ヌルスルタン

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ヌルスルタン
Нұр-Сұлтан
Нур-Султан
カザフスタンの旗
大統領宮殿
大統領宮殿
ヌルスルタンの市旗 ヌルスルタンの市章
特別市旗 特別市章
位置
ヌルスルタンの位置の位置図
ヌルスルタンの位置
位置
ヌルスルタンの位置(カザフスタン内)
ヌルスルタン
ヌルスルタン
ヌルスルタン (カザフスタン)
ヌルスルタンの位置(アジア内)
ヌルスルタン
ヌルスルタン
ヌルスルタン (アジア)
座標 : 北緯51度10分0秒 東経71度26分0秒 / 北緯51.16667度 東経71.43333度 / 51.16667; 71.43333
歴史
建設 1830年
行政
 カザフスタン
 特別市 ヌルスルタン
アキム(市長) アルタイ・クルギノフ
地理
面積  
  特別市域 722 km2
標高 347 m
人口
人口 (2019現在)
  特別市域 増加 1 054 469[1]
    人口密度   1,384.7人/km2
その他
等時帯 UTC+6 (UTC+6)
夏時間 なし
郵便番号 010000 - 010015
市外局番 +7 7172
ナンバープレート Z
ISO 3166-2 KZ-AST
公式ウェブサイト : http://www.astana.kz/

ヌルスルタンカザフ語: Нұр-Сұлтанロシア語: Нур-Султан: Nur-Sultan)は、カザフスタン首都。他のとともにカザフスタンを構成する特別市

1997年アルマトイから遷都され、2019年には旧称のアスタナ(Астана、Astana)から改称された。それ以前の旧称はアクモリンスク (Акмолинск) 、ツェリノグラード (Целиноград) 、アクモラ (Акмола) がある。2019年3月23日、カシムジョマルト・トカエフ大統領は「アスタナ」からヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領の名を冠した「ヌルスルタン」へ改称する法案に署名した。旧名「アスタナ」はカザフ語で「首都」の意。

イシム川右岸に位置し、人口は105万人でアルマトイに次ぐ大都市である。1998年のカザフスタン政府主催の国際コンペで1位に選ばれた日本建築家黒川紀章都市計画案に基づき開発が続けられている。

歴史[編集]

1824年オムスクから来たコサック達がイシム川上流に要塞を造り、それが元となってアクモリンスク (Akmolinsk) という都市が出来た。アクモリンスクは鉄道の要衝として、ロシア内戦時まで発展を続けた。ヨシフ・スターリンの時代には、市の周辺には「人民の敵」とされた人々の妻や家族を収容する悪名高いグラグが数多く作られた。1961年、ツェリノグラード (Tselinograd) と改名され、1950年代にニキータ・フルシチョフが主導したカザフスタンを大穀倉地帯に変える処女地開拓運動ロシア語版英語版の中心地となる。ロシア各地から入植が行われ、その後の民族間対立の土壌が醸成されていく。特に、ナチス・ドイツのロシア侵攻でドイツ系の人々はこの地に強制的に連れて来られた。

1991年、カザフスタンが独立を果たすと、「聖地」を意味するアクモラ (Aqmola) と再度改名される。1994年、アクモラを新首都とすることが決定され、1997年に遷都が行われた。翌年の1998年には名称はカザフ語で首都を意味するアスタナと改名された。アスタナ遷都の理由は、アルマトイが活断層があり地震多発地帯であることや地形的に更なる発展に限界があったことなどが挙げられる。またアスタナが位置するカザフスタン北部にはカザフ人よりもロシア人が多く、遷都することによって北部にもカザフ人の割合を増やし、将来的な分離独立問題を抑え込む意味もあったとされる。しかし、アスタナがカザフスタンの主要軸から外れていて、冬季の気候は酷寒であることや、新首都建設に莫大な費用がかかっているなどの問題点もある。

2008年カザフスタン議会はアスタナの名称をヌルスルタン・ナザルバエフにちなんだ「ヌルスルタン」に改名することを提議したが、ナザルバエフが辞退した。なお、この名称変更は2019年にナザルバエフが大統領を辞任した際にも再度提案され、カザフスタン議会が全会一致で承認した[2][3]

