トラッシュ中沼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
トラッシュ 中沼
基本情報
本名 中沼 正樹
階級 フライ級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1975-02-19) 1975年2月19日(42歳)
出身地 東京都文京区
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 33
勝ち 27
KO勝ち 12
敗け 6
テンプレートを表示

トラッシュ 中沼(トラッシュ なかぬま、1975年2月19日 - )は、日本プロボクサーである。本名は中沼 正樹(なかぬま まさき)。東京都文京区出身。第46代日本フライ級王者および第30代OPBF東洋太平洋フライ級王者。

日本ボクシングコミッション(JBC)が認めている7タイトル中、世界タイトル以外の6タイトルを獲得しており、日本プロボクシング史上初のグランドスラムに王手を掛けている選手として注目を集めている。

来歴[編集]

両親が1歳の時に離婚。父に引き取られるも、ギャンブル好きで酒びたり暴力も常であった。17歳の時にその父が病没。姉が生活を支えるために働き、その反面自身は暴力行為を繰り返し鑑別所に入れられる状況であった。しかし鑑別所でボクシングを教えられ、亡き父、育ててくれた姉のためにも頂点を目指す事を心に誓う。リングネームのトラッシュは、英語でゴミ、屑の意味で、これはゴミのような人生を送ってきた自分に対する自戒の意味がこめられている。

大のキャバクラ好きとしても有名。

デビュー〜新人王獲得[編集]

1993年12月4日後楽園ホール国際ボクシングスポーツジムからプロデビュー。大木亜弓を相手に2RTKO勝利。

1995年12月16日、東日本新人王決勝戦で長山俊一に6R判定勝ち。東日本ライトフライ級新人王タイトルを獲得。

1996年2月18日大阪府立体育会館で福本義弘に2RKO勝ち。全日本新人王決定戦を制した。

病気、日本王座獲得[編集]

1997年10月25日、折原健也に6R判定勝ちした後、髄膜炎を煩い入院。後に「連日のように40度近い高熱に魘され、死ぬことを覚悟した」「毎日のように『ナーカーヌーマークーン』と呼んでいる男の幻聴が聞こえた」と闘病生活について語っている。

1999年7月3日、約2年ぶりのリングで濱口健一郎を相手に復帰戦を行い、4RTKO勝ちを収める。

2002年4月30日、日本フライ級王者坂田健史タイトルマッチを行い、10R判定勝ち。日本フライ級王座を獲得。

タイトルマッチ3連敗[編集]

2003年4月5日、日本フライ級王座3度目の防衛戦で坂田健史と再戦し、10R判定負け。日本フライ級王座陥落。

2003年8月24日OPBF東洋太平洋フライ級王者小松則幸とタイトルマッチを行い、12R判定負け。OPBF東洋太平洋王座獲得に失敗。

2004年1月3日パシフィコ横浜WBC世界フライ級王者ポンサクレック・クラティンデーンジムとタイトルマッチを行い、12R判定負け。世界王座獲得に失敗。

東洋王座獲得・引退[編集]

2004年9月20日、OPBF東洋太平洋フライ級王者小松則幸と再戦し、12R判定勝ち。世界挑戦に専念するため、同王座は防衛せずに返上。

2005年1月3日有明コロシアムWBA世界フライ級王者ロレンソ・パーラとタイトルマッチを行い、12R判定負け。世界王座獲得に失敗。この試合後、「三浦さんがいないなら、国際ジムでボクシングをやる意味がない。三浦さんのジムに移籍できないなら現役引退する」とコメント。トレーナーをしていたクラッシャー三浦が国際ジムから独立し、ドリームボクシングジムを開設したことを理由に現役引退を表明。

現役復帰[編集]

2006年3月11日、引退を撤回し現役復帰。クリストファー・テポラに2RKO勝ちして再起に成功。所属は現在も国際ジムだが、指導は元国際ジムトレーナーで、現ドリームボクシングジム会長のクラッシャー三浦から受けている。

戦績[編集]

