ノーマン・スミス

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ノーマン・スミス
別名 ハリケーン・スミス
生誕 (1923-02-22) 1923年2月22日
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン・エドモントン
死没 (2008-03-03) 2008年3月3日(85歳没)
ジャンル
職業
活動期間 1959年 - 2007年

ノーマン・スミス英語: Norman Smith1923年2月22日 - 2008年3月3日[2]は、イングランドのミュージシャン、音楽プロデューサーレコーディング・エンジニア

略歴[編集]

生い立ち[編集]

スミスはミドルセックスのエドモントンで生まれ、第二次世界大戦中にイギリス空軍のグライダー・パイロットを務めた。ジャズ・ミュージシャン(トランペッター)としてのキャリアに失敗した後、スミスは1959年に見習いのサウンド・エンジニアとしてEMIに入社した。

音楽プロデューサー兼エンジニアとしてのキャリア[編集]

スミスは、EMIがエンジニアからプロデューサーに昇進させた1965年の秋まで、ビートルズによるすべてのEMIスタジオでのレコーディングにおいてエンジニアを務めた[2]。彼が録音した最後のビートルズのアルバムは『ラバー・ソウル』であり[3]、スミスは合計するとほぼ100曲にのぼるビートルズのサウンドをエンジニアリングした[4]

ジョン・レノンは最初にスミスに「ノーマル」のニックネームを与え、それはすぐに他のビートルズ・メンバーにも使われるようになった。レノンは、のんびりした、何事にも動じず、人懐こいスミスの性格から、ユーモラスな表現としてそう呼んだのだった。

1965年6月17日にビートルズとの仕事をしている間、バンドの音楽出版会社であるディック・ジェームス・ミュージックから、彼が書いた曲をすべて購入するために15,000ポンドを提供された[5]

1967年初め、新しいグループであるピンク・フロイドと共に仕事をするようになり[2]、1枚目、2枚目、4枚目のスタジオ・アルバム : 『夜明けの口笛吹き』『神秘』『ウマグマ』をプロデュースした[6]。「Remember a Day」のセッション中に、ドラマーのニック・メイスンは、この曲に適したドラム・パートを思い付くことができないことに動揺した。しかし、スミスはどんなドラムが求められているかを知っていたので、自分でそのパートを演奏した[7]

1968年、スミスは最初のロック・コンセプト・アルバムの1つ、プリティ・シングスのアルバム『S.F.ソロウ』をプロデュースした[2]

彼はバークレイ・ジェイムス・ハーヴェストのアルバム『ワンス・アゲイン』を含む初期のレコーディング作品をプロデュースし、何年も後になってジョン・リースの曲「John Lennon's Guitar」の中で彼の名前が言及された。

「ハリケーン・スミス」としてのレコーディング・キャリア[編集]

1971年、スミスはハリケーン・スミスというレコーディング・アーティストとしてのペンネームを使用し、シングル「太陽を消さないで」によって全英2位のヒットを記録した[8]。これは、ジョン・レノンが録音することを期待して彼が書いた曲のデモであった。彼が仲間の音楽プロデューサーであるミッキー・モストのためにそれを演奏したとき、モストはそれをそのままリリースするように彼に言うのに十分なほど感銘を受けた。1972年には、シングル「オウ・ベイブ」で大西洋を横断するほどのヒットを楽しむこととなった。この曲はキャッシュボックスにて全米1位、ビルボード・ポップにて3位というヒットを記録[9]全英シングルチャートでも4位となった[8]。スミスのセルフタイトルのアルバムには、ギルバート・オサリバンの「Who Was It?」のカバー・バージョンである3つ目のヒット・シングル(全英23位)も収録されていた[8]

その後、「My Mother Was Her Name」(1972年)、「Beautiful Day, Beautiful Night」(1973年)、「To Make You My Baby」(1974年)といったシングルが続いた。しかし、成功した録音をプロデュースする彼のその後の試みは、とらえどころのないものだと証明された。スミスはソロでのレコーディング作の販売に尽力して、バンドとダンサーたちを伴い、当時繁栄していたイングランド北部のキャバレー・サーキットを2度ツアーした。スミスは、セッション・ドラマーであるピーター・ボイタの助けを借り、一時的に解散していたバンド「ボブ・ミラー・アンド・ザ・ミラーメン」のメンバーで大部分が構成されたスミスのバンドを「固定」した。このラインナップは、1973年にリリースされたEMIレコードのためにスミスが作った最後のアルバム『Razzmahtazz Shall Inherit The Earth』を録音するまで続けられた。