2014年、アスタナでユーラシア経済連合の創設条約の調印が行われた。前身のユーラシア経済共同体を始動した協定もここアスタナで調印された。

民族構成[編集]

民族構成(アスタナ市)2018
カザフ人
  
78.18%
ロシア人
  
13.41%
ウクライナ人
  
1.38%

市の人口は、遷都時の1997年には27万5100人に過ぎなかったが、10年後の2007年には遷都時の人口の2倍の57万4448人となり、さらに、2014年には82万8759人に達した[4]。新首都となって以降、国内や近隣国からの移住が続いており、かつての市の民族構成は一変した[5]

2018年の調査によると、遷都前には6割強を占めていたロシア人ウクライナ人などスラブ民族は2割以下となり、かつては2割以下だったカザフ人が8割近くを占めるようになった。このように、仕事を求めて、大量のカザフ人が全国中から移住した。ロシア人が大半を占めていたカザフ北部のカザフ人の居住者を増やすという政府の戦略が実現したことになる。

民族 カザフ人 ロシア人 ウクライナ人
1989年 49,798 人 (17.71 %) 152,147 人 (54.10 %) 26,054 人 (09.26 %)
1999年 133,585 人 (41.83 %) 129,480 人 (40.55 %) 18,070 人 (05.66 %)
2018年 805,718 人 (78.18 %) 138,175 人 (13.41 %) 14,176 人 (01.38 %)

地勢[編集]

カザフスタンの北部の高原に位置し、標高は347mである。市内をイシム川が流れる。夏場、市街地には花や緑の生い茂る公園も多く見られ、アスタナ市も定期的に植樹祭を開き、緑化計画を進めている[6]。こうした植樹は、防風対策としての役割も担っている。

気候[編集]

1月の平均気温は-14.2度とそう極端に低いものではないが、シベリア寒気団の直撃により最低気温が-50度近くになることもあり、モンゴルウランバートルと共に世界で最も冬の寒さが厳しい首都、とも言われる。1年の半分以上が氷点下であり、年間平均気温は3.5度に過ぎない。一方、最暖月7月の平均気温こそ20.8度とあまり高くないが、日中は平均で26.8度まで上がり、好天の日にはかなり暑くなり、時に40度近くに達することもあり、年較差は90度近い。ケッペンの気候区分ではステップ気候 (BSk) と湿潤大陸性気候 (Dfb) の境界に位置する。

ヌルスルタンの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 3.4
(38.1)
4.8
(40.6)
22.1
(71.8)
29.7
(85.5)
35.7
(96.3)
40.1
(104.2)
41.6
(106.9)
38.7
(101.7)
36.2
(97.2)
26.7
(80.1)
18.5
(65.3)
4.5
(40.1)
41.6
(106.9)
平均最高気温 °C (°F) −9.9
(14.2)
−9.2
(15.4)
−2.5
(27.5)
10.9
(51.6)
20.2
(68.4)
25.8
(78.4)
26.8
(80.2)
25.2
(77.4)
18.8
(65.8)
10.0
(50)
−1.4
(29.5)
−8.0
(17.6)
8.9
(48)
日平均気温 °C (°F) −14.2
(6.4)
−14.1
(6.6)
−7.1
(19.2)
5.2
(41.4)
13.9
(57)
19.5
(67.1)
20.8
(69.4)
18.8
(65.8)
12.3
(54.1)
4.6
(40.3)
−5.4
(22.3)
−12.1
(10.2)
3.5
(38.3)
平均最低気温 °C (°F) −18.3
(−0.9)
−18.5
(−1.3)
−11.5
(11.3)
0.2
(32.4)
7.9
(46.2)
13.2
(55.8)
15.0
(59)
12.8
(55)
6.6
(43.9)
0.2
(32.4)
−8.9
(16)
−16.1
(3)
−1.5
(29.3)
最低気温記録 °C (°F) −51.6
(−60.9)
−48.9
(−56)
−38.0
(−36.4)
−27.7
(−17.9)
−10.8
(12.6)
−1.5
(29.3)
2.3
(36.1)
−2.2
(28)
−8.2
(17.2)
−25.3
(−13.5)
−39.2
(−38.6)
−43.5
(−46.3)
−51.6
(−60.9)
降水量 mm (inch) 17
(0.67)
15
(0.59)
18
(0.71)
20
(0.79)
35
(1.38)
37
(1.46)
50
(1.97)
29
(1.14)
22
(0.87)
27
(1.06)
27
(1.06)
22
(0.87)
318
(12.52)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 5.3 4.3 3.2 4.7 6.3 6.1 6.6 5.6 4.4 7.3 6.0 5.3 65.1
平均月間日照時間 102.3 146.9 192.2 237.0 300.7 336.0 334.8 294.5 231.0 136.4 99.0 93.0 2,503.8
出典 1: Pogoda.ru.net[7]
出典 2: Hong Kong Observatory (sun and precipitation days)[8]

