ナイツ (お笑いコンビ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
ナイツ
KNIGHTS
メンバー 塙宣之
土屋伸之
結成年 2000年
事務所 マセキ芸能社
活動時期 2000年 -
師匠 内海桂子
三遊亭小遊三
影響 ダウンタウン
出会い 創価大学落語研究会
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
YouTuber
ネタ作成者 塙宣之
現在の代表番組 ナイツのHIT商品会議室
土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送
Eテレ0655&2355
過去の代表番組 キャンパスナイトフジ
ミレニアムズ
DON!など
同期 オードリー
NON STYLE
U字工事
ダイアン
平成ノブシコブシなど
公式サイト マセキ芸能社によるプロフィール
受賞歴
2003年 漫才新人大賞 大賞
2008年 お笑いホープ大賞 大賞
2008年 NHK新人演芸大賞 大賞
2009年 ビートたけしのエンターテインメント賞 日本芸能大賞
2009年 浅草芸能大賞 新人賞
2016年 浅草芸能大賞 奨励賞
テンプレートを表示

ナイツは、マセキ芸能社漫才協会落語芸術協会所属のお笑いコンビ、漫才師YouTuber

メンバー[編集]

人物[編集]

塙宣之[編集]

ナイツ塙の自由時間
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年4月11日 -
登録者数 約3.82万人
総再生回数 1,362,780回
チャンネル登録者数、総再生回数は2020年6月10日時点。
テンプレートを表示
2019年7月
高木豊YouTubeチャンネルより)

3人兄弟の三男。芸人のはなわ(塙尚輝)は実兄(三人兄弟の次男)。

千葉にいた頃は、家で1人でテレビを見る等して過ごしていた。この時期に大相撲を熱心に観戦したことで現在も好角家となっている。また、野球観戦も好きで、大の巨人ファン。

小学校5年生の時に佐賀に引っ越す[1]。中学入学後には、お笑い担当としてすっかり人気者になっていた[2]。佐賀での小学校、中学校の同級生に坪田塾の塾長、坪田信貴がいる。中学時代に見たダウンタウン漫才に衝撃を受け、芸人を志す[3]松本人志の目の前で漫才をやることを目標にしており[3]、後に『M-1グランプリ2008』に決勝進出して達成した。

高校2年生の時にテレビ西日本のオーディション番組『第3回激辛!? お笑いめんたい子』に出場し優勝している[1][4]。しかし、千葉出身のため標準語に戻したかったこと、更に「ツッコミで売りたくない」という理由で、優勝直後自分からコンビの解散を宣言し、大学入学と同時に上京。当時の相方が後を追う様に上京し何度も説得したが、その信念を変えることは無かった。

ものまねレパートリーに内海桂子(師匠)、昭和こいる布袋寅泰籠池泰典はなわ(実兄・塙尚輝)、チューバッカスター・ウォーズシリーズの登場キャラクター)、桂歌丸、柵木眞(所属先のマセキ芸能社の元会長)などがある。漫才やラジオなどで披露する。特に内海のものまねはデビュー当時から行っている。

2007年6月、史上最年少で漫才協会の理事に就任。

2009年2月11日、一般女性と結婚。2014年2月18日に第1子(長女)が誕生。

2012年3月2日NHK佐賀放送局開局70周年記念地域ドラマ『あのひとあの日』に、主人公「兵動宣之」役で、実兄「尚輝」と共に出演した[5]。その後も2013年(平成25年)1月1日放送の『笑点お正月スペシャル』(日本テレビ系)のものまね大喜利でも尚輝と共演している。

2013年テレビ朝日マツコ&有吉の怒り新党』でレギュラーとしてナレーションを担当している。

2015年4月26日、『速報!有吉のお笑い大統領選挙』にて二代目お笑い大統領に就任。

2015年6月12日、漫才協会の副会長に就任。

2016年5月18日、第2子(次女)が誕生。

2018年6月17日、第3子(三女)が誕生。

2018年12月2日、『M-1グランプリ』の審査員を務める。

2019年12月22日、昨年に引き続き『M-1グランプリ』の審査員を務める。

2020年4月11日、『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』にてYouTubeチャンネル『ナイツ塙の自由時間』開設を発表。第1弾を同日午後6時半頃投稿。相方の土屋伸之の「消しゴムサッカーのチャンネルをぶっ潰す!」とライバル視する発言をした[6]

