ハイバトゥラー・アクンザダ

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ハイバトゥラー・アクンザダパシュトー語: هبت الله اخونزاده Hibatullah Akhunzadaアラビア語: هيبة الله أخوند زادهHaibatullāh Aḫūnd Zādah1966年頃?[1] - )は、アフガニスタン政治家イスラーム主義勢力ターリバーンの3代目最高指導者。マウラウィー英語版位のウラマー(イスラーム法学者)。日本の報道では「アクンザダ師」と表記される[2]

来歴[編集]

アフガニスタン王国カンダハール州出身[3]パシュトゥーン人の出自で、ヌールザイ英語版氏族に属している[1]。名前の「ハイバトゥラー」はアラビア語で「アッラーからの贈り物」を意味し、通常は女性の名前として名付けられる[3][4]

1996年にターリバーンがアフガニスタン全土を掌握してアフガニスタン・イスラーム首長国を樹立するとシャリーア法廷長官に任命された[5]。アクンザダはアフガニスタン・イスラーム首長国で宗教問題を担当するターリバーン幹部として名声を集め、同国で発行されたファトワーの大半は彼が発行した。アフガニスタン紛争で政権が崩壊した後は、パキスタンの保護を受けたムハンマド・オマルとは異なり、アフガニスタン国内に潜伏しているとされる[6]

2016年5月21日にターリバーン第2代最高指導者アフタル・ムハンマド・マンスールアメリカ軍の空爆を受け死亡したのを受け、25日に第3代最高指導者に就任した[2]。ターリバーンの発表によると、アクンザダはマンスールの代理人として活動しており、生前のマンスールから後継指名を受けていたという[7]。また、アクンザダはパキスタン・バローチスターン州の多数のマドラサを指導しているとされる[8]

脚注[編集]