ナクム

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ナクム
Parque Yaxha Nakum Naranjo Templo Guatemala 03.JPG
アクロポリスに立つ神殿E
ナクムの位置(グアテマラ内)
ナクム
遺跡の位置
所在地 グアテマラペテン県
座標 北緯17度10分33.4秒 西経89度24分18.5秒 / 北緯17.175944度 西経89.405139度 / 17.175944; -89.405139座標: 北緯17度10分33.4秒 西経89度24分18.5秒 / 北緯17.175944度 西経89.405139度 / 17.175944; -89.405139
種類 定住地
歴史
時代 先古典期 - 古典期
文化 マヤ

ナクム(Nakum)は、グアテマラペテン県東部にある古代マヤ遺跡。

南のヤシュハ、東のナランホとともに、現在はヤシュハ・ナクム・ナランホ国立公園の一部をなす。

遺跡[編集]

ナクムとはユカテコ語で「ヒョウタンの家(場所)」という意味である[1]

比較的大型のマヤ遺跡で、南北2つのグループに分かれ、両者は長さ285メートルの舗装されたサクベで結ばれている[1]

建造物Aの入口はマヤ文明で一般的な持送りアーチではなく、上が丸くなったアーチを持つ点が珍しいが、最近南の入口は完全に崩壊してしまった[2]

調査[編集]

フランスのペリニ伯爵が1905年にナクムを発見し、写真を撮影した。1910年にピーボディ考古学・民族学博物館による探検が行われた[3]

2006年からポーランドヤギェウォ大学による長期間の発掘が行われている[4]。2011年、建造物15号から約1300年前(7-8世紀)と約2000年前の支配者の墓が未盗掘の状態で発見され、2000年前のものはマヤでは珍しい女性の支配者と判断された[5][6]

歴史[編集]

ヤギェウォ大学の研究によると、ナクムとその一帯は紀元前1000年以降に定住がはじまり、紀元前700-500年ごろの建造物複合体からは、当時すでに支配者層が形成されていただけでなく、天文観測が行われていたことも明らかになった。古典期の終わりにおいても重要な都市のひとつだった[4]。オルムル川の河畔にあり、おそらく交易上重要な場所を占めていた[7]

古典期終末期の9世紀になって、ほとんどの建物が改造され、多数の新しい建造物が建てられた[8]ティカルナランホといった周辺の都市の崩壊が原因となり、チチェン・イッツァなどに見られる新しいイデオロギーを受けて建造物を改造したと考えられるという[9]

脚注[編集]

  1. ^ a b Kelly (1996) p.124
  2. ^ Kelly (1996) pp.124-125
  3. ^ Kelly (1996) pp.127-128
  4. ^ a b Nakum – the town of Polish Mayanists, Uniwersytet Jagielloński w Krakowie, http://www.projektor.uj.edu.pl/sp/past-times-distant-places/nakum 
  5. ^ Rachel Kaufman 『古代マヤの女王の墓を発見、グアテマラ』 ナショナルジオグラフィック日本版 ニュース、2011年9月23日http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/4921/ 
  6. ^ 『見どころ案内:最北部:ペテン』 DTACグァテマラ観光情報局http://www.dtac.jp/cs_america/guatemala/entry_149.php 
  7. ^ Hermes & Żrałka (2012) p.198
  8. ^ Hermes & Żrałka (2012) p.177
  9. ^ Hermes & Żrałka (2012) pp.198-199

参考文献[編集]