2020年4月22日、YouTubeチャンネル開設、2週間足らずで公約に掲げていた相方土屋のYouTubeチャンネルの登録者数(当時 約12,900名)を軽々と越えてしまった。

土屋伸之[編集]

つちやのぶゆき 世界消しサカ協会
Nobuyuki Tsuchiya WEFA
YouTube
チャンネル
活動期間 2019年2月11日 -
登録者数 1.41万人
総再生回数 616,408回
チャンネル登録者数、総再生回数は2020年6月10日時点。
テンプレートを表示

演歌歌手の津島明希(津島波子)の息子。

大学生時代は公認会計士を目指していたが、勉強についていけなくなる。その時に大学の落語研究会のライブをよく観に行って「癒された」ということで、自らも落語研究会に入る。落研では「山銭」というコンビでシュールなコントをやっていた。山銭という名前は当時一年上で部長だった塙が命名。就職活動中に塙から誘われて、芸人を志すようになった[7]

「ナイツのヤホーじゃない方」と言われることがある[8]。そのため「じゃない方芸人」として2009年4月9日の『アメトーーク!』に出演し[9]、自身の目立たないエピソードを披露した[10]

2009年3月7日放送の『チューボーですよ!』で、3月中に入籍予定ということを明かした。プロポーズは電話で行った。その後「3月16日に一般女性と3年の交際を経ての結婚」と18日に報道された[10]。妻は元六本木のNo.1ホステスで、土屋は従業員として彼女の送迎を担当していた。結婚後もその主従関係は続いている[11]。レギュラー番組の『ラジオビバリー昼ズ』では、リスナーからの恐妻家エピソードを紹介するコーナー名に土屋の妻の名前(公式サイトではカタカナ表記)が入っている。

2児の父。2010年10月5日に長男が、2012年6月13日に長女が誕生している。

塙の「ヤホー」のボケに対して、毎回違ったツッコミをしている。

眼鏡伊達眼鏡が大好きで、馬と馬に乗っている騎手だけうまく描けるという。

2013年6月13日、漫才協会の理事に就任する[12]

2014年2月26日、同日放送の『マツコ&有吉の怒り新党』では、「新3大・○○調査会」のコーナーで海外ドキュメンタリー番組の吹き替えを担当。3-5人の登場人物の声を全て一人で演じ分け、マツコ・デラックス有吉弘行から賞賛を受けた[13]

2017年6月12日、漫才協会の常務理事に就任する[14]

2019年2月11日、自身が没頭する趣味・消しゴムサッカーを普及するためYouTubeチャンネル『つちやのぶゆき 世界消しサカ協会 Nobuyuki Tsuchiya WEFA』を開設。

略歴[編集]

ともに創価大学落語研究会出身。塙は26期生、土屋は27期生であり、落語研究会の先輩にエレキコミックやついいちろう今立進が、塙の同期には南野やじ、土屋の同期にどきどきキャンプの岸学がいる[15]。この時、既に塙は別の相方と「ナイツ」を組んでおり、4年連続で大学対抗「冗談リーグ」で全国1位になっていた。

塙が大学卒業後の2000年4月、4年生だった土屋を誘ってコンビを結成。2人とも名前が「のぶゆき」なので当初コンビ名を「Wノブユキ」にする予定だったが、Wけんじの弟子と勘違いされると思い、「ナイツ」とした。漫才師として内海桂子に、落語芸術協会では三遊亭小遊三に、それぞれ師事。また、土屋の母が所属していたことが縁で、マセキ芸能社に所属する[4]

コンビ結成直後の同年6月、塙がバイク事故で大腿骨を骨折し[16]、1年間歩けなくなった。その時、土屋は遠くに住む塙の所に3ヶ月間毎日見舞いに行った。また、栃木牧場に住み込みでビンゴ大会の司会を毎日4ステージするといったピンで仕事をしていた。これをネタに、面白おかしくすることもある(例:事故に遭った⇒ジーコに逢った、など)。コンビとしての活動を1年間行っていないため結成年を2001年とすることもあるが、実際はオードリーNON STYLEと同期である。

