トッテナム・ホットスパーFC

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トッテナム・ホットスパーFC
原語表記 Tottenham Hotspur Football Club
愛称 Spurs, Lilywhites
クラブカラー     白(ホワイト)・    青(ブルー)
創設年 1882年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン ロンドン
ホームスタジアム Tottenham Hotspur Stadium March 2019 - view from east.jpgトッテナム・ホットスパースタジアム
収容人数 62,062
運営法人 ENICインターナショナルLtd.
代表者 イングランドの旗 ダニエル・リーヴィーen
監督 ポルトガルの旗 ジョゼ・モウリーニョ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ

トッテナム・ホットスパー・フットボール・クラブ(Tottenham Hotspur Football Club、イギリス英語発音: [ˌtɒtnəm-ˈhɒtspəː-])は、イングランドの首都ロンドン北部をホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。トットナム・ホットスパーと表記されることもある。愛称はスパーズ(Spurs)。

クラブのモットーラテン語で「Audere est Facere(英語訳「To Dare Is to Do」)。

概要[編集]

数度の2部降格を経験しているが、1978年よりイングランドのトップリーグであるプレミアリーグに所属し続けるクラブである。フットボールリーグ時代に2回の優勝記録を持つ。

クラブ名の「ホットスパー」とは、トッテナム湿地英語版英国貴族パーシー家が所有していたことから、同家の祖先である中世イングランドの騎士ヘンリー・パーシーのあだ名「ホットスパー[1]」から取ったものである[2]

1901年に初めてFAカップを制した。これはフットボールリーグの設立以降にノン・リーグ・クラブがFAカップを制した唯一の事例である。1960-61シーズンにリーグカップとFAカップを制し、これらの大会の2冠(ダブル)を達成した20世紀初のクラブとなった。1962年にFAカップを連覇し、1963年にヨーロピアンカップウィナーズカップを制し、欧州のクラブ大会を制したイギリス初のクラブとなった[3]

1970年代にリーグカップを2度制し、1972年にUEFAカップ(現UEFAヨーロッパリーグ)の初代王者となった。異なる2つの主要な欧州タイトルを獲得したイギリスのクラブはトッテナムが初めてである。2008年にリーグカップを制したことで、1950年代からのすべての年代における主要タイトル獲得を果たしたクラブとなった(トッテナム以外ではマンチェスター・ユナイテッドのみ)が、2010年代はタイトル獲得がなかった。

地元のアーセナルとは長年ライバル関係にあり、両者の対戦はノース・ロンドン・ダービーと呼ばれる。

チームカラーの白と青(紺)は、1888-89シーズンにリーグ戦とカップ戦の2冠を達成したプレストン・ノースエンドのキットカラーである。1898年以降は白のシャツと紺のパンツが基本スタイルとなり、現在まで続いている[4]

世界最大の会計事務所である『デロイト』が公表したデロイト・フットボール・マネー・リーグによると、2017-18シーズンのトッテナムのクラブ収入は4億2830万ユーロ(約550.54億円)であり、ヨーロッパ第10位である。プレミアリーグではアーセナルに次いで第6位である。

歴史[編集]

創設[編集]

1901年のFCカップ、シェフィールド・ユナイテッドとの決勝再試合で得点を挙げるサンディー・ブラウン。

1882年9月5日火曜日、オール・ハロウズ・チャーチ英語版と呼ばれるロンドントッテナム地区にある教会の聖書研究会に所属するグラマースクールの学生によって創設された。結成当初の名前はホットスパーFCであり、彼らはホットスパークリケットクラブのメンバーでもあった。「ホットスパー」という名称は14世紀にこの地域に住んでおり、その子孫が近隣に土地を所有していたヘンリー・ホットスパー・パーシーと関連していると言われている。1884年、既に定着していた「ホットスパーFC」との混同を避けるため、トッテナム・ホットスパーFCと改称した[5]

欧州の舞台へ[編集]

会長のダニエル・リーヴィ。ケンブリッジ大学を首席で卒業している。

2001年よりジョー・ルイスが率いるイギリスの投資会社ENICグループ(かつてスラヴィア・プラハグラスゴー・レンジャーズを保有していた)がクラブの所有権を握り、ダニエル・リーヴィが会長に就任した。2005年にダミアン・コモリをスポーツディレクターとして招聘し、この時期にディミタール・ベルバトフガレス・ベイル、後にバロンドールにも選ばれるルカ・モドリッチらを獲得した。

2005-06シーズンはチャンピオンズリーグ出場まであと一歩のところで足踏みし5位。しかし当時の監督マルティン・ヨルファンデ・ラモスに補強に関する権限を与えなかったことからトラブルが起こり、その後チームは一時低迷する。

2008年10月にハリー・レドナップが監督に就任。同時にSD職を廃しチーム編成は監督と会長のリーヴィが主導するスタイルに改められた。2009-10シーズンは、ウィガン戦でプレミアリーグ史上2番目の得点差となる9-1で圧勝するなど、プレミアリーグ発足後のクラブ史上最高位となる4位となり、クラブ史上初めてUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した[6]。これによって、2005-06シーズンから2008-09シーズンまで続いたいわゆるビッグ4(アーセナルチェルシーマンチェスター・ユナイテッドリヴァプール[7][8]によるチャンピオンズリーグの出場権独占を終わらせた。

