ティロン・ルー

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  • タロン・ルー
ティロン・ルー
Tyronn Lue
Tyronn Lue (30761766161) (cropped).jpg
2016年のルー
引退
背番号(現役時) 10
身長(現役時) 183cm (6 ft 0 in)
体重(現役時) 79kg (174 lb)
基本情報
本名 Tyronn Jamar Lue
愛称 T-Lue
ラテン文字 Tyronn Lue
誕生日 (1977-05-03) 1977年5月3日(42歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州メキシコ
出身 ネブラスカ大学
ドラフト 1998年 23位 
選手経歴
1998-2001
2001-2003
2003-2004
2004
2004-2008
2008
2008-2009
2009
ロサンゼルス・レイカーズ
ワシントン・ウィザーズ
オーランド・マジック
ヒューストン・ロケッツ
アトランタ・ホークス
ダラス・マーベリックス
ミルウォーキー・バックス
オーランド・マジック
指導者経歴
2009-2013
2013-2014
2014-2016
2016-2018
ボストン・セルティックス (AC)
ロサンゼルス・クリッパーズ (AC)
クリーブランド・キャバリアーズ (AC)
クリーブランド・キャバリアーズ
受賞歴

選手時代

コーチ時代

ティロン・ジャマー・ルー (Tyronn Jamar Lue 1977年5月3日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州メキシコ出身の元バスケットボール選手。NBAで11シーズンプレー。元クリーブランド・キャバリアーズヘッドコーチ

NBA .com日本語サイトとWOWOWでは『タロン・ルー』([təˈrɒn ˌl]) と表記されている。

選手時代[編集]

ネブラスカ大学で3年間プレー後に1998年のNBAドラフトにアーリーエントリーし、デンバー・ナゲッツに23位で指名された直後に、ロサンゼルス・レイカーズとの間でニック・ヴァン・エクセルとの交換トレードが成立。レイカーズからルーの選手生活がスタートした。
しかし、ルーは学生時代から膝を痛めていたこともあり、ルーは殆ど出場機会がなかった。
そんなルーが脚光を浴びたのが2001年のNBAファイナル。レギュラーシーズンでさえ35試合の出場に終わったルーだったが、フィラデルフィア・76ersとの対戦となった第1戦。試合終盤からフィル・ジャクソンHCは、ルーをアレン・アイバーソンのマンマークに着かせることに。するとアイバーソンはルーの密着ディフェンスに手を焼いた。第1戦は敗れたものの、レイカーズは76ersのリズムを狂わせることに成功。その後レイカーズは4連勝し、優勝した。
しかし、ルーは同シーズン前に、ルーキー契約の最終年の契約を破棄されていた為にFAとなり、ワシントン・ウィザーズに移籍。これを皮切りにルーはあらゆるチームを渡り歩くジャーニーマンに落ち着き、2009年に引退した。

NBA career statistics[編集]

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ    リーグリーダー    優勝シーズン  NBA FINAL CHAMP.png

レギュラーシーズン[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1998–99 ロサンゼルス・レイカーズ 15 0 12.5 .431 .438 .571 .4 1.7 .3 .0 5.0
1999–00 ロサンゼルス・レイカーズ 8 0 18.3 .487 .500 .750 1.5 2.1 .4 .0 6.0
2000–01 ロサンゼルス・レイカーズ 38 1 12.3 .427 .324 .792 .8 1.2 .5 .0 3.4
2001–02 ワシントン・ウィザーズ 71 0 20.5 .427 .447 .762 1.7 3.5 .7 .0 7.8
2002–03 ワシントン・ウィザーズ 75 24 26.5 .433 .341 .875 2.0 3.5 .6 .0 8.6
2003–04 オーランド・マジック 76 69 30.7 .433 .383 .771 2.5 4.2 .8 .1 10.5
2004–05 ヒューストン・ロケッツ 21 3 22.8 .393 .333 .778 1.9 2.8 .4 .0 6.0
2004–05 アトランタ・ホークス 49 46 31.2 .464 .364 .871 2.2 5.4 .5 .0 13.5
2005–06 アトランタ・ホークス 51 10 24.2 .459 .457 .855 1.6 3.1 .5 .1 11.0
2006–07 アトランタ・ホークス 56 17 26.6 .416 .348 .883 1.9 3.6 .4 .0 11.4
2007–08 アトランタ・ホークス 33 3 17.1 .439 .435 .857 1.2 1.8 .3 .0 6.8
2007–08 ダラス・マーベリックス 17 0 10.1 .474 .529 .250 .8 .9 .0 .1 3.8
2008–09 ミルウォーキー・バックス 30 0 13.1 .454 .467 .750 1.2 1.5 .2 .0 4.7
2008–09 オーランド・マジック 14 0 9.2 .395 .353 .667 .8 1.0 .1 .0 3.0
Career 554 173 22.7 .437 .391 .829 1.7 3.1 .5 .0 8.5

プレーオフ[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1999 ロサンゼルス・レイカーズ 3 0 11.0 .412 .000 .000 .7 2.0 .7 .0 4.7
2001 ロサンゼルス・レイカーズ 15 0 8.7 .345 .385 .800 .7 .7 .8 .1 1.9
2008 ダラス・マーベリックス 2 0 1.0 .000 .000 .000 .5 .5 .0 .0 .0
2009 オーランド・マジック 1 0 4.0 1.000 1.000 .000 .0 .0 .0 .0 5.0
Career 21 0 8.1 .388 .375 .800 .6 .8 .7 .0 2.3

コーチ時代[編集]

2009年からドック・リバースの下でコーチ歴を開始[1]ボストン・セルティックスでアシスタントコーチを務め、2013-14シーズンはロサンゼルス・クリッパーズのアシスタントコーチを務めた後[2]、2014年からクリーブランド・キャバリアーズのトップアシスタントコーチに就任[3]。2015年5月10日のプレーオフセミファイナルのシカゴ・ブルズ戦の第4戦では、第4クォーター終了間際にタイムアウトを使い果たしたことを忘れてタイムアウトを取ろうとしたデビッド・ブラットHCを、身体を張って制止し、直後にレブロン・ジェームスの決勝ブザービーターシュートを呼び込んだ。 2016年1月22日、ブラットHCの解雇に伴い、HCに昇格した[4]。難しい局面からチームを2年連続でNBAファイナルに導き、ゴールデンステート・ウォリアーズとの再戦では、1勝3敗まで追い詰められたものの、3連勝で奇跡的なカムバックでキャバリアーズに初のNBAチャンピオンをもたらした。その後も2年連続でNBAファイナルに進出するも、いずれもゴールデンステート・ウォリアーズ相手に敗戦。 2018-19シーズン開幕前にFAとなったレブロン・ジェームズロサンゼルス・レイカーズに移籍[5]すると、キャブスは開幕から6連敗と苦戦を強いられる。コビー・アルトマンGMは、成績不振を理由に10月28日にティロン・ルーのHC解任を発表した。[6]

脚注[編集]

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