デューク・エイセス

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デューク・エイセス(英語:Duke Aces)は、1955年から2017年まで活動した、男性4人からなる日本の重唱団(ボーカルグループ)。

概要[編集]

黒人霊歌「にほんのうた」シリーズなどをレパートリーとしているほか、ジャズコーラスグループとしても活動。また、同じメンバー構成のコーラスグループである、ボニージャックスダークダックスとは共同でショーの開催もしていた。

解散[編集]

2017年5月に年内をもって解散を発表し[1][2]、12月13日NHKごごナマに出演。これが最後のテレビ生出演となり、そして12月21日に東京・メルパルクホールでのラストライブを行い解散。62年の活動に幕を降ろした[3]

メンバー[編集]

立ち位置は、向かって左から右に高音→低音となっている。

解散時のメンバー[編集]

高音→低音の順。

  • 大須賀ひでき(おおすが ひでき、1956年11月30日 - )。東京都出身。トップ・テナー。2009年7月、病に倒れた飯野知彦の代役として加入し、その後正式メンバーとして加入
  • 岩田元(いわた げん、1969年10月31日 - )。東京都出身。セカンド・テナー。脳梗塞に倒れた吉田一彦の代役を努めてきたが、吉田が引退を表明したため、2015年3月に正式メンバーとして加入[4]
  • 谷道夫(たに みちお、1934年11月8日 - )。宮崎県出身、ベース→バリトン。結成当時からのメンバーで、槇野の加入以前はベースを担当1960年からはリーダーを務める。現在コーラス教室の講師も行っている。
  • 槇野義孝(まきの よしたか、1936年2月24日 - )。新潟県出身。明治大学工学部卒業。ベース。1958年に加入。1972年頃まで名字が「真木野」表記だった[5]。万年筆、車の愛好家の面もあり、その方面で著名である。また写真家の濱谷浩は叔父に当たる。ダークダックスの遠山一(ゾウさん)、ボニージャックスの玉田元康(のぼさん)に田代美代子という組合せで「三大テノール」(ルチアーノ・パヴァロッティプラシド・ドミンゴホセ・カレーラス)ならぬ「三大バス」ツアーという形式でコンサートを行うこともある。

解散前に脱退したメンバー[編集]