2010年代[編集]

2010-11シーズン[編集]

2010年にENICが前オーナーのアラン・シュガーやイージーグループの総帥ステリオス・ハジ=イオアヌが持つ株式を買収し、クラブ株式の85%を持つに至る。2010-11シーズンの夏の移籍市場ではレアル・マドリードからラファエル・ファン・デル・ファールトを獲得するなどをして注目を浴びた。初のチャンピオンズリーグでは、イタリアの強豪インテルを抑えてグループリーグを1位通過するとベスト16では同じくイタリアの強豪ACミランを破ってベスト8に進出して健闘した。一方、プレミアリーグではフォワード陣の得点不足やキーパーの凡ミスなどが問題となって5位となり、2年連続のチャンピオンズリーグ出場はならずUEFAヨーロッパリーグに出場することになった。

2011-12シーズン[編集]

2011-12シーズンは得点不足を解消するためにマンチェスター・シティからエマニュエル・アデバヨールをレンタルで、加えてブラッド・フリーデルスコット・パーカーなども獲得し、前シーズンの不安要素を中心とした補強がされた。また冬の移籍市場では元マンチェスター・ユナイテッドルイ・サハなども獲得した。ヨーロッパリーグではターンオーバーに徹して主力を温存したこともあり、PAOKテッサロニキFCルビン・カザンに次ぐ3位でグループステージ敗退。プレミアリーグでは4位となり、チャンピオンズリーグ出場権を獲得したが、プレミアリーグを6位で終えたチェルシーがUEFAチャンピオンズリーグで優勝し前年優勝クラブ枠を手にしたため、トッテナムはUEFAヨーロッパリーグへ回ることとなった。2012年1月には、収容人数が4万人に満たないホワイト・ハート・レーンに代わる新たなスタジアムの建設に向け、クラブの非上場化の手続きを完了した。

2012-13シーズン[編集]

2012年6月14日、レドナップの退任が発表された。7月3日に新監督としてアンドレ・ビラス・ボアス就任を発表した。それに続いてギルフィ・シグルズソンヤン・フェルトンゲンを獲得した。さらにはエマニュエル・アデバヨールを買い取り、フラムFCからムサ・デンベレクリント・デンプシーを獲得し、フリーデルの後継者としてウーゴ・ロリスも獲得した。一方でモドリッチを移籍金3330万ポンドでレアル・マドリードに売却し、同時にレアル・マドリードと業務提携を結んでいる[9]。さらに冬の移籍市場では、シャルケ04からドイツ代表ルイス・ホルトビーを獲得した。

2013-14シーズン[編集]

2013年夏、チームの顔であるガレス・ベイル移籍の噂が大きく報道される中、移籍市場では積極的に動き、チームを強化するためこれまで主力選手だった、クリント・デンプシー、トム・ハドルストーンジェイク・リヴァーモア、前主将のウィリアム・ギャラス、さらには副主将のスコット・パーカーまでもを放出し、巨額の資金を投じてブラジル代表パウリーニョやクラブ史上最高額の移籍金となる約3000万ユーロで、スペイン代表ロベルト・ソルダード、ベルギー代表ナセル・シャドリ、フランス代表エティエンヌ・カプエを獲得するなど大型補強を敢行した。2013-14シーズン開幕戦クリスタル・パレス戦、第2節のスウォンジー戦共に、新加入のソルダードのPKでどちらも1-0で勝利し、幸先の良いスタートを切った。さらに補強の手を緩めずエリク・ラメラクリスティアン・エリクセンヴラド・キリケシュといった各国の代表クラスの選手を獲得し、この移籍市場での投資額は、レアル・マドリードパリ・サンジェルマンに次ぐと見られる約160億円に上った。特にエリクセンの獲得はチームの攻撃に大きなオプションを与えた。そして9月1日にベイルを史上最高額の8500万ポンドでレアル・マドリードに売却することを発表[10]、背番号11番はエリク・ラメラが受け継いだ[11]

2013-14シーズンは前述の大型補強にも拘らず11月24日のマンチェスター・シティ戦で0-6の大敗、12月15日のリヴァプール戦で0-5の大敗を喫するなど調子が上がらず、12月16日にビラス・ボアスは解任された。後任として、ティム・シャーウッドがアシスタントコーチから暫定監督を経て正式に監督に就任、ビラスボアス時代に冷遇されていたエマニュエル・アデバヨールを起用して、彼が再びエースの地位を取り戻すチャンスを与えた。輝きを取り戻したアデバヨールに加え、エリクセン、レノンのコンディションも順調に整い、元日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦で勝利するなどして短期間で一気に順位を上げる事に成功したが、その後も優勝争いには絡むことなく6位に終わりCL出場権を逃した。

2014-15シーズン[編集]

2013-14シーズン終了後にシャーウッドは解任され、新監督にサウサンプトンFCで好成績を残したマウリシオ・ポチェッティーノを招聘した。2014年6月9日にはベテランGKブラッド・フリーデルが1年間の契約延長発表と同時にクラブのアンバサダーに就任した。

2014-15シーズンは、ベンジャミン・スタンブリフェデリコ・ファシオミシェル・フォルムベン・デイヴィスエリック・ダイアーデアンドレ・イェドリンなど守備に重きを置いた補強を展開した。ベルギー代表ナセル・シャドリが開幕から5試合で4得点を決めるなど、前シーズンに「失敗」の格印を押された選手達が活躍を始めた[12]

