受けて、土浦映画チェーンの傘下とし、金塚誠が3館の代表・支配人を兼ねた[5]漫画家のうるの拓也(土浦市出身)は1983年(昭和58年)頃に『2001年宇宙の旅』(監督スタンリー・キューブリック1968年製作)のリバイバル上映をテアトル土浦で観たという[23]

1985年(昭和60年)3月、3階建の商店街・モール505が完成し[24]、同商店街内にシアター505を開館するとともに、土浦劇場を閉館した[6]。1994年(平成6年)からは、金塚誠は土浦映画チェーン株式会社の代表に専念し、シアター505支配人であった野口茂がテアトル土浦、土浦プラザ、シアター505の3館の支配人を兼務した[7][8]。テアトル土浦、土浦プラザ、シアター505の3館はOMCカードの加盟店として、入場料200円割引のサービスを行なっていた[25]

2000年(平成12年)5月31日、テアトル土浦・土浦プラザ(テアトル土浦I・テアトル土浦IIとも表記)ともに閉館した[26]。ロードショー最終作は『ザ・ビーチ』(監督ダニー・ボイル[1]マーシャル・ロー』(監督エドワード・ズウィック[2]といった20世紀フォックス配給作品であった。同地は更地にされ、2013年(平成25年)現在、同館跡地の現況は駐車場である。また、2019年時点での同市内の映画館は、土浦セントラルシネマズ(4スクリーン)と、イオンモール土浦内に2009年(平成21年)に開館したシネマサンシャイン土浦シネマコンプレックス、9スクリーン)の2サイト13スクリーンが存在している[27][28]

土浦映画チェーン[編集]

土浦映画チェーン株式会社(つちうらえいがチェーン)は、日本の映画興行会社である。かつて存在したテアトル土浦、土浦プラザ、シアター505のほか、一時的に傘下にあった土浦劇場を含め、土浦市内に4サイト4スクリーンの映画館を経営した。2000年(平成12年)5月31日の全映画館閉館以降、現在は活動を停止している[29]

  • 代表 : 金塚誠
  • 経営した映画館
    • テアトル土浦 - 茨城県土浦市桜町3丁目4番4号、観客定員435名
    • 土浦プラザ - 茨城県土浦市桜町3丁目4番4号、観客定員118名
    • 土浦劇場 - 茨城県土浦市桜町2丁目6番14号、観客定員350名
    • シアター505 - 茨城県土浦市川口1丁目3番304号、観客定員166名

脚注[編集]

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  1. ^ a b 全国上映劇場リスト”. ザ・ビーチ. 20世紀フォックス. 2015年12月16日閲覧。
  2. ^ a b ROADSHOW(上映館一覧)”. マーシャル・ロー. 20世紀フォックス. 2015年12月16日閲覧。
  3. ^ a b c 便覧[1965], p.40.
  4. ^ a b c 便覧[1969], p.71.
  5. ^ a b c d 名簿[1979], p.61.
  6. ^ a b c 名簿[1986], p.56.
  7. ^ a b c d e f 名簿[1993], p.48.
  8. ^ a b c d e f g 名簿[1994], p.50.
  9. ^ a b c d e 総覧[1954], p.37.
  10. ^ a b c d e f g 総覧[1955], p.33.
  11. ^ a b c d e f 便覧[1962], p.51.
  12. ^ a b c 便覧[1964], p.46.
  13. ^ 水産[1957], p.475.
  14. ^ つくば教映社、公式ウェブサイト、2013年8月30日閲覧。
  15. ^ 年鑑[1925], p.466.
  16. ^ a b “霞浦劇場(土浦)が取り壊しへ 木造映画館、老朽化で76年の歴史に幕”. 常陽新聞. (2003年9月3日). オリジナルの2006年11月5日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061105053138/http://www.joyo-net.com/kako/2003/honbun030903.html 2013年8月30日閲覧。 
  17. ^ 総覧[1927], p.659.
  18. ^ 総覧[1929], p.258.
  19. ^ 総覧[1930], p.564.
  20. ^ 昭和7年の映画館 茨城縣 21館”. 中原行夫の部屋(原典『キネマ旬報』). 2013年8月30日閲覧。
  21. ^ 年鑑[1943], p.462.
  22. ^ 年鑑[1942], p.10-48.
  23. ^ うるの拓也 (2014年4月4日). “「2001年~」のリバイバルは、テアトル土浦だったかな。”. Twitter. 2019年6月7日閲覧。
  24. ^ 土浦市モール505新商店街地区整備事業、アイテック計画、2012年8月30日閲覧。
  25. ^ 茨城県”. OMCカード割引き加盟店一覧. eコレ!インターネット. 2013年8月30日閲覧。
  26. ^ 名簿[2001], p.64.
  27. ^ 土浦セントラルシネマズ、公式ウェブサイト、2013年8月30日閲覧。
  28. ^ シネマサンシャイン土浦イオンモール土浦、2013年8月30日閲覧。
  29. ^ 茨城県 (PDF)”. 持ち主不明記録にある事業所名一覧. 日本年金機構. 2013年8月30日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『日本映画年鑑 大正十三・四年』、アサヒグラフ編輯局東京朝日新聞発行所、1925年発行
  • 『日本映画事業総覧 昭和二年版』、国際映画通信社、1927年発行
  • 『日本映画事業総覧 昭和三・四年版』、国際映画通信社、1929年発行
  • 『日本映画事業総覧 昭和五年版』、国際映画通信社、1930年発行
  • 『映画年鑑 昭和十七年版』、日本映画協会、1942年発行
  • 『映画年鑑 昭和十八年版』、日本映画協会、1943年発行
  • 『全国映画館総覧 1954』、時事映画通信社、1954年発行
  • 『全国映画館総覧 1955』、時事映画通信社、1955年発行
  • 『全国水産人名鑑』、水産タイムズ社、1957年
  • 『映画便覧 1962』、時事映画通信社、1962年
  • 『映画便覧 1964』、時事映画通信社、1964年
  • 『映画便覧 1965』、時事映画通信社、1965年
  • 『映画便覧 1969』、時事映画通信社、1969年
  • 『映画年鑑 1979 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1979年
  • 『映画年鑑 1986 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1986年
  • 『映画年鑑 1993 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1993年
  • 『映画年鑑 1994 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1994年
  • 『映画年鑑 2001 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、2001年

関連項目[編集]

画像外部リンク
テアトル土浦・土浦プラザ
閉館後の同館窓口