  • 和田昭治(わだ しょうじ、1928年5月8日 - 2014年4月19日)セカンド・テナー。東京都出身。1955年にデューク・エイセスを結成し約6年間リーダーとして活躍した後、作曲家に転進し、数々のCMソングを世に残す。「サントリーレッド」「トリスビール」「湖池屋ポテトチップス」「バネットライオン」など、その数は約800曲に上る。またNHK『ステージ101』の歌唱指導として「ワンツーおじさん」の愛称で一時レギュラー出演していた。晩年は都内でボイストレーナーとして指導していた。指導したグループや門下生はジャッキー吉川とブルーコメッツダウン・タウン・ブギウギ・バンド尾崎紀世彦少年隊を始め、数知れず日本のポピュラーソング界に大きな足跡を残した。離脱後もデュークOBとしてコンサートにゲスト出演したことがあり、その際には喝采を浴びた。
  • 川上道夫(かわかみ みちお)。トップ・テナー。東京都出身。デューク結成時のメンバー。デューク以前は「ジャズのど自慢」に常勝出場者として出演していたセミプロ。進駐軍巡りのハードスケジュールがたたってのどを壊し、1957年に離脱。後任は吉田一彦。
  • 大屋剛人(おおや のりと)。バリトン。東京都出身。川上同様、デューク以前はジャズのど自慢常勝出演のセミプロ。芸能界引退(その後平凡社に入社)のため、1958年に離脱。後任は槇野義孝だが槇野のキーの関係などから、それまで大屋のパートだったバリトンを谷道夫が担当することとなった。
  • 小保方淳(おぼかた じゅん)。セカンド・テナー→トップ・テナー。加入当時はセカンド・テナーだったが、後に吉田一彦とパートを交代する。ロイヤルナイツを経て、和田昭治の後任として加入。本人の加入後、「おさななじみ」などの歌謡曲のヒットでデュークの人気は高まりはじめる。甘い美声で人気を博し、多くのレコーディングにも参加したが、方向性の違いからデュークを円満離脱、谷口安正と交代する。脱退後はボーカル・ショップに参加[6]。ボーカル・ショップ解散後はソロ活動を行っている。
  • 谷口安正(たにぐち やすまさ、1939年6月28日 - 1990年12月31日)。長崎県出身。青山学院大学英文学科卒業。トップ・テナー。在学中はグリーンハーモニー合唱団指揮者としても活躍するなど、既に音楽関係者の間では名が知れ渡っていた。卒業直前にパーティで競演したデュークから乞われる形で学校卒業後の1964年5月に加入。加入の際には当時デュークがレギュラー出演していた「夢であいましょう」にて、デュークの持ち歌である黒人霊歌を1番を小保方、2番を谷口が歌うという形でメンバー変更を全国に知らせた。四半世紀に渡りトップ・テナーを担当し、デュークの黄金時代を支えた。1990年、35周年コンサートも盛況のうちに終了ののち、同年12月に自宅で脳出血で倒れ、手当のかいなく急逝。後任として飯野知彦が担当することとなった。
  • 飯野知彦(いいの ともひこ、1953年5月6日 - 2009年11月20日)。群馬県出身。東京芸術大学卒業。トップ・テナー。谷口の急逝により、以前より縁があったデュークから後任の打診を受け、イタリア留学をやめて帰国。1991年加入。2008年に胃がんが発覚し治療を受け回復するものの、2009年1月に転移が発覚。通院治療を行いながら活動したが、同年6月15日に自宅で倒れて入院以来約1か月意識不明の状態に陥っていた。早期の復帰が困難とみられることから、事務所及び家族が話し合い、55周年目前にグループを一旦離脱という形になった。意識回復後はリハビリに取り組むなど、復帰を目指したが願いは叶わなかった。2009年11月20日死去、56歳。5月21日に大阪厚生年金会館で行われた「BS日本・こころの歌」(BS日テレ)の公開収録が最終出演。
  • 吉田一彦(よしだ かずひこ、1936年1月25日 - )。大阪府出身。トップ・テナー→セカンド・テナー。加入当時はトップ・テナーだったが、後に小保方淳とパートを交代する。俳優の大木実の下で書生生活を送っていた1957年に加入。デューク・エイセスが50周年を迎えた2005年以後は、ソロ歌手としての活動も行っている。2014年に脳梗塞を発症し復帰に向けて治療を続けてきたが、2015年3月に芸能界引退を発表した[4]

代表曲[編集]

「にほんのうた」シリーズ[編集]

作詞を永六輔、作曲をいずみたくによる、1966年から1970年にかけて東芝音楽工業から発表された曲である。日本各地を 二人が旅をして、その土地の風情を織り込んだオリジナルのご当地ソングで、第8回日本レコード大賞の企画賞および第10回特別賞を受賞している。以下の曲はいずれもこのシリーズの収録曲である。デューク・エイセスもスケジュールの合間を縫って旅に同行した。

  • いい湯だな(群馬):ザ・ドリフターズの歌唱で有名だが、草津温泉ほかの群馬県内の温泉を歌ったこちらがオリジナルである。
  • 女ひとり(京都):「京都 大原 三千院」の歌い出しで有名。歌詞の恋に疲れた女が着ていた着物(結城に塩瀬の素描の帯、大島紬につづれの帯、塩沢がすりに名古屋帯)は永六輔の妻が当時着ていたものをモチーフにしている。
  • フェニックス・ハネムーン(宮崎):日南海岸等での新婚旅行風景の紹介映像では定番のBGMだった。
  • 筑波山麓合唱団(茨城):「ガマはガマでも四六のガマ」の歌詞に続いてのカエルに扮したメンバーの歌唱で有名である。

テレビ主題歌・挿入歌[編集]

CMソング[編集]

テーマソング・社歌・市歌[編集]

