ハックルバック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ハックルバック
HUCKLEBACK
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ポップス
活動期間 1975年
2016年
メンバー 鈴木茂ヴォーカル,ギター
佐藤博キーボード,ヴォーカル)
田中章弘(ベース
林敏明(ドラムス

ハックルバック(HUCKLEBACK)は、1975年に活動した日本バンド

メンバー[編集]

解説[編集]

1972年12月末をもって解散した“はっぴいえんど”において、他のメンバーが個々の志向を強めていったのに対し、あくまでもロック・バンドに自身のアイデンティを求めた鈴木茂は、はっぴいえんど以前にトリオ編成のロック・バンド“スカイ”を小原礼とともに組んでいた林立夫に構想を打ち明ける。その結果林からの提案で、林とともに“フォー・ジョー・ハーフ”の元メンバーだった松任谷正隆をメンバーに加えることを決め、残ったベーシストを小原と細野晴臣のどちらにするか迷ったものの細野に決まり、“キャラメル・ママ”が誕生した[注 1]

ところが適切なヴォーカリスト不在のままスタートしたことが、その後のバンド活動に大きな影を落とすことになる。細野のファースト・ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE[注 2]のレコーディングを行って以降、そのまま南正人[注 3]吉田美奈子[注 4]南佳孝[注 5]荒井由実[注 6]のレコーディングをサポートするうちに、キャラメル・ママは次第に細野主導のセッション・ユニット ⁄ サウンド・ラボラトリー志向を強め、1974年7月にバンド名を“ティン・パン・アレー”へ変更するに至り、もともとの発案者だった鈴木のバンド構想はここで消滅してしまった[注 7]

言わばその反動として制作されたのが鈴木曰く“ティン・パンのメンバーを裏切るような形で渡米して作った”という、ファースト・ソロ・アルバム『BAND WAGON[注 8]だった[1]。この『BAND WAGON』[注 8]発売にあわせたプロモーションのために“マルチ・プレイヤーになりすぎていた”ティン・パンのメンバーではない、ロック専門のミュージシャンとアルバムの曲をライブで再現するために結成されたのが、“ハックルバック”[注 9]だった[2]。制作経緯からティン・パンのメンバーに負い目を感じていた鈴木は、彼らに遠慮してライブのサポートを頼めなかったという[1]。メンバーは佐藤博(key)と田中章弘(b)、林敏明(ds)。3人は石田長生とバンド“THIS”を結成し、関西で評判を取っていた。加川良のアルバム『アウト・オブ・マインド』[注 10]のレコーディング・セッションで顔を合わせていた彼らに接触、自らスカウトして東京へ呼んだ。

鈴木によれば「ハックルバックでは、もう迫力、迫力って、一所懸命やってたのね。どういうのをやりたいかってのはコロコロ変わってたんだけど、とにかく迫力、ね」「アメリカでいろんな印象を受けたわけだけど、やっぱり日本とくらべちゃうでしょ。で、いちばん大きく感じたのは迫力不足。いろんな意味でね。それを一所懸命、自分なりに解消しようとしてたんです、あの頃」「だから、ハックルバック作って、最初の2か月くらいはクラウンのスタジオで毎日毎日練習。彼らはもともと大阪でやってた何とかってバンドでね、結構迫力あったの、そのときから。だけども一緒にやりはじめて、なんかまだダメだな、もっともっと、って。むずかしかったけどね」[3]という。

『BAND WAGON』[注 8]の発売を目前に控えた1975年2月11日、目黒区民センターでのライブでデビューする。デビュー当初は“鈴木のバンド”という印象が強かったが、短期間のうちにバンドとしての力を高め、以後は佐藤のオリジナル曲も取り上げられるようになっていったものの、予定されていたスケジュールを約10か月後に消化すると11月16日、新宿厚生年金会館でのコンサートを最後に解散する。その理由を鈴木は「バンドを続ける必要性を感じれば、そうするつもりだったんです。でもはっぴいえんどとは違って、誰にもバンドをひとつにまとめようとする気持ちがなかった。それぞれが自分のキャリアのステップとしてしか考えてなくて、終われば自分の世界へ戻るものと思っていました。互いに自分の主張ばかりで歩み寄りが少ない、みんながそうだったんです。一応は僕と佐藤さんが先導してましたが、彼も気持ちはソロ・デビューへ向かってましたからね。かくいう僕もアレンジ志向が強まってますから、バンドなんて続くはずがなかったんです」[1]と振り返っている。

解散後の1999年2月23日、鈴木(g)、佐藤(key)、田中(b)、市川祥治(g)、青山純(ds)というライン・アップによる“鈴木茂とハックルバック”として渋谷クラブクアトロにてジョイントライブ“南佳孝 with ハックルバック”を行った。2016年には鈴木、田中のオリジナル・メンバーに加え、中西康晴(key)、上原裕(ds)の特別編成で1年限定で復活。

