ハインリヒ・フォン・ルスティーゲ

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ハインリヒ・フォン・ルスティーゲ(Heinrich Franz Gaudenz Rustige、1867年に爵位を得てHeinrich von Rustigeと称した、1810年4月12日[1] - 1900年1月15日)はドイツの画家である。

略歴[編集]

現在のノルトライン=ヴェストファーレン州ヴェルルに生まれた。

1828年からデュッセルドルフ美術アカデミーで、フリードリッヒ・ヴィルヘルム・シャドウに学び、1836年にフランクフルトに住んで、シュテーデル美術館の美術学校の教授となり、ウィーンやハンガリー、ドレスデン、ベルリンやフランス、イギリスを旅して修行した。 1845年にシュトゥットガルトの美術学校の教授となり、現在のシュトゥットガルト州立美術館の学芸員、王室の美術コレクションの管理者を務め、1887年まで美術学校の教授職を続けた。ルスティーゲが教えた学生にはハインリヒ・フォン・ツューゲルフィリップ・ルンプフアントン・ブライトらがいる。

1867年にヴュルテンベルク王国から勲章、Orden der Württembergischen Kroneを受け[2]、貴族に叙せられた。1890年には故郷ヴェルルの名誉市民の称号を得た。

作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Taufregister, St. Walburga Werl, Jg. 1810, S. 217
  2. ^ Hof- und Staatshandbuch des Königreichs Württemberg 1894, Seite 33

参考文献[編集]

  • Gisela Hengstenberg: Rübezahl im Königsbau. Die Stuttgarter Künstlergesellschaft „Das Strahlende Bergwerk“, Stuttgart 2003, Seite 148, 318, 330, u. a.
  • Ingeborg Krekler: Katalog der handschriftlichen Theaterbücher des ehemaligen württembergischen Hoftheaters: (codices theatrales) , * Wiesbaden 1979, S. 47, 205 und 335 .
  • Manfred Schmid; Jutta Ronke: Städtisches Lapidarium, Museumsführer, Stuttgart [2006].
  • Stuttgart, in: Deutsches Kunstblatt. Zeitschrift für bildende Kunst, Baukunst und Kunstgewerbe 2.1851, Nr. 43 vom 25. Oktober, S. 348
  • Gustav Wais: Stuttgarts Kunst- und Kulturdenkmale: 25 Bilder mit stadtgeschichtlichen, baugeschichtlichen und kunstgeschichtlichen Erläuterungen, Stuttgart [1954].