テンプテーションズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テンプテーションズ(2000年)

テンプテーションズThe Temptations)は、アメリカのソウル・コーラス・グループである。1960年代に「マイ・ガール[1]等のヒット曲を出した、モータウンを代表するグループの一つ。1989年ロックの殿堂入りを果たした。

テンプテーションズが「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第68位にランクインしている。

リード・ヴォーカルのデヴィッド・ラフィンが「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第65位にランクインしている。

略歴[編集]

結成当初、グループはキャバリアーズやプライムズを名乗っている。プライムズ当時でも、地元デトロイトでは、その綿密なパフォーマンスが評判になっていた[2]

1968年にデヴィッドが脱退し、デニス・エドワーズ(Dennis Edwards)が加入。アルバム『クラウド・ナインCloud Nine)』(1969年)は、サイケ色を取り入れたサウンドと、社会派の歌詞を含む楽曲となった。1971年には「ジャスト・マイ・イマジネーション (ランニング・アウェイ・ウィズ・ミー)」(はかない想い)が全米1位となる。

  • デビュー当時からのメンバーだったエディとポールが脱退するが、デーモン・ハリス(Damon Harris)とリチャード・ストリート(Richard Street)を加えた新体制で、1972年に「パパ・ワズ・ア・ローリン・ストーン(Papa Was a Rollin' Stone)」を全米1位に送り込む。なお、ポール・ウィリアムズは1973年に自殺してしまう。1970年代後半にアトランティックに移籍するが、1980年代にはモータウンに戻る。

1983年、デニス・エドワーズの後任としてアリ・オリー・ウッドソン(Ali Ollie Woodson、1951年9月12日- 2010年5月30日)がリード・シンガーに抜擢される。1984年発表のアルバム『トゥルーリー・フォー・ユー』から正式に参加し、ここに収録された「トリート・ハー・ライク・ア・レディー」を、共同作曲、共同プロデュースし、一躍注目される。1986年には、「レディー・ソウル」をソウル・チャートでヒットさせた。

  • 1990年代には、デヴィッド・ラフィン、エディ・ケンドリックスが死去した。
  • その後もメンバー・チェンジを繰り返し、1995年には、デビュー当時からのメンバーはオーティスだけとなってしまうが、現在もテンプテーションズの名前は引き継がれている。
  • 2013年第55回グラミー賞特別功労賞生涯業績賞を受けた。
  • 2018年2月1日、デニス・エドワーズが死去[4]

代表曲[編集]

  • マイ・ガールMy Girl) - 1964年発表、グループにとって初の全米1位を獲得。リード・ヴォーカルはデヴィッド・ラフィン。オーティス・レディングローリング・ストーンズママス&パパスカヴァー1991年、映画『マイ・ガール』の主題歌になり、リバイバル・ヒットした。
  • ゲット・レディ:スモーキー・ロビンソン作曲、エディ・ケンドリックス、リード・ヴォーカル
  • ドント・ルック・バック:スモーキー・ロビンソン作曲、ポール・ウィリアムズ、リード・ヴォーカル
  • シンス・アイ・ロスト・マイ・ベイビー:スモーキー・ロビンソン作曲、デヴィッド・ラフィン、リード・ヴォーカル
  • エイント・トゥー・プラウド・トゥ・ベッグAin't Too Proud to Beg) - 1966年発表、全米13位。リード・ヴォーカルはデヴィッド・ラフィン。ローリング・ストーンズがカヴァーした。1985年ホール&オーツアポロ・シアターでのライブで「マイ・ガール」などとともにテンプテーションズのデヴィッド、エディと共演し、ライブアルバムもリリースした。
  • アイム・ルージング・ユー((I Know) I'm Losing You) - 1966年発表、全米8位。リード・ヴォーカルはデヴィッド・ラフィン。
  • 雨に願いを(I Wish It Would Rain) - 1967年発表、全米4位。リード・ヴォーカルはデヴィッド・ラフィン。ボビー・ウーマックがカヴァー。
  • クラウド・ナイン(Cloud Nine) - 1968年発表、全米6位。リード・ヴォーカルはデニス・エドワーズ、ポール・ウィリアムズ、エディ・ケンドリックス、オーティス・ウィリアムス、メルヴィン・フランクリンの4名。映画『永遠のモータウン』では、ファンク・ブラザーズとミシェル・ンデゲオチェロが、この曲を共演。
  • ボール・オブ・コンフュージョン(Ball of Confusion (That's What the World Is Today)) - 1970年発表、全米3位。リード・ヴォーカルはデニス・エドワーズ、 エディ・ケンドリックス、ポール・ウィリアムズ、メルヴィン・フランクリンの5名。
  • ジャスト・マイ・イマジネーションJust My Imagination (Running Away with Me)) - 1971年発表、全米1位。リード・ヴォーカルはエディ・ケンドリックスとポール・ウィリアムズ。日本タイトルは「はかない想い」である。ローリング・ストーンズがカヴァーしている。
  • パパ・ワズ・ア・ローリン・ストーン(Papa Was a Rollin' Stone) - 1972年発表、全米1位。リード・ヴォーカルはデニス・エドワーズ、リチャード・ストリート、デーモン・ハリス、メルヴィン・フランクリンの4名。マーカス・ミラー、ワズ(ノット・ワズ)がカヴァーした。
  • マスターピース、1973年
  • シェイキー・グラウンド - 1975年発表。Pファンクのエディ・ヘイゼルが参加したファンク・ナンバー。
  • スタンディング・オン・ザ・トップ - 1981年。リック・ジェームズと共演。
  • トリート・ハー・ライク・ア・レディー - 1984年。
  • レディー・ソウル - 1986年
  • スペシャル - 1989年

関連項目[編集]

注釈・出典[編集]