デイヴィッド・オーウェン

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オーウェン男爵デイヴィッド・アンソニー・ルウェリン・オーウェン(David Anthony Llewellyn Owen, Baron Owen, 1938年7月2日 - )は、英国の政治家。過去に労働党に所属していた。

略歴[編集]

ケンブリッジ大学で医学を学ぶ。1966年に下院議員となる。1977年に外務・英連邦大臣に就任する[1]

1979年の総選挙マーガレット・サッチャー率いる保守党に敗れ、オーウェンは外務・英連邦大臣の職を失う[2]

1981年に社会民主党の結党に参加し、その2年後に党首となる。オーウェンが1981年に労働党を去った理由は、総選挙で敗北した後に党が極左によって動かされ、労働党が反EEC/EU、反核兵器、大規模な国営化を推進したからだという[3]

マーガレット・サッチャーはオーウェンを、英国政治における(サッチャーの)知的同類と認めていた[3]

1988年に社会民主党は自由党と合併し、社会自由民主党 (SLD) となるが、オーウェンはSLDには参加しなかった。オーウェンは、もし1987年にSDPが平静を保ち自由党との合併をしなかったら、英国の政治を変えていただろうと信じている[2]

1992年に貴族院議員となる[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b BiographyThe Rt Hon Lord Owen CH FRCP
  2. ^ a b David Owen: Tony Blair and John F Kennedy may have been power crazyE. Grice, The Daily Telegraph, 15 Apr 2008
  3. ^ a b David Owen is Back - But Frankly We Don't Deserve HimJ. Ruddick, The Huffington Post, 3 Mar 2014

関連項目[編集]