  • 千林商店街テーマソング:大阪市旭区千林にある商店街のテーマソング。10分に1回、商店街一帯に流れている。
  • 551蓬莱 社歌
  • おもちゃのあおきのテーマ(おもちゃのあおき)1970年制作 今でも店内ミュージックやTVCMソング、佐世保市営バスさせぼバス案内放送CMとして流されている。
  • お好み焼徳川のテーマ(東洋観光グループお好み焼徳川)1975年にCM開始し、現在でも流れている。
  • ライフコーポレーション 社歌「マイマイハッピーライフ」
  • EMIミュージック・ジャパン 社歌「青い空に歌おうよ」
  • CSK社歌、CSKズッコケ音頭 - 2曲共に非売品CD『CSKのうた』に収録された。
  • 川越百万灯夏祭りテーマソング「ふれあいサンバKAWAGOE」
  • 九州旅客鉄道 野球部応援歌「鉄路轟轟」
  • 草加市 市歌「想い出はいつも」
  • 浦安市 市歌「海と緑のまち 浦安市民の歌」
  • 綾瀬市 市歌「綾瀬市民の歌」
  • 江別市 100年記念「江別市民音頭(江別のびのび音頭)/風はみどり」
  • ああ尼崎市民家族:尼崎市市制70周年記念制作曲。FM aiai平日正午の時報を兼ねて放送される。また尼崎市バスの車内放送において、終点到着時のみインストゥルメンタルが流れていた(同事業者の阪神バス路線移譲後は消滅)。
  • アブダビ石油 「ガルフブルース」 海外赴任の社員のために、自主製作版として制作された。
  • セコム社歌 1980年代後半に同社のCMソングに起用され、アレンジとキーと歌い手を変更している。なお、同時期に放映された『JNNニュースコープ』では同社と上記の日本生命がスポンサーであり、「ニッセイのおばちゃん」シリーズとともに放映されていた時期がある。

その他に、下記で紹介する黒人霊歌やジャズコーラス、坂本九の『見上げてごらん夜の星を』のカバーや日本の唱歌なども多く歌っている。

ディスコグラフィー[編集]

※ 1960~1963年:東京芝浦電気、1964~74年:東芝音楽工業、1973~1994年:東芝EMI、2007~2013年:EMIミュージックジャパン、2014年~:ユニバーサル・ミュージックより発売

シングル[編集]

