ノエル・ハワード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Noël Howard
ノエル・ハワード
本名 Noel Howard
別名義 ノエル・オヴァール
ノエル・オワール
生年月日 (1920-12-25) 1920年12月25日
没年月日 (1987-02-07) 1987年2月7日(66歳没)
出生地 フランスの旗 フランス パリ
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー
ジャンル 映画
活動期間 1953年 - 1973年
活動内容 1953年 美術デザイナーを務める
1955年 アメリカでB班監督を務める
1957年 プロデューサーを務める
1964年 監督・脚本デビュー

ノエル・ハワード(-オヴァール / -オワールNoël Howard1920年12月25日 - 1987年2月7日)は、アメリカ合衆国映画監督脚本家映画プロデューサーである。

人物・来歴[編集]

1920年(大正9年)12月25日フランスの首都パリで生まれる。

1953年(昭和28年)、22歳のころ、フランスでロケーション撮影を行ったアナトール・リトヴァク監督によるアメリカ・フランス合作映画『想い出』に、美術デザイナーとしてクレジットされる。1955年(昭和30年)には、ハワード・ホークス監督がウィリアム・フォークナーの原作をエジプトロケ、ローマティタヌス・アッピア撮影所でセット撮影を行った『ピラミッド』でB班監督を務めた。以降、ビリー・ワイルダーがふんだんなフランスロケを行った1957年(昭和32年)の『昼下りの情事』を始め、MGMの海外大ロケーションもののB班監督を多く手がけた。1962年(昭和37年)のデイヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』、1963年(昭和38年)のニコラス・レイ監督の『北京の55日』といった大作の現場をB班監督として、職人的に仕切った。

ハワードがB班監督を務めた『ソロモンとシバの女王』のジーナ・ロロブリジーダ

1964年(昭和39年)、歌手のジョニー・アリディシルヴィ・ヴァルタン主演、レイ・ヴァンチュラのプロデュースするフランス映画『ジョニーはどこに』で監督としてデビューした。

フランスの映画プロデューサー、ラウール・レヴィドニス・ド・ラ・パテリエール監督、アラン・ドロン主演で、1962年(昭和37年)から撮影を進めていた大作『マルコ・ポーロ 大冒険』の製作現場が収拾つかなくなり、共同監督としてお呼びがかかる。同作は1965年(昭和40年)8月6日に公開されたが、惨憺たる興行成績で、レヴィの会社は破綻した。

その後もハワードは、スペインで大ロケーションを行ったロバート・シオドマク監督の『カスター将軍』などのB班監督をつとめた。1969年(昭和44年)以降は、フランスやイギリスでのテレビ映画に進出した。

1987年(昭和62年)2月7日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで死去した。満66歳没。

フィルモグラフィ[編集]

脚注[編集]