2015-16シーズン[編集]

夏の移籍市場ではパウリーニョエティエンヌ・カプエユネス・カブールルイス・ホルトビーアーロン・レノンロベルト・ソルダードらが移籍した一方、ケヴィン・ヴィマーキーラン・トリッピアートビー・アルデルヴェイレルトクリントン・エンジソン・フンミンを獲得した。

プレミアリーグではレスター・シティと優勝争いを演じ、終盤に失速したものの3位でフィニッシュした。これによりUEFAチャンピオンズリーグの出場権を得た。トビー・アルデルヴェイレルトダニー・ローズハリー・ケインデレ・アリPFA年間ベストイレブンに選出された。ケインはリーグ得点王と、アリはPFA年間最優秀若手選手賞とのダブル受賞であった。

2016-17シーズン[編集]

夏の移籍市場ではケニア代表MFビクター・ワニアマフランス代表MFムサ・シソコオランダ代表FWフィンチェント・ヤンセン、フランスU-21代表FWジョルジュ=ケヴィン・エンクドゥを獲得。

昨シーズン活躍したハリー・ケインデレ・アリなどに加え、ソン・フンミンや新加入のビクター・ワニアマなどが活躍した。しかし、チェルシーとの優勝争いに敗れチームは2位でシーズンを終えた。ライバルであるアーセナルよりも高順位で終えたのは22年ぶりのことである。表彰では、ゴールデンブートにハリー・ケインPFA年間最優秀若手選手賞デレ・アリPFA年間ベストイレブンカイル・ウォーカーダニー・ローズデレ・アリハリー・ケインが選出された。

1899年から本拠地であったホワイト・ハート・レーン最後のシーズンであった。最終戦はマンチェスター・ユナイテッドとの試合でビクター・ワニアマハリー・ケインのゴールで2-1で勝利し、最終戦に華を添えた。終了後には最後の勝利を祝うサポーターがピッチになだれ込み空には虹が現れた。なお、リーグ戦におけるホーム戦では無敗を記録した。

UEFAチャンピオンズリーグ 2016-17ではグループリーグでASモナコバイエル・レバークーゼンCSKAモスクワと同組になり、決勝トーナメント進出は確実かと思われていたが、2勝1分3敗のグループ3位で敗退した。ヨーロッパリーグに回ったが、ラウンド32でKAAヘントに敗れた。

2017-18シーズン[編集]

当シーズンはウェンブリー・スタジアムを本拠地として使用した[13]

カイル・ウォーカーマンチェスター・シティへ、ケヴィン・ヴィマーストーク・シティFCへ完全移籍、レンタル移籍中のファシオローマベンタレブシャルケへ完全移籍した。一方でアヤックスからコロンビア代表DFダビンソン・サンチェスサウサンプトンからGKパウロ・ガッサニーガパリ・サンジェルマンからコートジボワール代表DFセルジュ・オーリエエストゥディアンテスからU-20アルゼンチン代表フアン・フォイススウォンジーから元スペイン代表FWフェルナンド・ジョレンテを獲得した。1月の移籍市場ではパリ・サンジェルマンからブラジル代表MFルーカス・モウラを獲得。

UEFAチャンピオンズリーグ 2017-18ではグループリーグで前回王者のレアル・マドリードに勝利するなどして首位通過を果たした。ラウンド16では前回準優勝のユベントスFCと対戦。敵地での1stレグでは序盤に2点を失うもハリー・ケインクリスティアン・エリクセンのゴールで追いついて2-2で終了。貴重なアウェイゴールを2つ奪い、優位な状況で迎えた本拠地での2ndレグでも前半にソン・フンミンのゴールで先制したが、後半にゴンサロ・イグアインパウロ・ディバラに連続でゴールを許し1-2で逆転負け、2戦合計3-4で敗退した。

2018-19シーズン[編集]

このシーズンからトッテナム・ホットスパースタジアムを本拠地として使用する予定だったが工事が間に合わず、シーズン前半戦はウェンブリーで試合が行われた。新スタジアム建設費がかさんだことにより夏の移籍市場では補強を一切行わなかった。シーズン前に補強を行わなかったのは全チームを通じてプレミアリーグ史上初であった。冬の移籍市場でも補強は行われなかった。

シーズン中は、ハリー・ケインデレ・アリエリク・ラメラらが怪我に悩まされ、冬には主力のムサ・デンベレが移籍したが、プレミアリーグでは4位でフィニッシュして来季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

またこの年のUEFAチャンピオンズリーグではクラブ史上初の決勝進出を果たした。FCバルセロナインテル・ミラノと同組だったグループステージは2位での突破だったが、決勝トーナメントのラウンド16ではボルシア・ドルトムント相手に4-0で完勝。準々決勝ではエースのケインを怪我で欠きながらもソン・フンミンフェルナンド・ジョレンテらの活躍により2戦合計4-4の撃ち合いの末にマンチェスター・シティを下した。なお、2ndレグでは開始21分で両チーム合計5得点が飛び交い、最速での5得点として大会記録を更新した。準決勝ではこの大会でレアル・マドリードユヴェントスを破る快進撃を続けていたアヤックス・アムステルダムと対戦。ホームでの1stレグをドニー・ファン・デ・ベークのゴールにより0-1で落とすと、2ndレグでもマタイス・デ・リフトハキム・ツィエクに得点を許し、前半終了時点で合計スコア0-3と絶望的な状況に追い込まれたが、ルーカス・モウラが55分にカウンターからゴールを沈め、その4分後にはゴール前の混戦から叩き込み、さらに95分にはハットトリックとなる3点目を決めて3-2で逆転勝利した。この結果2戦合計3-3で並び、アウェイゴールの差でクラブ史上初の決勝進出を果たした。決勝はリヴァプールFCに0-2で敗れた。