売れない頃は中野区の集会所を自腹で借り、定期的にネタを披露していた。ロケット団宮田陽・昇ホンキートンクを加えた4組で「漫才協会の四天王」と、ロケット団とWコロンを加えた3組で「漫才協会の若手三羽烏」または「漫才協会の若手三銃士」と呼ばれる。

2007年、落語芸術協会に入会。2010年11月に漫才協会の真打に昇進した。

2016年5月22日放送の『笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル』の演芸では、この日をもって司会を勇退する桂歌丸と共に漫才を披露した。2017年1月1日の『新春スペシャル』の演芸においても、再びコラボを行った。

M-1グランプリ[編集]

M-1グランプリに2001年度は2回戦敗退。

2002 - 06年度は3回戦敗退。

2007年度は準決勝敗退。

2008年度からは現在の漫才スタイルが完成し、3年連続で決勝進出[17]。(以下、メンバーのコメントはいずれも『マンスリーよしもとPLUS』より抜粋)。2008年度は優勝候補の呼び声が高かった。決勝では鉄板の「ヤホー漫才」を披露。ファーストステージは3位通過。前評判どおり最終決戦に駒を進める。最終決戦では1番手でネタを披露したが、0票で3位に終わった。この年に優勝したのは正統派超高速漫才[18]を得意とするNON STYLEで、土屋は「出来が全然良くなかった。僕なんか緊張で命にかかわるくらい口が渇いてた。師匠から浅草東洋館と思ってやれと言われたけど無理だった。」塙は「同じボケを詰め込むネタだけど、NON STYLEさんは全然スピードも練習量も違った。あんなに速いのに1回も噛まなかったし(塙は1度だけ噛んだ)。圧倒的だった。」と振り返っている。また塙は「実は2人とも調子が悪かった。いつもは受けるネタをやってもリズムが悪いというか、「切れのない145キロの球」みたいだった。僕は、あまりコンテストの優勝は目指さないんですよ。僕の中では「受けたい」だけ。それができなかったのが、M-1です。」とも述べている[1]。同大会で2位だったオードリーとはこの大会以降番組共演が多く、また、良い関係を築いている。

前年度に引き続き優勝候補の呼び声が高かった2009度は1番手でネタを披露。1番手は最も不利とされるが、「トップバッターで逆に他のコンビと比べられることがないので落ち着いて出来た」とのこと。暫定3位に付けたが、敗者復活枠のNON STYLEに7点差で抜かれ、最終結果は4位。この年の優勝はナイツと同じく緻密で練りこまれた正統派漫才[19]を得意とするパンクブーブーで、土屋は「パンクブーブーさん、笑い飯さんの1本目のネタを見て、これは正直負けるかなって思いました」、塙は「笑い飯さんがすごいのは分かってたけど、パンクブーブーさんのネタの完成度にはショックを受けた」と振り返っている。

ラストイヤーとなった2010年度は5番手でネタを披露。銀シャリと1点差で暫定3位に付けるも、最終順位は6位に終わる。この年の優勝は「Wボケ」という変化球漫才[20]を得意とする笑い飯で、土屋は「出番直前のアオリ映像で『ニューナイツ』と紹介されたんですけど、蓋を開けてみたらパンクブーブーさんのほうが大きく変わっていたという(笑)。本当はああいうことをやりたかったんです。」塙は「笑い飯さんのネタの途中でほぼ諦めてました。その後にはパンクブーブーさんもいたし。」と振り返っている。優勝候補と目されながらも3大会とも優勝したコンビに差を付けられる形となった。

