トヨタ・チーム・タイランド

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TOYOTA TEAM THAILAND
ARTO 86 MC 101(2017)
ARTO 86 MC 101(2017)
国籍 タイ王国の旗タイ
チーム代表 スティポン・サミタシャ
カテゴリ SUPER GT
ニュルブルクリンク24時間
タイスーパーカーシリーズ
2019年のSUPER GT(GT300)
エントリー名 Panther arto Team Thailand
レーサー タイ王国の旗 ナタポン・ホートンカム
イギリスの旗 ショーン・ウォーキンショー
マシン 35.arto RC F GT3
タイヤ 横浜ゴム
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トヨタ・チーム・タイランドタイのレーシングチーム。タイ国内シリーズをはじめ、SUPER GTニュルブルクリンク24時間レースなど海外でも幅広く活動していることで知られる。TRDのタイ法人であるTRDタイランドについてもここで述べる。

概要[編集]

タイスーパーカー選手権に参戦するトヨタチームのカローラアルティス

1986年にトヨタ・モーター・タイランド(TMT)[注釈 1]およびTRDタイランドCO.,LTD(arto-TRD)[注釈 2]を母体に発足。以来30年以上にわたりタイにおけるモータースポーツ普及やプロフェッショナルレースに尽力してきた[1]

TRDタイランドの創設者・現社長であるステポン・サミタシャ(スッティポン・サミットチャート)は1980年代に日本に留学していた経験があり[2]、「ARTO(アト、アット、アラット)」のニックネームで知られる[3][注釈 3]。また彼自身もタイスーパーシリーズで幾度もタイトルを獲得したレーシングドライバーであり、現在もニュルなどでステアリングを握る[4]

現在はTOYOTA GAZOO Racingの一員として東南アジアのレースの他、ニュルブルクリンク24時間レースSUPER GTなどに参戦。また、カローラアルティスヴィオスによるワンメイクレースなどの運営にも関わりアマチュアへの振興もするなど、タイにおけるトヨタのモータースポーツ活動に大きく貢献している。

日本のレースにも参加しており、1990・1991年の全日本ツーリングカー選手権 最終戦(インターTEC)にAE92型カローラレビンで参戦した他[5]、2014年にSUPER GTにデビューし2017年からフル参戦している。

ニュルブルクリンク24時間レース[編集]

ニュル24時間に初参戦した時のカローラアルティスの194号車

2014年にタイトヨタが生産する車の品質及びタイ人ドライバーの実力を証明するため[6]ニュルブルクリンク24時間レースに初参戦。マシンは東南アジア専売車のカローラアルティス、クラスはSP3。安全装備以外は無改造の状態であった。またメンテナンスやオペレーション協力にザクスピードや日本のスタッフも携わっている。決勝はエンジントラブルが発生し大幅にロスをしたものの、なんとか修復してクラス7位で完走した。

2015年からは2台体制で、うち1台は優勝も狙ってレギュレーションの範囲でチューニング。また日本にも協力してもらい、エンジンを3S-Gに換装した。クラス6位と7位で完走。

2016年も同じ体制で参戦し、クラス2位と4位で完走。初めて表彰台に上がった[7]

2017年はエントラント名にGAZOOが入ってTOYOTA GAZOO Racing team THAILANDに変わり、木下隆之もドライバーに加わった[8]。決勝は駆動系などが相次いでトラブルに見舞われ、最終的に残り2時間でピットに引っ込め、チェッカーだけ受けるという策を取らざるを得なかった[9]。クラス8位と9位で完走[10]

2018年も同体制で参戦。しかし122号車は76周でリタイア、123号車も修復しながら55周でチェッカーを受けたものの完走扱いには至らなかった。

2019年はエンジンを3S-Gに換装したC-HR2台でSP3クラスに参戦。エントリー名はGazoo Racing Team Thailandに変わった。120号車のドライバーには日本やタイのワンメイクレースで活躍する河村直樹が加入。119号車はスタートできなかったが、120号車が総合80位・クラス3位で完走を果たしている[11]

SUPER GT[編集]

2014年にタイチャーン・インターナショナル・サーキットで初開催されたSUPER GTで、86マザーシャシーのプロトタイプのテスト参戦を担当。マシン名はARTO 86。ドライバーは土屋武士と、二輪・四輪でタイ国内王者になったナタウッド・ジャルーンスルカワッタナ。トップから2周遅れの14位で完走した。なおこのとき監督のスティポンは将来スーパーGTに本格参戦することを考えていることを語っている[12]