2019年4月には新本拠地トッテナム・ホットスパースタジアムが完成した。新スタジアムの初戦となったクリスタル・パレスFC戦ではソンがファーストゴールを記録し勝利した。

2019-20シーズン[編集]

タンギ・エンドンベレジオヴァニ・ロ・チェルソなどを獲得した。レアル・マドリードへの移籍が取り沙汰されていたエリクセンは残留した。前年以上の成績が期待されたが、リーグ戦では12節終了時点で3勝5分4敗の14位に沈み、チャンピオンズリーグではバイエルンにホームで2-7で敗れるなど絶不調に陥った。11月19日、マウリシオ・ポチェッティーノ監督が解任され[14]、後任にジョゼ・モウリーニョが就任した[15]。モウリーニョ監督の初戦となったアウェイのウェストハム戦では3-2で勝利した。モウリーニョ政権初のCLかつホームゲームとなるグループB第5節オリンピアコス戦では、2点を先制されるも的確な交代策により4-2で逆転勝利し、この勝利によって決勝トーナメント進出を決めた。冬の移籍市場では、SLベンフィカからジェドソン・フェルナンデス、PSVからステーフェン・ベルフワインを獲得し、レンタル加入していたロ・チェルソを完全移籍で獲得した。一方で、エリクセンはインテル・ミラノに完全移籍、ダニー・ローズがニューカッスル・ユナイテッドに、カイル・ウォーカー・ピータースがサウサンプトンにレンタル移籍した。20年1月1日のリーグ第21節サウサンプトン戦にて、エースのケインが左足ハムストリング断裂の重傷を負い、試合にも0-1で敗れた。さらに2月16日の第26節アストン・ヴィラ戦では降格圏のクラブ相手に苦戦を強いられ、94分にソンが相手のミスを突いて決勝ゴールを挙げ3-2で勝利したが、この試合の序盤に腕を骨折していたソンは試合後戦線離脱し、チームは主要得点源の2選手を同時に失った。次戦はチャンピオンズリーグのラウンド16でドイツ・ブンデスリーガのRBライプツィヒと対戦し、好調の相手にホームでの1stレグを落とした。2ndレグまでの期間に、FAカップでは5回戦でノリッジ・シティと対戦し、勝ちきれずPK戦に持ち込まれ、PKストッパーとして知られる相手GKティム・クルルの活躍により敗れた。また、3試合行われたリーグ戦でも一度も勝てず、タイトルに最後の望みを繋いだライプツィヒ戦2ndレグは3-0で完敗し無冠が決定した。6試合連続勝利なしの苦境の中、新型コロナウイルス感染拡大によりリーグ戦が中断。3ヶ月の中断期間にケインを含む多くの負傷者が復帰し、再開初戦のマンチェスター・ユナイテッド戦は引き分けたが、次戦のウェストハム戦では実に10試合ぶりのクリーンシートを達成し2-0で勝利した。次節シェフィールドU戦には敗れたものの、最終的に再開後9試合を5勝3分1敗で乗り切り、最終節でウォルバーハンプトンをまくって6位に滑り込み来季のヨーロッパリーグ出場権を確定させた。シーズン終了後、ヤン・フェルトンゲンとミシェル・フォルムの退団が発表された。

2020-21シーズン[編集]

前シーズンのサウサンプトン主将ピエール=エミール・ホイビュアをはじめ、バーンリーからジョー・ハートウルブズからマット・ドハーティなどを獲得した。また、レアル・マドリードから買い戻しオプション付きの完全移籍でセルヒオ・レギロンを、延長オプション付きの1年間のレンタルでガレス・ベイルを獲得し、ベイルは7年ぶりに古巣へと復帰することとなった[16][17]

ユニフォーム[編集]

ブランド[編集]

胸スポンサー[編集]

  • 1882-1983: なし
  • 1983-1995: Holsten
  • 1995-1999: ヒューレット・パッカード
  • 1999-2002: Holsten
  • 2002-2006: Thomson Holidays
  • 2006-2010: Mansion.com Casino & Poker
  • 2010-2013: Autonomy(リーグ戦)、Investec Bank(ヨーロッパカップ戦)
  • 2013-2014: ヒューレット・パッカード(リーグ戦、HPがAutonomyを買収したことにより14年ぶりに復帰)、AIA Group Limited(ヨーロッパカップ戦)
  • 2014-: AIA Group Limited[18]

ダービーマッチ[編集]

