トールマン・TG185

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トールマン・TG185
Teo Fabi Toleman TG185.jpg
カテゴリー F1
コンストラクター トールマン
デザイナー ロリー・バーン
先代 TG184
後継 ベネトン・B186
主要諸元[1]
シャシー カーボンファイバー モノコック
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン, プルロッド コイルスプリング ダンパー
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン, プルロッド コイルスプリング ダンパー
エンジン ハート 415T, 1,459 cc (89.0 cu in), 直列4気筒, t/c, ミッドエンジン, 縦置き
トランスミッション ヒューランド 5速 MT
燃料 アジップ
タイヤ ピレリ
主要成績
チーム イギリスの旗 トールマングループ・モータースポーツ
ドライバー 19. イタリアの旗 テオ・ファビ
20. イタリアの旗 ピエルカルロ・ギンザーニ
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
初戦 1985年モナコグランプリ
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
13 0 1 0
テンプレートを表示

トールマン・TG185は、ロリー・バーンが設計したF1マシン。トールマン1985年シーズンに使用した。エンジンはハート 415T直列4気筒ターボエンジンを搭載し800 bhp (597 kW; 811 PS)を発揮した。

1985年シーズン、チームはタイヤ供給の問題で開幕3戦に出場できなかった。前年1984年シーズン、チームはピレリタイヤを使用してシーズンインしたが、途中でピレリとの契約を解除しミシュランタイヤに変更した。ミシュランは1984年末にF1から撤退し、チームはグッドイヤータイヤを使用する協定に参加することができなかった。また、前年の経緯からピレリとの再契約もならなかった。スポンサーのベネトンスピリット・レーシングを買収し、スピリットが使用していたピレリタイヤとの契約をトールマンに移すことでようやく4戦目のモナコから参戦可能となった。

TG185は使用するタイヤと改訂されたリヤサスペンションを除いて、前作TG184と基本的に変わりは無かった。当初はテオ・ファビの1台体制であったが、第10戦のオーストリアからピエルカルロ・ギンザーニが加わった。ファビはニュルブルクリンクでのドイツグランプリでチーム初そして唯一のポールポジションを獲得した。ファビのタイムは金曜のセッションで出された物で、翌土曜日は雨のためタイム更新できたドライバーはいなかった。レースでは不幸にもクラッチスリップのため第1コーナーまでに10位に沈んでしまう。その後はクラッチトラブルのため29ラップ目にリタイアした。

TG185はトールマングループ・モータースポーツの最後のF1カーであった。チームはメインスポンサーのベネトンによって買収され、1986年シーズンからベネトン・フォーミュラと改称された。前年の1984年、チームは16ポイントを得て(アイルトン・セナの3度の表彰台を含む)コンストラクターズ7位であったが、1985年はポイントを得ることができなかった。TG185は総じて信頼性に欠け、ファビがフランスで14位、イタリアで12位に入った以外完走できなかった。

トールマンが買収されたことで、TG186と計画されていた1986年用の車はベネトン・B186と改名された。B186はBMWエンジンを搭載、1,400 bhp (1,044 kW; 1,419 PS)を発揮し、ゲルハルト・ベルガーのドライブでメキシコで勝利した。

F1における全成績[編集]

(key) (太字ポールポジション

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ポイント 順位
1985年 トールマングループ・モータースポーツ ハート 415T
S4 t/c
P BRA POR SMR MON CAN DET FRA GBR GER AUT NED ITA BEL EUR RSA AUS 0 NC
テオ・ファビ Ret Ret Ret 14 Ret Ret Ret Ret 12 Ret Ret Ret Ret
ピエルカルロ・ギンザーニ DNS Ret DNS Ret Ret Ret Ret

参照[編集]