2016年もタイ戦にスポット参戦。ドライバーは前回に続きナタウッド[注釈 4]と、シンハビール副社長のピッティ・ビロムパクディ。マシンは前回同様86マザーシャシー。トップから2周遅れの18位で完走した。

2017年には、純外国系チームとしては2011年のサンダーアジア以来となるフル参戦に踏み切った。ドライバーはナタウッドとフォーミュラ・アジア王者のナタポン・ホートンカム、チーム名は PANTHER TEAM THAILAND [13]。初年度はマザーシャシー特有のトラブルに泣き、最高で20位という苦渋の一年を送った。

2018年はドライバーはそのままに、マシンをRC F GT3にスイッチ。全戦で完走し最高15位であった。

2019年はナタウッドの代わりに、ARTAから移籍したイギリス人ドライバーのショーン・ウォーキンショーが加入する。

戦績[編集]

ニュルブルクリンク24時間
  • 2014年
    • ♯194 カローラアルティス(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/ナタポン・ホートンカム/サック・ナナ)- 総合順位109位/SP3クラス7位(99周)
  • 2015年
    • ♯149 カローラアルティス(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/ナタポン・ホートンカム/カンタサック・クスィリ) - 総合順位82位/SP3クラス6位(111周)
    • ♯155 カローラアルティス(グラント・スパポン/チェン ・ジアンホン/マナット・クラパラノン/アーティット・ルンソンブーン) - 総合順位87位/SP3クラス7位(109周)
  • 2016年
    • ♯123 カローラアルティス(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/マナット・クラパラノン/ナタポン・ホートンカム) - 総合順位73位/SP3クラス2位(102周)
    • ♯124 カローラアルティス(ジュム・スパポン/ナッタポン・ホートンカム/アーティット・ルンソンブーン/チェン ・ジアンホン) - 総合順位83位/SP3クラス4位(97周)
  • 2017年
    • ♯123 カローラアルティス(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/マナット・グラッパラノン/ナタポン・ホートンカム)- 総合115位/クラス8位(96周)
    • ♯124 カローラアルティス(ガラン・スパポン/アーティットゥ・リアンソンブン/チョン・ジアン-ホン/木下隆之)- 総合116位/クラス9位(95周)
  • 2018年
    • ♯122 カローラアルティス(ガラン・スパポン/アーティットゥ・リアンソンブン/チョン・ジアン-ホン) - DNF(76周)
    • ♯123 カローラアルティス(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/マナット・グラッパラノン/ナタポン・ホートンカム)- DNC(55周)
  • 2019年
    • ♯119 C-HR(スッティポン・サミタシャ/ナタウッド・ジャルーン・スルカワッタナ/ナタポン・ホートンカム/マナット・グラッパラノン)- DNS
    • ♯120 C-HR(グラント・スパポン/アーティットゥ・リアンソンブン/河村直樹/チョン・ジアン-ホン)- 総合80位/クラス3位(119周)
スーパーGT
  • 2014年
    • GT300 #194 arto-MC 86(ナタウッド・ジャルーンスルカワッタナ/土屋武士) - タイ戦のみ、14位完走
  • 2016年
    • GT300 #35 ARTO 86 MC(ナタウッド・ジャルーンスルカワッタナ/ピッティ・ビロムパクディ)タイ戦のみ、18位完走
  • 2017年
    • GT300 #35 ARTO 86 MC 101 (ナタウッド・ジャルーンスルカワッタナ/ナタポン・ホートンカム)- 0ptにつき順位無し
  • 2018年
    • GT300 #35 ARTO RC F GT3 (ナタウッド・ジャルーンスルカワッタナ/ナタポン・ホートンカム)- 0ptにつき順位無し

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ TMTは東南アジアのトヨタ支社の中で最も歴史が古く、1962年に設立されている。これには三井銀行バンコク支店の協力があったことや、タイが工業振興のためにノックダウン生産に対し優遇政策を取ったことが大きい。2016年現在のタイにおけるトヨタ車のシェアは約30%で、ホンダいすゞを10%引き離してトップである
  2. ^ タイに本社を持つTRD ASIA CO.,Ltd.は、2006年にトヨタテクノクラフト豊田通商の共同出資により設立されたもので、TRDタイランドとは異なる
  3. ^ タイと日本のモータースポーツの架け橋となっている株式会社『ARTO大阪』にも彼の愛称がついている
  4. ^ タイの人名は日本同様に姓・名の順番である

関連項目[編集]