同じ北ロンドンに本拠を構えるクラブ同士としてアーセナルとは激しいライバル関係にあり、サポーター同士のいがみ合いが強く両者の間には争いごとが絶えない。それをよく象徴するのがかつて同クラブに移籍したソル・キャンベルに対してトッテナムファンがユダと呼んだという出来事である。両チームの対戦はノース・ロンドン・ダービーと呼ばれ、マンチェスター・ダービーマージーサイド・ダービーと並び、リーグの三大ダービーの一つに数えられている。同じロンドンを本拠地とするチェルシーウェストハム・ユナイテッドとの対戦もロンドン・ダービーの一つである[19]

サポーター[編集]

イギリス、主に北ロンドンとホーム・カウンティーズに多くのファンを持つ。1946年から1969年の間に5度、イングランドにおける平均観客動員数で最多となった[20][21]。2008-09プレミリーグにおける平均観客動員数は第9位であった[22]。世界中にトッテナムのサポーターズクラブが存在し、特にクラブの歴史的なサポーターにはアルフレッド・エイヤーなどがいる[23][24]。トッテナムのサポーターは主にロンドン地域内の複数のクラブとライバル関係にあり、最大のライバルは共に北ロンドンを本拠地とするアーセナルである。

トッテナムには他のロンドンの多くのクラブと同様に、多くのユダヤ人サポーターがおり、これがサポーターに対する反セム主義的な挑発につながっている[25][26]。トッテナムサポーターはこれに対抗してユダヤ人も非ユダヤ人も自分達を「イーズ(Yids)」と称する。ユダヤ人への侮蔑語である「イード(Yid)」は、スパーズの本拠地周辺がユダヤ人の多く住む地域であることに対し、口汚い相手ファンからの嘲りの言葉として使われ始めたが、やがてスパーズファンはそれを逆手に取って、誇らしげに自称するようになった。自称「イード」の大半はおそらく本当のユダヤ人ではないが、厳密な定義は必要とされず、彼らはドイツ人のユルゲン・クリンスマンがチームに所属した時も「Chimm-chimminee, chim-chimminee, chim-chim-churoo, Juergen was a German, but now he’s a Jew(ユルゲンはドイツ人だったが、今ではユダヤ人だ)」というチャントチム・チム・チェリーの節で唄った[27]

ユダヤ人団体や反人種差別団体からは「イード」の使用が人種差別を助長していると考えて、スパーズファンに自制を求める声もあるが、スパーズファンは自分たちが使用する「イード」はまったく無害なものだと考えている[28]

著名人のファンとしては元プロサッカー選手の父親を持つNBAスティーブ・ナッシュ、水泳選手のイアン・ソープコールドプレイジョニー・バックランドWWE所属のプロレスラーフィン・ベイラー等が知られている。また、俳優のジュード・ロウもスタンド観戦する姿を度々中継カメラに捉えられている。『007 スカイフォール』の主題歌でオスカーを受賞したアデルもスタジアムに足繁く通い、インタビューにも「私は偽物じゃない。本物のファンよ」と発言している[29]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • FAカップ:8回FA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.png
    • 1900-01, 1920-21, 1960-61, 1961-62, 1966-67, 1980-81, 1981-82, 1990-91

