ハインツ・シュトリューニング

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ハインツ・シュトリューニング
Heinz Strüning
Heinz Strüning.jpg
生誕 1912年1月13日
ドイツの旗 ドイツ帝国 ネヴィゲスドイツ語版
死没 1944年12月24日(1944-12-24)(32歳)
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国 ベルギッシュ・グラートバッハ付近
所属組織 Balkenkreuz.svg ドイツ国防軍空軍
軍歴 1935年 – 1944年
最終階級 大尉(Hauptmann)
墓所 ヴェステーンネン墓地
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ハインツ・シュトリューニング(Heinz Strüning, 1912年1月13日 - 1944年12月24日)は、ドイツの軍人。第二次世界大戦中、ドイツ空軍に所属する撃墜王の1人としてその名を知られた。柏葉付騎士鉄十字章受章者。シュトリューニングは280回の出撃で敵機56機を撃墜したとされる。また、撃墜記録の全てが夜間出撃時のものだとする記録が残されている[a]

経歴[編集]

1912年、ネヴィゲスに生まれる。1935年、再軍備の折に新設されたドイツ空軍に入隊。1939年8月2日、伍長(Unteroffizier)として、第26駆逐航空団「ホルスト・ヴェッセル」英語版(Zerstörergeschwader 26, ZG-26)第5中隊に配属された。第二次世界大戦が始まると、ポーランド戦線に派遣され対地攻撃任務に従事した。ポーランド作戦後、彼の中隊は第30爆撃航空団英語版に移り、ノルウェー方面にてナルヴィクの橋頭堡を守備する地上部隊の支援に参加した。

その後、夜間戦闘機乗員(Nachtjagd)となったシュトリューニングは1940年7月に第2夜間戦闘航空団英語版第1中隊に配属された。この頃までに軍曹(Feldwebel)となっていた彼は66回もの英本土上空における夜間戦闘任務に参加し、1940年11月23日の深夜には最初の敵機撃墜を記録している。1941年末、彼自身が申請した撃墜記録は9機であった。1941年11月、同航空団第7中隊に移る。1942年7月、19機目の撃墜を申請した後にドイツ十字章金章を授与される。同年9月までに少尉(Leutnant)に昇進し、10月には騎士鉄十字章を受章している。

1942年11月から1943年4月まで、第2夜間戦闘航空団はシチリアの基地にて地中海上空における任務に従事した。1943年5月、シュトリューニングは第1夜間戦闘航空団英語版第2中隊に転属。同年6月1日には英空軍のランカスター爆撃機3機を撃墜している。中尉(Oberleutnant)に昇進した後、第1航空団第3中隊長に任命された。同時期には新型機ハインケルHe219の試験搭乗員も務めており、1943年8月1日深夜にはHe219に搭乗したシュトリューニングが3機の爆撃機を撃墜している。

1944年4月までにシュトリューニングは15回の夜間戦闘における勝利を収めており、また1944年7月20日には第1航空団第9中隊長に任命されると共に彼の騎士鉄十字章に柏葉が付された。

1944年12月24日午後6時頃、シュトリューニングの搭乗していたメッサーシュミットBf110はケルン上空にてランカスター爆撃機に対して攻撃を試みたが、随伴していた英空軍第157飛行隊(No. 157 Squadron RAF)所属のモスキート迎撃機により撃墜された[1]。彼は脱出したものの、機体に身体を打ちつけて死亡したとされる。彼の遺体は撃墜から2ヶ月後になって発見された。

彼は戦死するまでに280回の戦闘任務(内250回は夜間出撃)に従事し、夜間戦闘における56機の撃墜(モスキート2機を含む)を記録した。

受章[編集]

国防軍軍法の引用[編集]

日付 原文 訳文
1942年6月2日、火曜日 Oberfeldwebel Struening errang in der letzten Nacht seinen 15. und 16. Nachtjagdsieg.[6] シュトリューニング曹長(Oberfeldwebel)は昨晩15、16回目の野戦における勝利を収めた。

出典[編集]

脚注
  1. ^ Thomas and Davey 2005, p. 72.
  2. ^ a b Thomas 1998, p. 365.
  3. ^ Obermaier 1989, p. 67.
  4. ^ Patzwall and Scherzer 2001, p. 466.
  5. ^ a b Scherzer 2007, p. 732.
  6. ^ Die Wehrmachtberichte 1939–1945 Band 2, p. 149.
参考文献
  • Fellgiebel, Walther-Peer (2000). Die Träger des Ritterkreuzes des Eisernen Kreuzes 1939-1945 (in German). Friedburg, Germany: Podzun-Pallas. ISBN 3-7909-0284-5.
  • Obermaier, Ernst (1989). Die Ritterkreuzträger der Luftwaffe Jagdflieger 1939 - 1945 (in German). Mainz, Germany: Verlag Dieter Hoffmann. ISBN 3-87341-065-6.
  • Patzwall, Klaus D. and Scherzer, Veit (2001). Das Deutsche Kreuz 1941 - 1945 Geschichte und Inhaber Band II (in German). Norderstedt, Germany: Verlag Klaus D. Patzwall. ISBN 3-931533-45-X.
  • Schaulen, Fritjof (2005). Eichenlaubträger 1940 - 1945 Zeitgeschichte in Farbe III Radusch - Zwernemann (in German). Selent, Germany: Pour le Mérite. ISBN 3-932381-22-X.
  • Scherzer, Veit (2007). Die Ritterkreuzträger Die Inhaber des Ritterkreuzes des Eisernen Kreuzes 1939 von Heer, Luftwaffe, Kriegsmarine, Waffen-SS, Volkssturm sowie mit Deutschland verbündeter Streitkräfte nach den Unterlagen des Bundesarchives (in German). Jena, Germany: Scherzers Miltaer-Verlag. ISBN 978-3-938845-17-2.
  • Thomas, Andrew and Davey, Chris (2005). Mosquito Aces of World War 2. Osprey Publishing. ISBN 1-84176-878-2.
  • Thomas, Franz (1998). Die Eichenlaubträger 1939–1945 Band 2: L–Z (in German). Osnabrück, Germany: Biblio-Verlag. ISBN 3-7648-2300-3.
  • Die Wehrmachtberichte 1939–1945 Band 2, 1. Januar 1942 bis 31. Dezember 1943 (in German). München: Deutscher Taschenbuch Verlag GmbH & Co. KG, 1985. ISBN 3-423-05944-3.