プロボクシング:33戦27勝(12KO)6敗

日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1993年12月4日 勝利 2R 1:11 TKO 大木亜弓 日本の旗 日本
(鎌ヶ谷)
プロデビュー戦
2 1994年11月5日 勝利 4R 判定 吉田寿臣 日本の旗 日本
(ワタナベ)
3 1994年11月28日 敗北 4R 判定 木村充孝 日本の旗 日本
(新日本木村)
4 1995年3月30日 敗北 4R 判定 柳孝之 日本の旗 日本
(不二)
5 1995年7月11日 勝利 4R 1:02 TKO 斉藤伸哉 日本の旗 日本
(金子)
6 1995年8月28日 勝利 4R 判定 宮澤伸英 日本の旗 日本
(石丸)
7 1995年9月27日 勝利 4R 判定 誠士郎 日本の旗 日本(全日本パブリック)
8 1995年10月31日 勝利 4R 判定 平出一浩 日本の旗 日本(新日本タニカワ)
9 1995年12月16日 勝利 6R 判定 長山俊一 日本の旗 日本
(石川)
東日本ジュニアフライ級[1]新人王トーナメント決勝戦
10 1996年2月18日 勝利 2R 1:58 KO 福本義弘 日本の旗 日本(本田フィットネス) 全日本ジュニアフライ級新人王決定戦
11 1996年7月5日 勝利 5R 判定 八尋亮 日本の旗 日本
(北澤)
12 1996年8月30日 勝利 5R 判定 誠士郎 日本の旗 日本(全日本パブリック)
13 1996年10月25日 勝利 6R 判定 折原健也 日本の旗 日本
(極東)
第10回KSD杯争奪B級トーナメントジュニアフライ級決勝
14 1997年2月17日 勝利 8R 判定 田中強士 日本の旗 日本
(京浜)
15 1997年7月28日 勝利 10R 判定 島津光也 日本の旗 日本
(上滝)
16 1999年7月3日 勝利 4R 1:16 TKO 濱口健一郎 日本の旗 日本
(ビクトリー)
17 2000年4月7日 勝利 2R 1:52 KO ヨドペッチ・チュワタナ タイ王国の旗 タイ
18 2000年9月1日 勝利 6R 判定 小林宏 日本の旗 日本
(角海老宝石)
19 2000年10月20日 勝利 3R 1:57 TKO 家住勝彦 日本の旗 日本(レイスポーツ) 第14回KSD杯争奪A級トーナメントフライ級決勝
20 2001年1月20日 勝利 10R 判定2-1 パニアン奥田 日本の旗 日本
(角海老宝石)
21 2001年7月14日 勝利 6R 2:49 TKO ウィン・ネイションマン タイ王国の旗 タイ
22 2002年1月19日 勝利 3R 0:50 KO センサック・シンマナサック タイ王国の旗 タイ
23 2002年4月30日 勝利 10R 判定2-0 坂田健史 日本の旗 日本
(協栄)
日本フライ級タイトルマッチ
24 2002年9月7日 勝利 6R 2:41 KO 北野良 日本の旗 日本
(ヨネクラ)
日本王座防衛1
25 2002年12月5日 勝利 10R 1:24 TKO 小島武幸 日本の旗 日本
(横浜さくら)
日本王座防衛2
26 2003年4月5日 敗北 10R 判定0-3 坂田健史 日本の旗 日本
(協栄)
日本王座陥落
27 2003年8月24日 敗北 12R 判定1-2 小松則幸 日本の旗 日本(エディタウンゼント) OPBF東洋太平洋フライ級タイトルマッチ
28 2004年1月3日 敗北 12R 判定0-3 ポンサクレック・クラティンデーンジム タイ王国の旗 タイ WBC世界フライ級タイトルマッチ
29 2004年6月5日 勝利 8R 2:06 TKO エドガー・ロドリゴ フィリピンの旗 フィリピン
30 2004年9月20日 勝利 12R 判定2-0 小松則幸 日本の旗 日本(エディタウンゼント) OPBF東洋太平洋フライ級タイトルマッチ/返上
31 2005年1月3日 敗北 12R 判定0-3 ロレンソ・パーラ ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA世界フライ級タイトルマッチ
32 2006年3月11日 勝利 2R 3:00 KO クリストファー・テポラ フィリピンの旗 フィリピン
33 2006年6月17日 勝利 10R 判定3-0 ジョジョ・バルドン フィリピンの旗 フィリピン
テンプレート

獲得タイトル[編集]

※中沼が世界王座を獲得すれば、日本プロボクシング史上初のグランドスラム(JBCが認めている7タイトルを全て獲得)を達成することになる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 1998年5月1日より日本ボクシングコミッションでも旧称の「ジュニアフライ級」を改め、「ライトフライ級」へと名称変更している。

関連項目[編集]

前王者
坂田健史
第46代日本フライ級王者

2002年4月30日 - 2003年4月5日

次王者
坂田健史
前王者
小松則幸
第30代OPBF東洋太平洋フライ級王者

2004年9月20日 - 2004年12月(返上)

空位
次タイトル獲得者
フセイン・フセイン