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン FAカップ リーグカップ 欧州カップ / その他 最多得点者
リーグ 順位 選手 得点数
1960-61 ディビジョン1 42 31 4 7 115 55 66 1位 優勝 ボビー・スミス 33
1961-62 42 21 10 11 88 69 52 3位 優勝 ヨーロピアンカップ 準決勝敗退 ジミー・グリーブス 30
1962-63 42 23 9 10 111 62 55 2位 3回戦敗退 カップウィナーズカップ 優勝 ジミー・グリーブス 44
1963-64 42 22 7 13 97 81 51 4位 3回戦敗退 カップウィナーズカップ 1回戦敗退 ジミー・グリーブス 36
1964-65 42 19 7 16 87 71 45 6位 5回戦敗退 ジミー・グリーブス 35
1965-66 42 16 12 14 75 66 44 8位 5回戦敗退 ジミー・グリーブス 16
1966-67 42 24 8 10 71 48 56 3位 優勝 2回戦敗退 ジミー・グリーブス 31
1967-68 42 19 9 14 70 59 47 7位 5回戦敗退 カップウィナーズカップ 2回戦敗退 ジミー・グリーブス 29
1968-69 42 14 17 11 61 51 45 6位 準々決勝敗退 準決勝敗退 ジミー・グリーブス 36
1969-70 42 17 9 16 54 55 43 11位 4回戦敗退 2回戦敗退 マーティン・チバーズ
ジミー・グリーブス
11
1970-71 42 19 14 9 54 33 52 3位 準々決勝敗退 優勝 マーティン・チバーズ 34
1971-72 42 19 13 10 63 42 51 6位 準々決勝敗退 準決勝敗退 UEFAカップ 優勝 マーティン・チバーズ 44
1972-73 42 16 13 13 58 48 45 8位 4回戦敗退 優勝 UEFAカップ 準決勝敗退 マーティン・チバーズ 33
1973-74 42 14 14 14 45 50 42 11位 3回戦敗退 2回戦敗退 UEFAカップ 準優勝 マーティン・チバーズ 23
1974-75 42 13 8 21 52 63 34 19位 3回戦敗退 2回戦敗退 ジョン・ダンカン 12
1975-76 42 14 15 13 63 63 43 9位 3回戦敗退 準決勝敗退 ジョン・ダンカン 25
1976-77 42 12 9 21 48 72 33 22位 3回戦敗退 3回戦敗退 クリス・ジョーンズ 9
1977-78 ディビジョン2 42 20 16 6 83 49 56 3位 3回戦敗退 3回戦敗退 ジョン・ダンカン 20
1978-79 ディビジョン1 42 13 15 14 48 61 41 11位 準々決勝敗退 2回戦敗退 ピーター・テイラー 12
1979-80 42 15 10 17 52 62 40 14位 準々決勝敗退 2回戦敗退 グレン・ホドル 22
1980-81 42 14 15 13 70 68 43 10位 優勝 準々決勝敗退 スティーブ・アーチボールド 25
1981-82 42 20 11 11 67 48 71 4位 1位 準優勝 カップウィナーズカップ 準決勝敗退 ガース・クルックス 18
1982-83 42 20 9 13 65 50 69 4位 5回戦敗退 準々決勝敗退 カップウィナーズカップ 2回戦敗退 スティーブ・アーチボールド
ガース・クルックス
15
1983-84 42 17 10 15 64 65 61 8位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップ 優勝 スティーブ・アーチボールド 28
1984-85 42 23 8 11 78 51 77 3位 4回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ 準々決勝敗退 マーク・ファルコ 29
1985-86 42 19 8 15 74 52 65 10位 5回戦敗退 4回戦敗退 マーク・ファルコ 25
1986-87 42 21 8 13 68 43 71 3位 準優勝 準決勝敗退 クライヴ・アレン 49
1987-88 40 12 11 7 38 48 47 13位 4回戦敗退 3回戦敗退 クライヴ・アレン 13
1988-89 38 15 12 11 60 46 57 6位 3回戦敗退 4回戦敗退 クリス・ワドル 14
1989-90 38 19 6 13 59 47 63 3位 3回戦敗退 準々決勝敗退 ゲーリー・リネカー 26
1990-91 38 11 16 11 51 50 49 10位 優勝 準々決勝敗退 ゲーリー・リネカー
ポール・ガスコイン
19
1991-92 42 15 7 20 58 63 52 15位 3回戦敗退 準決勝敗退 カップウィナーズカップ 準々決勝敗退 ゲーリー・リネカー 35
1992-93 プレミアリーグ 42 16 11 15 60 66 59 8位 準決勝敗退 3回戦敗退 テディ・シェリンガム 28
1993-94 42 11 12 19 54 59 45 15位 4回戦敗退 準々決勝敗退 テディ・シェリンガム 15
1994-95 42 16 14 12 66 58 62 7位 準決勝敗退 3回戦敗退 ユルゲン・クリンスマン 29
1995-96 38 16 13 9 50 38 61 8位 5回戦敗退 3回戦敗退 インタートトカップ グループステージ敗退 テディ・シェリンガム 24
1996-97 38 13 7 18 44 51 46 10位 3回戦敗退 4回戦敗退 テディ・シェリンガム 8
1997-98 38 11 11 16 44 56 44 14位 4回戦敗退 3回戦敗退 ユルゲン・クリンスマン
ダヴィド・ジノラ
9
1998-99 38 11 14 13 47 50 47 11位 準決勝敗退 優勝 ステファン・イヴェルセン 13
1999-00 38 15 8 15 57 49 53 10位 3回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退 ステファン・イヴェルセン 17
2000-01 38 13 10 15 47 54 49 12位 準決勝敗退 3回戦敗退 セルゲイ・レブロフ 12
2001-02 38 14 8 16 49 53 50 9位 準々決勝敗退 準優勝 グスタボ・ポジェ 14
2002-03 38 14 8 16 51 62 50 10位 3回戦敗退 3回戦敗退 テディ・シェリンガム
ロビー・キーン
13
2003-04 38 13 6 19 47 57 45 14位 4回戦敗退 準々決勝敗退 ロビー・キーン 16
2004-05 38 14 10 14 47 41 52 9位 準々決勝敗退 準々決勝敗退 ジャーメイン・デフォー 22
2005-06 38 18 11 9 53 38 65 5位 3回戦敗退 2回戦敗退 ロビー・キーン 16
2006-07 38 17 9 12 57 54 60 5位 準々決勝敗退 準決勝敗退 UEFAカップ 準々決勝敗退 ディミタール・ベルバトフ 23
2007-08 38 11 13 14 66 61 46 11位 4回戦敗退 優勝 UEFAカップ ベスト16 ディミタール・ベルバトフ
ロビー・キーン
23
2008-09 38 14 9 15 45 45 51 8位 4回戦敗退 準優勝 UEFAカップ ベスト32 ダレン・ベント 17
2009-10 38 21 7 10 67 41 70 4位 準決勝敗退 準々決勝敗退 ジャーメイン・デフォー 24
2010-11 38 16 14 8 55 46 62 5位 4回戦敗退 3回戦敗退 チャンピオンズリーグ 準々決勝敗退 ラファエル・ファン・デル・ファールト 15
2011-12 38 20 9 9 66 41 69 4位 準決勝敗退 3回戦敗退 ヨーロッパリーグ グループステージ敗退 エマニュエル・アデバヨール 18
2012-13 38 21 9 8 66 46 72 5位 5回戦敗退 4回戦敗退 ヨーロッパリーグ 準々決勝敗退 ガレス・ベイル 26
2013-14 38 21 6 11 55 51 69 6位 3回戦敗退 準々決勝敗退 ヨーロッパリーグ ベスト16 エマニュエル・アデバヨール 14
2014-15 38 19 7 12 58 53 64 5位 4回戦敗退 準優勝 ヨーロッパリーグ ベスト32 ハリー・ケイン 31
2015-16 38 19 13 6 69 35 70 3位 5回戦敗退 3回戦敗退 ヨーロッパリーグ ベスト16 ハリー・ケイン 28
2016-17 38 26 8 4 86 26 86 2位 準決勝敗退 4回戦敗退 チャンピオンズリーグ グループステージ敗退 ハリー・ケイン 35
ヨーロッパリーグ ベスト32
2017-18 38 23 8 7 74 36 77 3位 準決勝敗退 4回戦敗退 チャンピオンズリーグ ベスト16 ハリー・ケイン 41
2018-19 38 23 2 13 67 39 71 4位 4回戦敗退 準決勝敗退 チャンピオンズリーグ 準優勝 ハリー・ケイン 24
2019-20 38 16 11 11 61 47 59 6位 5回戦敗退 3回戦敗退 チャンピオンズリーグ ベスト16 ハリー・ケイン 24
2020-21 38 ヨーロッパリーグ