行政地区[編集]

3地区から成る。

  • アルマトイ地区
  • エシリ地区
  • サルィアルカ地区
Astana, capital of Kazakhstan 01.jpg

経済[編集]

国営石油ガス企業

新首都として政治・行政機構が市の経済活動の中心であるが、経済特区でもある。商業・工業製品・運輸・通信・建設に支えられる。オイルマネーが投入され、壮大な建物が多く、現在でも高層ビルの建設ラッシュが続いている。金属加工、食品加工、農業陶器製材などが盛んである。

都市計画[編集]

新首都は、黒川紀章の都市計画に基づいて建設されている。鉄道の北は産業地区、及び低所得者の住宅地となっている。鉄道とイシム川の間が市の中心地で、東西に高層住宅と公園が配され、南部に行政機関や大使館が集積されている。黒川の計画を引き継ぎながら、市の全体像の完成は2030年とされている。現在、ヌルスルタンの将来モデルはベルリンとされ、キャンベラのような純政治的な都市は志向されていない。

建築[編集]

バイテレク
ヌル・スルタンのシンボルで高さ105mのモニュメント。展望台もある。「高いポプラの木」の意味でカザフスタンの民話の「生命の木」と「幸福の魔法の鳥」をイメージしたデザイン
平和のピラミッド
ノーマン・フォスター設計で、各宗教の宗教施設が入っている。オペラハウスや国立博物館、図書館もある。

交通[編集]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 2019 жылғы 1 қаңтардағы Астана қаласы халқы санының өзгеруі туралы”. Қазақстан Республикасы Ұлттық экономика министрлігі Статистика комитеті. 2019年2月19日閲覧。
  2. ^ 前大統領たたえ首都名変更=カザフ - 時事通信、2019年3月20日配信。
  3. ^ カザフスタンが首都名を「ヌルスルタン」に変更へ 前大統領の功績をたたえ名前に Huffintong Post 2019年3月21日
  4. ^ О демографической ситуации в городе Астана
  5. ^ Astana boasts population growth
  6. ^ Kazakh presidential candidate applies for Guinness Book of Records
  7. ^ Weather and Climate-The Climate of Astana” (Russian). Weather and Climate. 2012年8月14日閲覧。
  8. ^ Climatological Information for Astana, Kazakhstan. Retrieved 14 August 2012.
  9. ^ “Astana light rail construction begins”. Metro Report. (2017年5月22日). http://www.metro-report.com/news/single-view/view/astana-light-rail-construction-begins.html 2018年8月4日閲覧。 
  10. ^ “Astana's first metro system becomes reality thanks to Chinese companies”. CGTN. (2017年6月8日). https://news.cgtn.com/news/3d55544f7749444e/share_p.html 2018年8月4日閲覧。 
  11. ^ “First pictures of light rail train system in Astana revealed”. アスタナ・タイムズ. (2017年10月11日). https://astanatimes.com/2017/10/first-pictures-of-light-rail-train-system-in-astana-revealed/ 2018年8月4日閲覧。 

関連項目[編集]