テオドール・ワイセンベルガー

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ヴァイセンベルガー(1944年、ドイツ)

テオドール・ヴァイセンベルガー(独:Theodor Weissenberger, 1914年12月21日 - 1950年6月11日)は、第二次世界大戦ドイツ空軍エース・パイロット空軍少佐

経歴[編集]

ノルウェーフィンランドロシア北部の北極地帯を担当する第5戦闘航空団において、175機の撃墜記録を残す。後にドイツ本土の第7戦闘航空団に異動し、メッサーシュミット Me262を駆って活躍する。最終撃墜記録は208機。開戦当初は双発のBf110、次に単発のBf109、最後に双発ジェットのMe262という、特性の異なる機体を乗りこなしてエクスパルテンとなった。

1950年ニュルブルクリンクで開催されたフォーミュラ2自動車レースの事故で死亡した。