トニー・ブラウン

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トニー・ブラウン Rugby union pictogram.svg
基本情報
フルネーム トニー・イオン・ブラウン
生年月日 (1975-01-17) 1975年1月17日(44歳)
出身地 ニュージーランドの旗 ニュージーランド
ラグビーユニオン経歴
ポジション スタンドオフ
オールブラックス番号 980
アマチュア経歴
チーム 出場 (得点)
オタゴ大学 ()
シニア経歴
チーム 出場 (得点)
1996-04
2005-11
2006
2009
ハイランダーズ
三洋電機
シャークス
ストーマーズ
83
30
8
(817)
(380)
(73)
州代表
チーム 出場 (得点)
1995-2004 オタゴ州代表 71 (847)
代表
チーム 出場 (得点)
1999-2001  ニュージーランド 18 (171)
更新日:  2016年3月
コーチ歴
チーム
2011
2012-14
2013-16
2016-19
2017
2018
2019
パナソニック(バックスコーチ)
オタゴ州代表
ハイランダーズ(アシスタントコーチ)
 日本(アタックコーチ)
ハイランダーズ(ヘッドコーチ)
サンウルブズ(アタックコーチ)
サンウルブズ(ヘッドコーチ)
■テンプレート

トニー・イオン・ブラウン(Tony Eion Brown, 1975年1月17日 - )は、ニュージーランド・バルクルーサ出身の元ラグビー選手、指導者。ポジションは、ファースト・ファイブ・エイス

人物[編集]

選手経歴[編集]

ニュージーランド

ダニーデンのキングス・ハイスクール及びオタゴ大学卒業。1995年から2004年までNPCオタゴ代表に選出され、1996年から2004年までスーパー12(現・スーパーラグビーハイランダーズに所属。オタゴでは71キャップ、847得点、ハイランダーズでは83キャップ、817得点。

ラグビーニュージーランド代表

1999年から2001年までラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)に選出され18キャップ、5トライ、171得点。同世代のファースト・ファイブ・エイスにアンドリュー・マーティンズカルロス・スペンサーといった世界的なスター選手がいたためオールブラックスでのレギュラー定着は叶わなかった。

トップリーグ

2005年からトップリーグに所属する三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニック ワイルドナイツ)に所属。ワイルドナイツでは30キャップ、380得点。2006年には南アフリカシャークスへ短期移籍し8キャップ、73得点。2007-08シーズン終了後には南アフリカのストーマーズで短期間プレーした。

ワイルドナイツの2007-08シーズンのリーグ全勝、日本選手権優勝に大きく貢献し、3シーズン連続で、トップリーグベストフィフティーンに選ばれている。2008-09シーズンも引き続きワイルドナイツでプレイを続けていたが、2008年10月25日の近鉄ライナーズとの試合中に、近鉄のキャプテン、ルーク・トンプソンのタックルを腹部に受けたのがもとで、外傷性膵炎を起こし、一ヶ月余りに及ぶ入院生活を余儀なくされたが、マイクロソフトカップ決勝で復帰。日本選手権では主にリザーブメンバーとして出場し、特に決勝では後半から投入されて試合の流れを変え、ワイルドナイツの日本選手権連覇に大きく貢献した。2011年に現役を引退し、ワイルドナイツバックスコーチ兼ファースト・ファイブ・エイス(プレイングコーチ)を務めた。現在もワイルドナイツにはアドバイザーとして関わっている。

ワイルドナイツのチームメイトで同じポジションだった入江順和は、彼にあやかり「リトル・ブラウン」と呼ばれていた。

コーチ経歴[編集]

オタゴ代表

2012年にオタゴ代表ヘッドコーチに就任。チームを2年連続プレーオフに進出させる。

ハイランダーズ

2013年からハイランダーズの攻撃担当アシスタントコーチに就任。2015年のスーパーラグビー優勝に貢献した。

2017年からラグビー日本代表ヘッドコーチ就任によりハイランダーズヘッドコーチを退任するジェイミー・ジョセフの後任としてヘッドコーチに就任。

2020年よりアシスタントコーチに復帰予定[1]

日本代表

2016年11月よりスポットコーチやサンウルブズヘッドコーチ兼任として2019年のワールドカップ終了までラグビー日本代表アタックコーチに就任[2][3]

サンウルブズ

2018年、サンウルブズのアシスタントコーチ(アタックコーチ)に就任。

2019年、日本代表ヘッドコーチに専念するジェイミー・ジョセフの後任として、サンウルブズヘッドコーチに就任[4][5]

脚注[編集]