現所属メンバー[編集]

2019-20シーズン 基本フォーメーション
2020年9月19日現在
No. Pos. 選手名
1 フランスの旗 GK ウーゴ・ロリス (Captain sports.svg)
2 アイルランドの旗 DF マット・ドハーティ
3 スペインの旗 DF セルヒオ・レギロン
4 ベルギーの旗 DF トビー・アルデルヴェイレルト
5 デンマークの旗 MF ピエール・エミール・ホイビュルク (Flag of France.svg)
6 コロンビアの旗 DF ダビンソン・サンチェス
7 大韓民国の旗 FW ソン・フンミン
8 イングランドの旗 MF ハリー・ウィンクス
9 ウェールズの旗 FW ガレス・ベイル
10 イングランドの旗 FW ハリー・ケイン(副主将)
11 アルゼンチンの旗 MF エリク・ラメラ (Flag of Spain.svg)
12 イングランドの旗 GK ジョー・ハート
15 イングランドの旗 MF エリック・ダイアー (Flag of Portugal.svg)
17 フランスの旗 MF ムサ・シソコ (Flag of Mali.svg)
18 アルゼンチンの旗 MF ジオヴァニ・ロ・チェルソ (Flag of Italy.svg)
No. Pos. 選手名
19 イングランドの旗 MF ライアン・セセニョン (Flag of Benin.svg)
20 イングランドの旗 MF デレ・アリ (Flag of Nigeria.svg)
21 アルゼンチンの旗 DF フアン・フォイス
22 アルゼンチンの旗 GK パウロ・ガッサニーガ
23 オランダの旗 FW ステーフェン・ベルフワイン (Flag of Suriname.svg)
24 コートジボワールの旗 DF セルジュ・オーリエ
25 イングランドの旗 DF ジャフェット・タンガンガ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
27 ブラジルの旗 FW ルーカス・モウラ
28 フランスの旗 MF タンギ・エンドンベレ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
30 ポルトガルの旗 MF ジェドソン・フェルナンデス (Flag of Sao Tome and Principe.svg)
33 ウェールズの旗 DF ベン・デイヴィス
38 アメリカ合衆国の旗 DF キャメロン・カーター=ヴィッカース (Flag of England.svg)
41 イングランドの旗 GK アルフィー・ホワイトマン
47 イングランドの旗 FW ジャック・クラーク
-- イングランドの旗 DF ダニー・ローズ (Flag of Jamaica.svg)

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
9 ウェールズの旗 FW ガレス・ベイル (レアル・マドリード)
No. Pos. 選手名
30 ポルトガルの旗 MF ジェドソン・フェルナンデス (SLベンフィカ)
out
No. Pos. 選手名
29 イングランドの旗 MF オリヴァー・スキップ (ノリッジ・シティFC)
43 イングランドの旗 DF ティモシー・エヨマ (リンカーン・シティFC)
45 キプロスの旗 MF ジャック・ロールズ (バートン・アルビオンFC)
No. Pos. 選手名
51 イングランドの旗 MF シロウ・トレイシー (シュルーズベリー・タウンFC)
52 アイルランドの旗 FW トロイ・パロット (ミルウォールFC)

リザーブ & アカデミー[編集]

歴代監督[編集]

