ノーマンビー侯爵

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ノーマンビー侯フィップス家の紋章のエスカッシャン部分

ノーマンビー侯爵英語: Marquess of Normanby)は、イギリス侯爵位。

2度創設されており、1期目は第3代マルグレイヴ伯爵英語版ジョン・シェフィールド1694年イングランド貴族爵位として叙されたものだが、2代で廃絶した。現存する2期目は第2代マルグレイヴ伯爵コンスタンティン・フィップスが1838年に連合王国貴族爵位として叙されたものである。

歴史[編集]

シェフィールド家[編集]

第3代マルグレイヴ伯爵ジョン・シェフィールドが、1694年5月10日イングランド貴族爵位「カウンティ・オブ・リンカンのノーマンビー侯爵」に叙せられたのがノーマンビー侯の最初の創設である。彼はさらに1703年3月23日にはバッキンガム及びノーマンビー公に叙せられたのでノーマンビー侯爵位はその従属爵位となった[1]。しかしその子である2代バッキンガム=ノーマンビー公(2代ノーマンビー侯)エドマンド・シェフィールドが継承者なく死去したため、爵位は廃絶している[2]

フィップス家[編集]

現在のノーマンビー侯爵家であるフィップス家が貴族に列したのは、コンスタンティン・フィップス(1722–1775)1767年9月3日アイルランド貴族「カウンティ・オブ・ウェックスフォードのニューロスのマルグレイヴ男爵」に叙せられたのに始まる[3]。なおこのコンスタンティン・フィップスの母方の祖母キャサリン・セドリー英語版は、再婚で初代バッキンガム=ノーマンビー公ジョン・シェフィールドと結婚し、その間に2代バッキンガム=ノーマンビー公エドマンドを儲けており、この縁戚関係からフィップス家がマルグレイヴ伯爵やノーマンビー侯爵などシェフィールド家由来の爵位を叙されたものと見られる。

初代マルグレイヴ男爵の長男コンスタンティン・ジョン・フィップス英語版(1744–1792)は、王立海軍軍人として七年戦争に従軍した後、政界に転じてホイッグ党、ついでトーリー党庶民院議員として活躍した。1775年に第2代ニューロスのマルグレイヴ男爵位を襲爵し、さらに1790年7月7日グレートブリテン貴族「カウンティ・オブ・ヨークのマルグレイヴのマルグレイヴ男爵」に叙され、貴族院議員に列した。しかし彼には男子がなかったため、彼の死とともに同爵位は消滅している[4]

その後、初代男爵の次男ヘンリー・フィップス(1755–1831)が第3代ニューロスのマルグレイヴ男爵位を継承した。彼は陸軍軍人としてアメリカ独立戦争に従軍した後、トーリー党の庶民院議員として活躍し、1794年8月13日に改めてグレートブリテン貴族爵位「カウンティ・オブ・ヨークのマルグレイヴのマルグレイヴ男爵」に叙せられ、貴族院議員に列した。彼はその後トーリー党政権下で外務大臣(在職1805-1806)や海軍大臣(1807-1810)などの閣僚職を歴任し、1812年9月7日に「カウンティ・オブ・ヨークのマルグレイヴ伯爵」と「カウンティ・オブ・ヨークのノーマンビーのノーマンビー子爵」に叙せられた[5]

初代マルグレイヴ伯の死後、その長男コンスタンティン・ヘンリー・フィップス(1797–1863)が第2代マルグレイヴ伯爵位を継承した。彼はトーリー党、後ホイッグ党の政治家として活躍し、ジャマイカ総督(在職1832-1834)、王璽尚書(在職1834)、アイルランド総督(在職1835-1839)、陸軍・植民地大臣(在職1839年)、内務大臣(在職1839-1841)などを歴任した。そして1838年6月25日には「カウンティ・オブ・ヨークのノーマンビーのノーマンビー侯爵」に叙せられた[6]

初代ノーマンビー侯の死後、その長男ジョージ・フィップス英語版(1819–1890)が第2代ノーマンビー侯爵位を継承した。彼は襲爵前に自由党の政治家として活躍し、その後、ノバスコシア(在職1858-1863)、クイーンズランド(在職1871-1874)、ニュージーランド(在職1874-1879)、ヴィクトリア(在職1879-1884)などの総督職を歴任した[7]

現在の当主はその曾孫である5代ノーマンビー侯コンスタンティン・エドムンド・ウォルター・フィップス英語版(1954-)である。

従属爵位[編集]

現在の当主5代ノーマンビー侯コンスタンティン・フィップス英語版は、ノーマンビー侯爵の他に以下の従属爵位を有する[8]

  • 第6代カウンティ・オブ・ヨークのマルグレイヴ伯爵(1812年創設連合王国貴族爵位)
  • 第6代カウンティ・オブ・ヨークのノーマンビーのノーマンビー子爵(1812年創設連合王国貴族爵位)
  • 第6代カウンティ・オブ・ヨークのマルグレイヴのマルグレイヴ男爵(1794年創設グレートブリテン貴族爵位)
  • 第8代カウンティ・オブ・ウェックスフォードのニューロスのマルグレイヴ男爵(1767年創設アイルランド貴族爵位)

一覧[編集]

ノーマンビー侯 第1期 (1694年)[編集]

詳細はバッキンガム=ノーマンビー公爵英語版を参照。

マルグレイヴ男爵 第1期 (1767年)[編集]

マルグレイヴ伯 第2期(1812)[編集]

ノーマンビー侯 第2期 (1838)[編集]

  • 初代ノーマンビー侯コンスタンティン・ヘンリー・フィップス (1797–1863)
  • 2代ノーマンビー侯ジョージ・アウグストゥス・コンスタンティン・フィップス英語版 (1819–1890)
  • 3代ノーマンビー侯コンスタンティン・チャールズ・ヘンリー・フィップス英語版 (1846–1932)
  • 4代ノーマンビー侯オズヴァルド・コンスタンティン・ジョン・フィップス英語版 (1912–1994)
  • 5代ノーマンビー侯コンスタンティン・エドムンド・ウォルター・フィップス英語版 (1954-)

法定推定相続人は現当主の長男マルグレイヴ伯爵(儀礼称号)ジョン・サミュエル・コンスタンティン・フィップス(1994-)

出典[編集]

  1. ^ Lundy, Darryl. “John Sheffield, 1st Duke of the County of Buckingham and of Normanby” (英語). 2015年8月6日閲覧。
  2. ^ Lundy, Darryl. “Edmund Sheffield, 2nd Duke of the County of Buckingham and of Normanby” (英語). 2015年8月6日閲覧。
  3. ^ Lundy, Darryl. “Constantine Phipps, 1st Baron Mulgrave of New Ross” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。
  4. ^ Lundy, Darryl. “Constantine John Phipps, 2nd Baron Mulgrave of New Ross” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。
  5. ^ Lundy, Darryl. “Henry Phipps, 1st Earl of Mulgrave” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。
  6. ^ Lundy, Darryl. “Henry Phipps, 1st Earl of Mulgrave” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。
  7. ^ Lundy, Darryl. “George Augustus Constantine Phipps, 2nd Marquess of Normanby” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。
  8. ^ Lundy, Darryl. “Constantine Edmund Walter Phipps, 5th Marquess of Normanby” (英語). thepeerage.com. 2015年8月6日閲覧。