  • 寿限無の嘆き/与太郎の歌(1960年、JP-1217)
  • ジングルベル/聖しこの夜(1961年、JP-5082)
  • さらば恋人よ/さいはて慕情(1962年、JP-5146)
  • 一番星はどんな星/峠の我家(1962年、JP-1366)
  • ベルリンの街角で/アテネの恋唄(1962年、JP-5112)
  • 生きる歓び/青春の歌(1962年、JP-5127)
  • 大脱走のマーチ/涙のサベリン(1963年、JP-5243)
  • おさななじみ/上を向いて歩こう(1963年、JP-1620)
  • 男なら/アラビアの唄(1963年、JP-1630)
  • 花はどこへいった/ドナ・ドナ・ドーナ(1964年、TR-1067)
  • ドリーム・ファイブ/ジャワの夜は更けて(1964年、TR-1098)
  • 花はどこへいった(1964年、東芝音楽工業、TP-7034)
  • イビキの歌/死んだ男の残したものは(1964年、TP-2314)
  • 平和の誓い/レモン・トゥリー(1964年、TR-1131)
  • 夜更けのブルース/500マイルもはなれて(1964年、TP-1011)
  • 山々よぼくらの山よ/あの涙(1965年、TP-1044)
  • みなさん山でおやすみ/思い出は涙だけ(1965年、TP-1055)
  • おさななじみ/上を向いて歩こう(1965年、TP-1163)
  • すてきな門出/愛のよろこび(1965年、TP-2427)
  • オランダ坂をのぼろう(長崎)/十和田の底に(青森)(1965年、TP-1091)
  • 君が若者なら/息子への手紙(1965年、TP-1108)
  • 女ひとり(京都)/ぼた山(福岡)(1965年、TP-1117)
  • 隠岐の鈴(島根)/チャウチャウ(大阪)(1965年、TP-1165)
  • 黒部四代(富山)/ホッファイホウ(北海道)(1965年、TP-4061)
  • 銀杏並木(大阪)/いい湯だな(群馬)(1966年、TP-1202)
  • ひかり知らずに/一番星はどんな星(1966年、TP-1227)
  • 別れた人と(兵庫)/ロッコン・ロール(山梨)(1966年、TP-1247)
  • 困るぞなモシ(愛媛)/うるめいわしの歌(高知)(1966年、TP-1292)
  • 君の故郷は(東京)/こけしの唄(宮城)(1966年、TP-1320)
  • 燃えろ若者(鹿児島)/涙は真珠(三重)(1966年、TP-1342)
  • 酒はあわもり(沖縄)/ここはどこだ(沖縄)(1967年、TP-1393)
  • 紺がすり(秋田)/フェニックス・ハネムーン(宮崎)(1967年、TP-1411)
  • ボストンの恋/ポーク・ソング(1967年、TP-1477)
  • ひとり旅(石川)/港のためいき(神奈川)(1967年、TP-1471)
  • ボーイズビーアンビシャス(北海道)/茶・茶・茶(静岡)(1967年、TP-1511)
  • 東京のせがれ(新潟)/帰ろう港へ(千葉)(1968年、TP-1576)
  • おさななじみ/雪の降る町を(1968年、TP-1627)
  • 一人聴く雨/わからないうた(1968年、TP-1654)
  • 終電車のブルース(埼玉)/風が消していく(鳥取)(1968年、TP-1655)
  • 我等の庄助さん(福島)/奈良の鐘(奈良)(1968年、TP-2073)
  • おいらのふるさと/ジャンケン仲間(1968年、TP-2091)
  • 岬にきました(和歌山)/ベリョースカ(北海道)(1969年、TP-2124)
  • 飲むんだったらコーヒー/愛のコーヒー(1969年、TP-2135)
  • この橋を渡ったら(山口)/クンビーラ大権現(香川)(1969年、TP-2160)
  • 煙と汽車と僕の夢/月夜の出来事(1969年、TP-2187)
  • マンボ鵜(岐阜)/潮風の中で(大分)(1969年、TP-2194)
  • 伝説の町(広島)/踊り疲れて(徳島)(1969年、TP-2216)
  • 僕達の道を(愛知)/初恋の人は(佐賀)(1969年、TP-2217)
  • 筑波山麓合唱団(茨城)/明日の故郷(東京)(1970年、TP-2270)
  • おさななじみ/続おさななじみ(1970年、TP-2344)
  • 手にハンマーを/去っていく男(1971年、TP-2487)
  • 北国は寒いだろう/一人聴く雨(1971年、TP-2518)
  • 少年の唄/プカ・ブン・ブン(1971年、TP-2752)
  • 雪を降らせる人/私の天気図(1974年、TP-20011)
  • いきいき音頭/インナートリップの歌(1974年、TP-20023)
  • 邪馬台への道/濡れにぞ濡れし(1976年、TP-20256)
  • ―にほんのうた― フェニックス・ハネムーン/紺がすり(1976年、TP-10071)
  • ―日本の歌―・西郷隆盛百年展記念 泣かない男/燃えろ若者(1976年、TP-10074)
  • 恋はトマト色/いつもの小道で(1976年、TP-10116)
  • ―にほんのうた― いい湯だな/銀杏並木(1977年、TP-101239)
  • カリブの夢/愛の挽歌(1977年、TP-10255)
  • ―日本の歌― 浅草はぐれ鳩/ユーカリの唄(1977年、TP-10315)
  • あゝテンポイント〜悲運の名馬〜(1978年、TP-10382)
  • ハルピン1945年/そして誰もいなくなった(1978年、TP-10451)
  • 愛のエンターティナー/ムーンライト・ベイ(1980年、TP-17001)
  • 美しい親友に/酔いどれ同盟(1981年、TP-17140)
  • NICE HEART NICE PEOPLE/幸せどんどん逃げてゆけ(1981年、TP-17216)
  • 京都夢かざり/はじめてのひと(1981年、TP-17216)
  • 海にかける虹/そして大和(1982年、TP-17437)
  • 野風増/YOU YOU YOU(1985年2月1日、TP-17684)
  • 星の旅人たち/人生を愛した君に・・・(1987年、RT07-2041)
  • 筑波山麓合唱団(1987年、RT07-2047)
  • シューティング・ヒーロー/みなとまつり(1988年、TP-17863)
  • ふりふり寝たふり/野風増'91(1991年、TODT-2724)
  • 踊れボンボン(1999年、YTE-0002)
  • あなたが歌えば/はるなつあきふゆ(1994年、TODT-3221)
  • 不景気なんか吹っ飛ばせ(2001年、TOST-9041)
  • きょうも茶ッピーエンド(みんなのうた)(2003年、TOCT-0908)
  • 生きるものの歌/友よさらば(2014年10月22日、UPCH-80460)