優勝は逃したが審査員の評価は高く、2008年度は松本人志に「4分間に何個笑い入れとんねん、みたいな(塙『37個くらいだと思います』)。凄いなと思って。決勝も見たいと思いました。」と評され、2009年度は不利とされるトップバッターにもかかわらず、島田紳助に「皆が困ったのは基準点になるんですよ。だから本来は88点ぐらいで止めたいんですよ[21]。ただ、去年よりめっちゃ良かったね。1年間で進化してるし、土屋上手くなったよ。」と絶賛された。2010年度は宮迫博之に「ジャルジャルスリムクラブみたいな漫才のカテゴリーなのか分からないコンビがいる中、正統派の漫才でやっぱり上手かった。ただ、落ち着いてやりすぎたかな。」、渡辺正行にネタ自体は評価しつつも「いまひとつ、勢いがない。なぜなんだろう。勝ちにいくぞ! という気持ちがちょっと、見えない。もったいない」[22]と評された。島田紳助は「(彼らより先の出番だった)スリムクラブで自分の審査基準がおかしくなった。客にはウケなかったけどやっぱり上手いなと思った。」と述べ、ナイツが順番に泣かされた状況を示唆した。ちなみに、2009年度に獲得した634点はファーストラウンドで1番目にネタを披露したコンビでは最も高い点数である。

2010年度を以てM-1グランプリが終了した後、メンバーは「M-1に限らず、漫才の大会で優勝する決め手はハマる、ハマらないかだと思う。僕らの場合は決勝で一度もどハマりする漫才が出来なかった。」(塙)「あれだけチャンスをもらって出来なかったんで、それはしょうがない」(土屋)「M-1でハマる人もいれば違うところでハマる人もいるわけで、僕らは違うところに使命があるのかなと思っています」(塙)と語っている。その後、M-1の後継プロジェクトとして誕生した『THE MANZAI 2011』に出場し準優勝を獲得した。

大会自体が5年振りに復活した2015年度では、出場資格がそれまでの「結成から満10年以内」から「満15年以内」に延長された事もあり、出場。得意の時事ネタで順調に勝ち進むも、決勝8組には残れなかったため、敗者復活戦に臨む事となる。しかし、この敗者復活戦で披露したネタはそれまで披露してきた時事ネタとは一変した、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を題材としたかなり異色のネタだった。また、今回の敗者復活戦では視聴者が配信された動画を見て投票するというシステムだったのだが、ナイツはネタ中で「俺東京さ行ぐだ」をほぼ丸々披露していたため、権利上の関係でネタの殆どがカットされるというかなり不利な状況に立たされてしまっていた[23]。しかし、このような状況に反して票数は伸び、敗者復活戦での最終順位は3位(1位はトレンディエンジェル、2位はとろサーモン[24])となったものの、決勝進出は逃した。なお、この年でラストイヤーを迎えたため、翌年以降は出場しなかった。

2018年度は塙が優勝経験の無い過去の決勝進出者では初めて、決勝の審査員を務めた。

芸風[編集]

当初は一般的な漫才や野球ネタを披露していたが、2007年に落語芸術協会に入り寄席向けの漫才に触れるようになったことで、「つかみ」だけで15分の長尺をやりきる漫才を模索するようになる[25]。3分間で100個ボケられるかを試したところ、できたために塙が一方的にボケつづけ、土屋がツッコミながらそれを訂正する現在のスタイルが誕生した[3]。初めてのネタ見せではチーフマネージャーからあっさりダメ出しを食らったが、納得いかずに劇場で披露したところ抜群の手ごたえを感じそのままナイツのスタイルへと定着した。また、野球のネタばかりの中にひとつ野球以外の脱線したボケを入れるとうけた事から野球ネタの比重が少なくなった。以前は過激なツッコミをすることもあったが、テレビへの露出が増え、土屋はツッコミの際にボケの塙を叩くことはほとんどしなくなった。

ナイツの著名な漫才の芸風は「ヤホー漫才」と称される[26]。塙が興味をもったことをインターネットで調べ、それを覚えて発表しながら間違える言葉遊びのようなネタを得意とする(例:Yahoo!→ヤホー、Google→ゴーグル、Goo→ゴーなど)。これが『爆笑レッドカーペット』で好評となり[27]、同番組2008年12月17日放送分でYahoo!から花と記念品をプレゼントされ、ついにYahoo!から公認されたことを告白した[28]。ちなみに、NHKでは会社名を口に出すことがNGなため、この部分を土屋が工夫している(「Yahoo!ね!」とツッコむべき部分を、「いや、フーね!」とツッコんでいる)。