  • イングランドの旗 ペーター・シェリーヴス 23.07.1991 - 15.05.1992
  • イングランドの旗 テリー・ヴェナブルズ 28.11.1987 - 30.06.1991
  • イングランドの旗 デビッド・プリート 16.05.1986 - 23.10.1987
  • イングランドの旗 ペーター・シェリーヴス 25.06.1984 - 13.05.1986
  • イングランドの旗 キース・バーキンショー 14.07.1976 - 25.06.1984
  • 北アイルランドの旗 テリー・ニール 01.09.1974 - 23.06.1976
  • イングランドの旗 ビル・ニコルソン 01.10.1958 - 29.08.1974
  • イングランドの旗 ジミー・アンダーソン 01.07.1955 - 01.10.1958
  • イングランドの旗 アーサー・ロウェ 01.05.1949 - 01.07.1955
  • イングランドの旗 ジョー・ハルム 01.01.1946 - 01.05.1949
  • イングランドの旗 アーサー・ターナー 01.08.1942 - 01.01.1946
  • スコットランドの旗 ペーター・マクウィリアム 01.05.1938 - 01.06.1942
  • イングランドの旗 ジャック・トレサダーン 01.06.1935 - 30.04.1938
  • イングランドの旗 パーシー・スミス 01.01.1930 - 01.04.1935
  • イングランドの旗 ビリー・ミンター 01.02.1927 - 01.11.1929
  • スコットランドの旗 ペーター・マクウィリアム 01.01.1913 - 01.02.1927
  • イングランドの旗 フレッド・カークハム 01.08.1907 - 31.05.1908
  • スコットランドの旗 ジョン・キャメロン 01.08.1899 - 31.05.1906
  • イングランドの旗 フランク・ブレッテル 01.08.1898 - 31.05.1899


歴代所属選手[編集]

GK[編集]


  • イングランドの旗 アルフィー・ホワイトマン 2016- (U-23)

DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


脚注[編集]

  1. ^ Hotspur(直訳:燃える拍車)のあだ名を持つ騎士で、現代英語のHotspur(意訳:向こう見ず)は彼のあだ名が語源。日本では「向こう見ずのヘンリー(Henry Hotspur)」と訳されることもある。
  2. ^ “Harry Hotspur - Home grown hero of Alnwick”. BBC. https://www.bbc.co.uk/legacies/heritage/england/tyne/article_3.shtml 2020年5月17日閲覧。 
  3. ^ “Tottenham legend Nicholson dies”. BBC Sport. (2004年10月23日). http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/teams/t/tottenham_hotspur/3757030.stm 2010年8月17日閲覧。 
  4. ^ 意外!デザインのルーツが「他のチームだった」ユニフォーム5着”. Qoly. 2020年5月5日閲覧。
  5. ^ History: Year by year”. Tottenham Hotspur F.C.. 2010年12月22日閲覧。
  6. ^ トッテナム 9点を奪いウィガンに快勝、デフォーが5得点”. AFPBB News (2009年11月23日). 2017年9月29日閲覧。
  7. ^ Northcroft, Jonathan (2008年5月11日). “Breaking up the Premier League's Big Four”. The Sunday Times. http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/football/premier_league/article3908394.ece 2011年5月26日閲覧。 
  8. ^ “The best of the rest”. Soccernet (ESPN). (2007年1月29日). http://www.espnfc.com/story/405515 2017年9月29日閲覧。 
  9. ^ クラブ声明 モドリッチのRマドリー移籍と業務提携2012年8月27日
  10. ^ レアル・マドリー、ベイル加入を発表”Goal、2013年9月2日
  11. ^ ベイルの後継者 ラメラsoccer king
  12. ^ シャドリ、ゴールの快感spurs japan
  13. ^ トッテナム、来シーズンのホームゲームは全てウェンブリーで開催へ”サッカーキング、2017年3月24日
  14. ^ Mauricio leaves Club” (英語). Tottenham Hotspur (2019年11月19日). 2019年12月16日閲覧。
  15. ^ Jose Mourinho appointed new Head Coach” (英語). Tottenham Hotspur (2019年11月20日). 2019年12月16日閲覧。
  16. ^ 公式声明:ベイル選手について” (jp). レアル・マドリード. 2020年9月21日閲覧。
  17. ^ ギャレス・ベイルがスパーズに帰ってきた”. SPURS JAPAN.com (2020年9月20日). 2020年9月21日閲覧。
  18. ^ AIAとの長期パートナーシップが始まるspurs japan 2014年2月11日
  19. ^ Rivalry uncovered! The results of the largest ever survey into club rivalries Archived 2013年10月20日, at the Wayback Machine., The Football Fans Census. Retrieved 30 January 2008
  20. ^ Historical Attendances 1950s”. European Football Statistics. 2006年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年10月26日閲覧。
  21. ^ Historical Attendances 1960s”. European Football Statistics. 2006年10月26日閲覧。
  22. ^ Statistics Archived 2010年12月30日, at the Wayback Machine. FA Premier League
  23. ^ Key thinkers in linguistics and the philosophy of language, Edinburgh University Press, 2005, By Siobhan Chapman, page 22
  24. ^ Notable Spurs supporters Retrieved 26 August 2011
  25. ^ Kessel, Anna (2007年10月28日). “Alive and unchecked – a wave of anti-Jewish hate”. The Guardian (UK). http://www.guardian.co.uk/football/2007/oct/28/newsstory.sport2 
  26. ^ Baddiel, David (2002年10月17日). “So you think we've kicked racism out of English football”. The Independent (UK). http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/david-baddiel-so-you-think-weve-kicked-racism-out-of-english-football-614251.html 
  27. ^ Anti-Semitism or endearment?”. European Jewish Press. 2012年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月7日閲覧。
  28. ^ ‘Yid Army’ comes out fighting”. The Jewish Chronicle (2007年10月19日). 2007年11月4日閲覧。
  29. ^ 我が心のクラブを持つセレブリティたち『Number PLUS』2013年10月1日号

参考文献[編集]

  • フランクリン・フォア『サッカーが世界を解明する』「第3章 ユダヤ人問題」白水社、2006年。ISBN 4-560-04975-0