アルバム[編集]

  • ムード・イン・トーキョー第一集(1958年、U-2001)
  • デューク・シング・シング(1960年、LV-148)
  • 浜辺の歌(女学生愛唱歌集)(1961年、JPO-1119)
  • アドリブ民謡(1961年、SKF-40)
  • デューク・エイセスのすべて(1962年、JP-1145)
  • デューク・エイセスフォスターを歌う(1962年、JPO-1218)
  • 山のうたごえ(1963年、JPO-1259)
  • デューク・エイセス ウエスタンを唄う(1963年、JP-1312)
  • 戦友(1963年、JPO-1315)
  • おさななじみ(デュークの歌うヒット歌謡集)(1964年3月20日、TR-7001)
  • デューク・エイセスのすべて(1965年、TP-7058)
  • 君が若者なら(1966年、TP-7095)
  • にほんのうた(1966年、TP-7130)
  • にほんのうた 第二集(1967年、TP-7215)
  • 栄光のデューク・エイセス(1968年、TP-8039)
  • にほんのうた 第三集(1969年、TP-7295)
  • にほんのうた 第四集(1969年、TP-7359)
  • ベスト オブ デューク・エイセス(1970年、TP-7414)
  • フォーク・エイセス(1970年、TP-7390)
  • デューク・エイセス15周年リサイタル(1971年、TP-8556〜7)
  • 遠くへ行きたい(若者たちのうた)(1971年、TP-8076)
  • いずみたくリサイタル(1971年、ETP-8072)
  • 三木鶏郎ソングブック(1971年、ETP-8113)
  • にほんの民謡(1971年、TP-8126)
  • 秋場所デューク・エイセス(1972年、TP-8162〜3)
  • にほんの民謡(1972年、TP-8186)
  • デューク・エイセス ゴールデン・ディスク(1972年、TP-9090)
  • スターと共に デューク・エイセス ゴールデン・ディスク(1973年、TP-7707〜8)
  • ファンタスティックコーラス デューク・エイセスのすべて(1973年、TP-92011Z)
  • デューク20シリーズ デューク・エイセス 博覧会'75(1973年、TP-9090)
  • デューク・エイセス18年目のコンサート(1974年、TP-8283〜4)
  • デューク20シリーズ デューク・エイセス 気象台(1974年、TP-9108)
  • デューク20シリーズ デューク・エイセス 衣装箱(1974年、TP-72004)
  • 焼跡のジャズメドレーVol.1~2(1975年、TP-72078~79)
  • デューク20シリーズ デューク・エイセス 望郷抄(1975年、TP-72095)
  • デューク・エイセス 20周年リサイタル(1975年、TP-60085〜6)
  • ベスト・オブ・デューク・エイセス(1976年、TP-72146)
  • 日本の歌(にほんのうた)第一集(1976年、TP-72163)
  • 日本の歌(にほんのうた)第二集(1976年、TP-72224)
  • 日本の歌(にほんのうた)第三集(1977年、TP-72271)
  • 生誕100年記念 瀧 廉太郎 作品集(1979年、TP-60329)
  • 宇宙への旅路 A WONDERFUL WORLD OF DUKE ACES(1980年、TP-90009)
  • サークル・ゲーム(1980年、TP-80136)
  • コーラスの仲間たち ―ビバ!!コーラス―(1980年、TP-72336〜7)
  • ザ・ベスト・オブ・デューク・エイセス(1981年、TP-72357〜8)
  • デューク・エイセス 25周年リサイタル(1981年)
  • 素晴らしいコーラスの世界(1981年、TP-90129)
  • DUKE MEETS CONCORD JAZZ ALL STARS(1981年)
  • 焼跡のジャズ(1982年、TP-60423〜4)
  • スペシャル・ベスト・オブ・デューク・エイセス(1982年、TP-60437)
  • DUKE ACES GOLDEN BEST 20(1988年、CT32-5096)
  • DUKE ACES/WONDERFUL TIME(1988年、CT32-5168)
  • Wonderful Time U.K. Yesterday and Today(1990 TOCT-5649)
  • にほんのうた 第一集~第四集(1992年、TOCT-6641~44)
  • 新世界(1992年、TOCT-6627)
  • DUKE BOX '95 40周年記念アルバム(1995年、TOCT-9421〜2)
  • マジック・サンドイッチ1 〜いいうたみつけた〜(1996年、TOCT-9424)
  • ワンダフル・タイム OLD AMERICAN FAVORITE SONGS(1996年、TOCT-9612)
  • ワンダフル・タイム デューク・エイセス狂想曲(1996年、TOCT-9613)
  • DUKE Meets CONCORD JAZZ ALL STARS(1996年9月19日、TOCT-9615)
  • マジック・サンドイッチ2 〜あこがれをだいて〜(1997年、TOCT-9864)
  • コーラス図鑑1(1997年、TOCT-9950)
  • オリジナル・パレード(1997年、TOCT-9951〜2)
  • 新世界(1999年、TOCT-10670)
  • デューク・エイセス・45(2000年、TOCT-24414)
  • デューク・エイセス ベスト30(2004年、TOCT-0271-2)
  • デューク・エイセス 50(2005年、TOCT-11007)
  • おさななじみ デュークの歌うヒット歌謡集(2008年、TOCT-26672)
  • デューク・エイセス 55周年記念盤(2010年1月20日、TOCT-26955-6)
  • 雪月花…宴(2012年、DUKE-0052)
  • にほんのうた(2012年7月25日、TOCT-19023-4)
  • 世界のうた デューク・エイセス スタンダードを歌う(2012年7月25日、TOCT-19025-6)
  • おさななじみ+フォーク・エイセス(2013年、TYCN-60026‐7)
  • 結成60周年記念 感謝還暦(2014年10月22日、UPCH-20460)
  • デューク・エイセス CM WORKS(2015年8月26日、UPCY-7036)
  • デューク・エイセス 60周年記念盤(2015年7月15日、UPCY-7060)
  • デューク・エイセス 珠玉のライヴ 1962-2016(2017年1月21日、CCD930-932)
  • こころに響く日本の歌19(2017年3月28日、SHJS-119 CDマガジン)
  • ゴールデン☆ベスト デューク・エイセス(2017年11月22日、UPCY-7452)