塙は「漫才は音楽」の自論を持ち、「しゃべくり漫才ロックNON STYLEポップ・ミュージックオードリージャズ、ナイツはテクノ」と例える[29] [30] 。2007年頃誕生したヤホー漫才は塙が好きなYMOのテクノ音楽に由来する[29] [30]。機械的で無機質、塙が小ボケを土屋がツッコミを繰り返し、一定のリズムで漫才が進む。途中で、塙のテンションが下がったり下ネタを言ったりするのは、YMOの細野晴臣が入れるリズムのハネ、転調を表しているためである[29] [30]。正統派のしゃべくり漫才に括られることが多いが、会話をしておらずボケがツッコミを無視して喋り続けているという点で本質的には漫談に近い。このシステム上、ボケの手数は最大限に増幅しており、サンキュータツオは「しゃべくりではあるが掛け合いがない」「しゃべくり漫才に特化した先の究極形」と評している[31]。YMOにはツッコミがないため、ボケの大枠にはツッコミはなく、土屋は観客としての役割を果たしている[29]

同じネタでも、演じる場所や客の年齢層によって話し方・内容・スピードなどを微妙に変える技術を持つ。寄席などの年配者が多いところではゆっくりと語り台詞も多く、『爆笑レッドカーペット』などの持ち時間の短いところでは簡潔にてきぱきとたたみ掛ける[32]

2010年以降は、自己紹介や塙の趣味を題材にしたネタを頻繁に披露している。流行や社会をテーマにしたネタも作るが、従来のような「ヤホー」のボケは組み込まれなくなっている。塙が漫才の中盤で「調子が悪い。今日俺何の話してましたっけ?」と言い出して前半を振り返り、それを振りにさらにボケを重ねていく構成のネタをすることもある[27]。ネタによっては、宮崎駿が監督を務めたアニメ映画のタイトルを卑猥に変えるなどの下ネタや、不祥事を起こした芸能人の名前を出すなどの際どいボケ(『THE MANZAI 2011』より)も演じている。

塙が「今までのツッコミに飽きたので新しいツッコミをしてほしい」と土屋に頼むという体裁で、タカアンドトシカミナリハライチオードリーなどの漫才のやり取りをまねるネタもある(『芸人ちゃんネタ祭り2017』・『THE MANZAI 2017』など)。このネタでは、塙が土屋に「強く叩いてほしい」と前振りをした上で、土屋が塙を叩くツッコミを披露している。

他にも吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」やビートルズハロー・グッドバイ」などのヒット曲を土屋がほぼ原曲通りに歌い、その歌詞の随所に塙がツッコミを入れ続けるというパターンのネタも行っている(吉のネタは前述通り2015年のM-1敗者復活戦で披露)。

寄席・演芸場での経験を生かし、近年は古参・ベテラン芸人をネタにしたトークをバラエティ番組などで披露している。「テレビからお呼びがかからない」など、ほぼ揶揄に近い言い回しで、ネタ同様に塙がたたみかけ、土屋が突っ込むパターンが中心である。

受賞歴[編集]

出演歴[編集]

テレビ[編集]

現在のレギュラー[編集]

過去のレギュラー[編集]