略歴[編集]

1975年
  • 2月11日、“ベイ・エリア・ファースト・コンサート”に出演(目黒区民センター 出演:大滝詠一, 細野晴臣, バンブー, 小坂忠, 吉田美奈子, 鈴木茂&ハックルバック, ティン・パン・アレー)。ハックルバック・デビュー・コンサート。
  • 2月15日、“ティン・パン・アレー・セッション”に出演(荻窪ロフト 出演:バンブー, 鈴木茂バンド)。
  • 2月16日、“ティン・パン・アレー・セッション”に出演(荻窪ロフト 出演:鈴木茂バンド, 吉田美奈子, 細野晴臣 + パイ楽団)。
  • 3月15日、荻窪ロフト。
  • 3月29日、“ベイ・エリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(文京公会堂 出演:ティン・パン・アレー, 大滝詠一, ココナツ・バンク(伊藤銀次, 上原裕, 藤本雄志), 鈴木茂バンド, 小坂忠, 吉田美奈子, シュガー・ベイブ
  • 4月4日、“ベイエリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(大阪サンケイ・ホール)
  • 4月5日、“ベイエリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(名古屋市公会堂)
  • 4月6日、彼らのスタジオ・ライブの模様を収録したFM東京“週刊FM サウンドスペシャル”放送。
  • 4月20日、“ブルース・パワー・スプリング・カーニバル・イン日比谷”に出演(日比谷野外音楽堂 出演:ウエスト・ロード・ブルース・バンド, 鈴木茂バンド, 久保田麻琴と夕焼け楽団, ウィーピング・ハープ・セノオ & ヒズ・ローラーコースター, シュガー・ベイブ)。
  • 5月、TVKヤング・インパルス”公開放送に出演[注 11]
  • 5月24日、“ティン・パン・アレー・フェスティバル”に出演(中野サンプラザ 出演:鈴木茂バンド, 小坂忠 + ティン・パン・アレイ, 細野晴臣 + セッション・バンド, 大滝詠一 + セッション・バンド, バンブー, ブレッド&バター, トランザム + クニ河内, シュガー・ベイブ)。
  • 6月16日、“ファースト&ラスト・コンサート”に出演(青森市民会館 出演:鈴木茂&ハックルバック, ティン・パン・アレー[注 12])。
  • 6月17日、“ファースト&ラスト・コンサート”に出演(仙台市民会館 出演:鈴木茂&ハックルバック, ティン・パン・アレー[注 12])。
  • 6月24日、“SKYHILLS PARTY Vol.2”に出演(横浜教育会館 出演:センチメンタル・シティ・ロマンス, 鈴木茂&ハックルバック, シュガー・ベイブ)。
  • 7月24日、“ファースト&ラスト・コンサート”に出演(大阪・中ノ島中央公会堂 出演:鈴木茂&ハックルバック, ティン・パン・アレー[注 12])。
  • 7月26日、“サマー・ロック・カーニバル”に出演(日比谷野外音楽堂 出演:鈴木茂&ハックルバック, 頭脳警察, 愛奴, 上田正樹&サウス・トゥ・サウス, サンハウス, シュガー・ベイブ)。
  • 9月27日、“ニューミュージック・コンサート”(芝・増上寺ホール 出演:久保田麻琴と夕焼け楽団, 鈴木茂&ハックルバック, シュガー・ベイブ)。
  • 10月、オーディオ・フェアのサンスイブースで流すための楽曲をレコーディング(溜池・クラウン・レコーディング・スタジオ)[注 13]。このときの音源は後に『幻のハックルバック』としてカセットのみで製品化。
  • 11月16日、“ハックルバックさよならコンサート”(新宿厚生年金会館小ホール 出演:鈴木茂&ハックルバック, 大滝詠一, トーマス・レディング)。
  • 11月25日、ティン・パン・アレー、アルバム『CARAMEL MAMA』発売。

ディスコグラフィー[編集]