DVD[編集]

  • 時計が回れば デューク・エイセス45周年記念 1500曲マラソンコンサート ゴールイン!(2002年3月27日、TOBH-1039)

テレビ[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 対戦相手
1962年(昭和37年)/第13回 ドライ・ボーンズ スリー・グレイセス
1963年(昭和38年)/第14回 ミスター・ベースマン ザ・ピーナッツ
1964年(昭和39年)/第15回 A列車で行こう 坂本スミ子
1965年(昭和40年)/第16回 キャラバン ザ・ピーナッツ
1966年(昭和41年)/第17回 君の故郷は 伊東ゆかり
1968年(昭和43年)/第19回 いい湯だな 梓みちよ
1969年(昭和44年)/第20回 筑波山麓合唱団 由紀さおり
1970年(昭和45年)/第21回 ドライ・ボーンズ ちあきなおみ
1971年(昭和46年)/第22回 『にっぽんのうた』から 加藤登紀子
1992年(平成4年)/第43回 見上げてごらん夜の星を 梓みちよ

脚注[編集]

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  1. ^ “デューク・エイセス、年内で活動停止 男性ボーカルグループの草分け的存在”. 産経新聞. (2017年5月25日8時56分). http://www.sankei.com/entertainments/news/170525/ent1705250001-n1.html 2017年5月25日閲覧。 
  2. ^ ご挨拶(公式サイト TOPページ)”. 2017年5月26日閲覧。
  3. ^ “「デューク・エイセス」が解散コンサート 62年の活動に終止符”. スポーツ報知. (2017年12月21日18時16分). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20171221-OHT1T50194.html 2017年12月23日閲覧。 
  4. ^ a b “デューク・エイセス吉田一彦、脳梗塞で引退”. ORICON NEWS. (2015年3月9日). http://www.oricon.co.jp/news/2049718/full/ 
  5. ^ 1972年発売のLP「秋場所」では真木野だが、1974年発売のLP「18年目のコンサート」では槙野になっている。
  6. ^ [1]
  7. ^ “柄本明、宮崎県を舞台に“もう一度、ハネムーン”をドラマ化”. ORICON STYLE. (2016年4月27日). http://www.oricon.co.jp/news/2070810/full/ 2016年4月27日閲覧。 

関連項目[編集]