  • キャンパスナイトフジ(フジテレビ、2009年4月10日 - 2010年3月19日)
  • DON!日本テレビ、2010年3月29日 - 2011年3月25日)金曜日レギュラー
  • テレしず通りパロパロテレビ静岡、 - 2011年3月)
  • マツコ&有吉の怒り新党テレビ朝日、2011年4月5日 - 2017年3月29日)塙のみ、ナレーション[35]
  • ナイツの治療家魂(チバテレ、2012年10月)
  • ナイツのベジでヤホー(BS-TBS)(2012年10月3日 - )動画(リンク切れ)
  • 青山ワンセグ開発(NHKEテレ)- ナイツの言い間違いで覚える日本史(2012年10月4日 - )ナイツの言い間違いで覚える科学の法則(2013年9月3日 -2013年11月12日)
  • ナイツのHIT商品プロデュース(TVQ九州放送、2013年4月 - 8月) - 『ナイツのHIT商品会議室』(チバテレ)の九州版
  • ナイツのベジラジTV(BS-TBS)(2013年10月7日 - 12月16日)動画(リンク切れ)
  • ナイツの大岡越前(悩)相談所(時代劇専門チャンネル)(2013年)
  • ハーフタイムTOMYO MX、2013年4月3日 - 9月26日、水曜担当)[36]
  • ナイツの大岡越前(悩)相談所2(時代劇専門チャンネル)(2014年)
  • 浅草・東洋館 漫才大行進 ゲロゲーロ(J:COMチャンネル、2014年1月 - 2017年9月)MC
  • ナイツの丼なもんでしょう!(2014年10月 - TOKYO MX、2015年1月 - トゥエルビ
  • ナイツのベジde乾杯(BS-TBS)(2014年10月7日 - 12月9日)動画(リンク切れ)
  • 孫のためのJBナイツ(トゥエルビ、2014年10月17日 - 2015年9月25日)MC
  • ミレニアムズ(フジテレビ、2014年10月18日 - 2015年9月15日)
  • 未来ロケット(フジテレビ、2014年4月19日 - 2015年3月20日)土屋のみ、ナレーション
  • ゆうがたLIVE ワンダー関西テレビ、2015年4月1日 - 9月29日)水曜企画「ワンダホー関西」隔週リポーター
  • ナイツが発掘! HIT商品プロデュース(九州朝日放送、2015年4月13日 - 12月14日)ナイツのHIT商品会議室の九州版
  • とりよせ亭(BSジャパン、2015年4月13日 - 12月21日)MC
  • なるほどストリート(テレビ東京、2016年4月 - 11月) - MC榊原郁恵と交互に隔週で担当)
  • NHK高校講座 あらためまして ベーシック国語NHK Eテレ、2017年4月11日 - 2018年4月1日 )土屋のみ、オウム役で声の出演[37]
  • 趣味どきっ!「柔軟講座」(2017年8月 - 9月(全8回)、NHK Eテレ)塙のみ
  • GO! GO! ニンじゃぽん(Season1: 2018年1月 - 3月、Season2: 2019年1月7日 - 2月25日、Season3[38]: 2020年1月 - 2月、北陸放送ほか)

過去の準レギュラー[編集]

その他の出演[編集]

ほか多数

ラジオ[編集]

現在のレギュラー

過去のレギュラー

ネット配信[編集]

現在のレギュラー

現在の準レギュラー

過去のレギュラー

ドラマ[編集]

舞台[編集]

  • BOOK ACT「芸人交換日記」甲本役(2020年1月)

劇場アニメ[編集]

DVD[編集]

  • ナイツのヤホーで調べました(2008年12月3日、ビクターエンタテインメント
  • 21世紀大ナイツ展(2009年2月25日、ビクターエンタテインメント)
  • ナイツの未来を開くチカラ!(2010年、シナノ企画)(創価学会関連。新対話シリーズ No.81)
  • ナイツ独演会(2010年12月29日、コンテンツリーグ
  • ロケット団・ナイツ・Wコロンライブ「浅草三銃士」(2011年1月26日、コンテンツリーグ)
  • ナイツ独演会 其の二(2012年1月11日、コンテンツリーグ)
  • ナイツ独演会 〜浅草百年物語〜(2013年1月23日、コンテンツリーグ)
  • 中川家×サンドウィッチマン×ナイツ「漫才サミット〜実力派漫才師・ 笑いの頂上会談〜」(2013年5月29日、よしもとアール・アンド・シー
  • ナイツ独演会 主は今来て今帰る。(2014年1月22日、コンテンツリーグ)
  • 二人対談(2015年1月28日、コンテンツリーグ)
  • ナイツ独演会 顎を引いて頑張れッッ(2016年1月27日、アニプレックス)
  • ナイツ独演会 この山吹色の下着(2017年2月15日、アニプレックス)
  • ナイツ独演会 味のない氷だった(2018年1月31日、ソニー・ミュージックマーケティング)
  • ナイツ独演会 「ワッショイ」でない事だけは確か(2019年1月30日、コンテンツリーグ)
  • ナイツ独演会 エルやエスの必需品(2020年1月29日、コンテンツリーグ)

CD[編集]

  • ナイツ爆笑漫才スーパーベスト(2015年11月11日、ドリーミュージック)