スミスはまた、ウェスト・ミッドランズを拠点とするラジオの司会者であるトニー・バトラーが、テーマ音楽として採用した「Theme From a Unmade Silent Movie」というタイトルのインストゥルメンタル・トラックを録音し、スポーツ番組において、地域の地元サッカー・チームがゴールを決めたり、多くは成功を収める場面で、この曲が頻繁に流された。アストン・ヴィラFCのファンたちによって、この曲は彼らの非公式のクラブ・テーマ曲とみなされており、試合前とハーフタイムの間にヴィラ・パークで演奏されることがよくある。2008年6月6日には、バーミンガム市交響楽団によって演奏された[10]

2004年、スミスは新しいコンピレーションCD『From Me To You - With My Stories』(SFMCD030)をリリースした。このCDには、彼の最大のヒット曲「太陽を消さないで」と「オウ・ベイブ」の新録ヴァージョンが収録されている。ライナーノーツには、ポール・マッカートニーとピンク・フロイドのメンバーからのメッセージが含まれている。

2011年、スミスの「太陽を消さないで」の抜粋が、ジョン・ル・カレの『Tinker Tailor Soldier Spy』を映画化したトーマス・アルフレッドソンによる2011年作品『裏切りのサーカス』のサウンドトラックに収録された。

回想録[編集]

スミスは『John Lennon Called Me Normal』というタイトルの回想録を書いた。2007年3月16日に、ニュージャージー州セコーカスで開催された「The Fest for Beatles Fans」にて限定版としてお目見えした。そこにスミスが登場して「オウ・ベイブ」を歌った。この本には、これまでに公開されたことのない写真、アビー・ロード・スタジオでのビートルズとピンク・フロイドについて新たに明らかにされた歴史的事実、およびイギリス空軍のグライダー・パイロットとしてのスミスの人生の詳細が含まれている。

その死[編集]

スミスは、2008年3月にイングランドのイースト・サセックスにて85歳で亡くなった[2]

ディスコグラフィ[編集]

※すべてハリケーン・スミス名義

ソロ・アルバム[編集]

  • 『太陽を消さないで』 - Don't Let It Die (1972年、Columbia)
  • Hurricane Smith (1972年、Capitol Records)
  • Razzmahtazz Shall Inherit The Earth (1973年、EMI)
  • I'm Hurricane-Fly Me! (1977年、Pye Records)

シングル[編集]

  • 「太陽を消さないで」 - "Don't Let It Die" (1971年)
  • 「オウ・ベイブ」 - "Oh, Babe, What Would You Say?" (1972年)
  • "Who Was It?" (1972年)
  • "My Mother Was Her Name" (1972年)
  • "Beautiful Day, Beautiful Night" (1973年)
  • "To Make You My Baby" (1974年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c Unterberger, Richie. “Norman Smith | Biography & History”. AllMusic. All Media Group. 2020年12月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e Thedeadrockstarsclub.com – accessed March 2011
  3. ^ Norman Hurricane Smith – "The Sound of The Beatles"”. Ear Candy (2006年3月1日). 2008年2月12日閲覧。
  4. ^ Swirsky, Seth (2006年3月1日). “A Ticket To Rye: My Afternoon with Beatles Engineer Norman Smith”. 2008年2月12日閲覧。
  5. ^ Lewisohn, Mark. The Beatles Recording Sessions. Harmony Books, 1989, p. 60.
  6. ^ Nick Mason interview”. Ear Candy (1973年3月1日). 2008年3月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月12日閲覧。
  7. ^ Blake, Mark. Comfortably Numb: The Inside Story of Pink Floyd. Thunder's Mouth Press, 2008, p. 117.
  8. ^ a b c Roberts, David (2006). British Hit Singles & Albums (19th ed.). London: Guinness World Records Limited. p. 509. ISBN 1-904994-10-5 
  9. ^ 1973 UK, Eurochart, Billboard & Cashbox No.1 Hits”. 2008年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月13日閲覧。
  10. ^ Friday Night Classics: Music for Champions at THSH”. Thsh.co.uk (2008年6月6日). 2011年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月25日閲覧。

参照[編集]

  • Martin, George, with Hornsby, Jeremy (1980). All You Need Is Ears. New York: St. Martin's Press. 0-312-11482-6