文筆活動[編集]

単行本[編集]

  • ナイツのヤホーで調べました(2009年4月30日、竹書房、ISBN 4812438187)
  • ナイツの勘違い時事相談(2010年7月16日、竹書房、ISBN 4812442958)
  • ナイツの言い間違いで覚える日本史(2013年7月9日、学研パブリッシング、ISBN 4054057446)
  • 人生にムダなことはひとつもない(佐藤優との共著、2018年1月5日、潮出版社、ISBN 4267020949)
  • 言い訳 -関東芸人はなぜM-1で勝てないのか-(塙による単著、2019年8月9日、集英社新書、ISBN 4087210871)

雑誌掲載[編集]

  • 「美味しい毒の食らい方」(塙による単著) - 『早稲田文学増刊号 「笑い」はどこから来るのか?』(筑摩書房、2019年12月号)収録

CM[編集]

関連項目・人物[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c “母校の甲子園応援行かず…「ひねくれてて」 塙宣之さん”. 朝日新聞. (2017年8月18日). http://www.asahi.com/articles/ASK8L2CGTK8LPTQP011.html 2017年8月18日閲覧。 
  2. ^ ワニMOOKS「お笑い男子校」より。
  3. ^ a b c 「[テレビ・今月の話題人]ナイツ 3分間に100個のボケをたたみ掛ける漫才界のホープ」『日経エンタテインメント!』第12巻第12号、日経BP社、2008年8月、 pp.7。
  4. ^ a b やりすぎコージー』出演時の発言。
  5. ^ あのひとあの日 | NHK佐賀放送局開局70周年記念地域ドラマ
  6. ^ 【スポーツニッポン】「ナイツ塙の自由時間」ユーチューブチャンネルで開設「ガラケーしか持っていない僕がまさか…」
  7. ^ お笑いポポロ』(麻布台出版社、2008年5月号)
  8. ^ 【エンタがビタミン♪】○○じゃない方芸人。栄えある?知名度ワースト1は誰?”. Techinsight (2010年1月9日). 2015年4月23日閲覧。
  9. ^ 「アメトーーク!」 2009年4月9日(木)放送内容”. 価格.com (2009年4月9日). 2015年4月23日閲覧。
  10. ^ a b アメトーーク! DVD 7(アール・アンド・シー)収録(国立国会図書館などでも閲覧可能)
  11. ^ 『ラジオビバリー昼ズ』2015年11月5日オープニングトーク(Podcast)
  12. ^ https://twitter.com/nakatsugawagen/status/345376273666830336?lang=ja
  13. ^ TVでた蔵「2014年2月26日放送 マツコ&有吉の怒り新党」”. ワイヤーアクション (2014年2月26日). 2015年4月23日閲覧。
  14. ^ http://www.manzaikyokai.org/news/理事会が新体制でスタートしました/
  15. ^ カオポイント公式HPのリンク
  16. ^ 苦手なものを減らしていったらスタンダードな漫才になった”. 公益社団法人 横浜中法人会 (2015年1月). 2019年7月15日閲覧。
  17. ^ 吉本興業所属以外のコンビで3回の決勝進出はアメリカザリガニ松竹芸能・第1回 - 第3回)以来7年振り、2組目。
  18. ^ マンスリーよしもとPLUS vol.4 紹介文及びネタ解説より
  19. ^ マンスリーよしもとPLUS vol.9 「M-1グランプリ2009全記録」内の紹介文、及びネタ解説より
  20. ^ マンスリーよしもとPLUS vol.18「M-1グランプリ2010 the last year of M-1」内の紹介文より
  21. ^ 紳助が付けたのは91点、中田カウスは96点を付けた
  22. ^ 渡辺正行 公式ゴルフブログ
  23. ^ livedoor news - ナイツが「M-1」敗者復活戦で痛恨のミス ネタの一部が動画配信でカットに(2015年12月11日の記事)
  24. ^ なお、この2組はその後M-1で優勝を果たしている(トレンディエンジェルは2015年大会、とろサーモンは2017年大会で優勝)。
  25. ^ 絶対笑者〜3芸人入魂のネタ&トーク〜
  26. ^ “漫才コンビ・ナイツ ネタは一緒に練習せず、ぶっつけ本番”. (2017年2月3日). https://www.news-postseven.com/archives/20170203_488705.html?DETAIL&_gl=1*10nw42z*_ga*aXJtTXhpSkdMdFk1eklTVndYQ2FoQ0ZIVm03OW1Cb2hTYUJMWVoxakVYbWVJYXpZcVRMNC1ueUxCcmtBRWItbA.. 2020年3月30日閲覧。 
  27. ^ a b AERA 2010年3月29日号 55-57ページ「読んでから笑え!」
  28. ^ サンケイスポーツ 2008年12月18日 芸能面記事
  29. ^ a b c d “10年前のM-1は「テクノ頂上決戦」だった YMO大好き芸人が語る裏側”. (2018年10月30日). https://www.buzzfeed.com/amphtml/ryosukekamba/knights-hanawa 2020年4月30日閲覧。 
  30. ^ a b c “ナイツ塙宣之が語る漫才論「ヤホー漫才のルーツはYMO」”. (2019年10月13日). https://www.news-postseven.com/archives/20191013_1468538.html/2 2020年4月30日閲覧。 
  31. ^ ナイツとU字工事が決勝に行ったわけ
  32. ^ [1] 「ナイツとかはほんとにそれ(三秒に一回笑わせる)くらいでやったりする」「寄席だとしゃべるスピード変えてます」
  33. ^ ナイツMC「お笑い演芸館」レギュラー化、本物志向の番組にしたい”. お笑いナタリー (2016年1月30日). 2016年2月1日閲覧。
  34. ^ 料理番組「ナイツの素人包丁」スタート、塙の腕前に土屋愕然「信じられない」”. お笑いナタリー (2018年9月21日). 2018年9月24日閲覧。
  35. ^ 上記の通り、ごくまれに相方である土屋もナレーションに参加することがある。
  36. ^ No2235 ご報告 静かなごはん便り, 中島静佳オフィシャルブログ「静かなごはん便り」(2013年3月25日), 最終閲覧日:2013年3月26日
  37. ^ 出演者紹介 - NHKオンライン
  38. ^ 第5回以降最終回まで、塙が体調不良のため、三四郎の相田、ザブングルの加藤、狩野英孝麒麟の田村が相次いで代理を務めた。
  39. ^ “『細野晴臣イエローマジックショー2』に星野源・水原希子・宮沢りえら出演”. マイナビニュース エンタメ (マイナビ). (2018年10月30日). https://news.mynavi.jp/article/20181030-716132/ 2019年1月13日閲覧。 
  40. ^ 2012年4月以降の高田文夫の休養中にほぼ隔週で出演。同年のビバデミー賞にて準レギュラー賞を受賞。なお、土屋は本番組では眼鏡をかけずに番組ブログの写真に載っている。そして、2015年10月1日より晴れて木曜レギュラー進出を果たした。
  41. ^ 今夜、釈明しますm(_ _)m #1 慰謝料1億円&8股疑惑を釈明&追及SP”. AbemaTV (2017年4月30日). 2017年5月4日閲覧。
  42. ^ ナイツ塙「捜査一課長」で異色の刑事役「小ネタは入れていきたい」”. お笑いナタリー. ナタリー (2018年2月28日). 2018年5月30日閲覧。
  43. ^ ナイツ土屋も、『捜査一課長』ゲスト出演 “ヤホー”ネタでコラボ”. ORICON NEWS. オリコン (2018年5月31日). 2018年5月30日閲覧。
  44. ^ 重岡大毅が「死役所」でお笑い芸人役! お笑い監修のナイツ・塙も称賛!!”. インターネットTVガイド (2019年10月29日). 2019年11月24日閲覧。
  45. ^ ナイツ、映画「アンパンマン」でアニメ声優に初挑戦!
  46. ^ 「夜マック」がさらに充実! ごはん、できたよ。日本マクドナルド史上初!人気メニューを“ごはん”ではさんだごはんバーガー3種「ごはんてりやき」「ごはんベーコンレタス」「ごはんチキンフィレオ」2月5日(水)から期間限定販売”. McDonald'sJapan (2020年1月28日). 2020年2月6日閲覧。