  • 幻のハックルバック ⁄ 鈴木茂とハックルバック – PANAM ⁄ CROWN CT:DCT-2141(1976年
    オーディオ・フェアのサンスイブースで流すために、エンジニア田中信一の発注で解散直前の1975年10月にレコーディングされた音源の製品化。カセットのみでの発売。1989年にCD化。
  • 鈴木茂ヒストリー・ボックス〜クラウン・イヤーズ1974-1979 ⁄ 鈴木茂 – PANAM ⁄ CROWN 6CD:CRCP-50060~65(2008年7月2日
    鈴木がクラウン在籍時に発表した音源を網羅したボックス・セット。最新デジタル・リマスタリングされたオリジナル・アルバム5枚に、未発表音源多数を含むボーナス・ディスク1枚を加えたCD6枚組。<Live & Rare Tracks>にハックルバックによるライブ音源13曲を収録。
  • 1975 LIVE ⁄ 鈴木茂とハックルバック - SUPER FUJI DISCS / DIW / diskunion 2CD:FJSP-239/240(2015年9月23日
    1975年4月4日「ベイエリア・コンサート スーパーロックジェネレーション」(大阪サンケイホール、共演:シュガーベイブ)と、5月15日「ファースト&ラスト・コンサート」(京都会館、共演:ティン・パン・アレー)の模様をほぼ完全収録したCD2枚組。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 1973年の一時期、彼らはバンド活動時は“キャラメル・ママ”、レコーディング・セッション時は“キャラメル・シティ”という二つの名前を使い分けるようにしていた。しかし、この使い分けはすぐなくなり、どちらもキャラメル・ママで統一されるようになった。
  2. ^ 細野晴臣HOSONO HOUSE1973年5月25日発売 Bellwood ⁄ KING LP:OFL-10
  3. ^ 南正人『南正人 ファースト・アルバム』 1973年8月25日発売 Bellwood ⁄ KING LP:OFL-14
  4. ^ 吉田美奈子扉の冬』 1973年9月21日発売 SHOW BOAT ⁄ TRIO LP:3A-1004
  5. ^ 南佳孝『摩天楼のヒロイン』 1973年9月21日発売 SHOW BOAT ⁄ TRIO LP:3A-1005
  6. ^ 荒井由実ひこうき雲』 1973年11月20日発売 EXPRESS ⁄ 東芝EMI LP:ETP-9083
  7. ^ その時の状況を後に鈴木は「(キャラメル・ママ結成時)その頃僕は、もう人のバックやるのイヤだったんですよ。だから、まぁ、お金の問題はあったけれど、できれば自分のバンドだけでやっていきたかった。だから、キャラメル・ママとしてもバンド活動をしたかったんですよね。ちょうどいちばんノッてきたときにはっぴいえんどが解散しちゃったってこともあったし。ところが、細野さんが、僕もソロ・アルバム作る、とか言い出して、まずそのバックをやったあたりからグシャグシャになりはじめた。と細野さんが、なんか人のバックやるって言い出したんですよ。僕はあくまでもバンドやりたいんだ、と言い張ったのね。音も見えはじめてきたし。だけど、ユーミンとか南正人とか、なんだかいろんなのやりはじめて……。“こんなの、やらなくてもいいじゃないか。やめろ、やめろ”とか、最初は言ってたんですよ、僕。そんなこんなで、うまくいかなくなっちゃった時期もあったんだよね。それがとにかく何年か続きましたね。今から見れば、あの頃やってたことも、それなりにね、結果としては面白かったと思うけど。でも、僕は細野さんが言ってたようなマッスル・ショールズとかにも、あんまり興味なかったしね」(文庫版『はっぴいえんど伝説』109~132ページ)と語っている。
  8. ^ a b c 鈴木茂BAND WAGON1975年3月25日発売 PANAM ⁄ CROWN LP:GW-4011
  9. ^ “ハックルバック”とは腰などの曲線を意味するスラングで、チャック・ベリーの曲名に由来する。
  10. ^ 加川良『アウト・オブ・マインド』 1974年11月10日発売 Bellwood ⁄ KING LP:OFL-29
  11. ^ 曲目:1.スノー・エキスプレス, 2.人力飛行機の夜, 3.八月の匂い, 4.100ワットの恋人, 5.砂の女
  12. ^ a b c メンバー:小坂忠(Vo, Cho), 吉田美奈子(Vo, Cho), 細野晴臣(B, Vo), 林立夫(Ds), 鈴木茂(G), ジョン山崎(Key), 佐藤博(Key), 浜口茂外也(Per)
  13. ^ 曲目:1.グレート・アメリカン・ファンキー・ガール(鈴木茂), 2.100ワットの恋人(松本隆–鈴木茂), 3.レイン・イン・ザ・シティー(佐藤博), 4.砂の女(松本隆–鈴木茂), 5.ジャングル・ジャム(鈴木茂とハックルバック)

出典[編集]

  1. ^ a b c レコード・コレクターズ』2008 Vol.27, No.9(ミュージック・マガジン)76~83ページ “インタヴュー〜クラウン時代を中心にソロ・キャリアを振り返る”(聞き手=金澤寿和)、2008年9月1日発行
  2. ^ 『レコード・コレクターズ』2008 Vol.27, No.9(ミュージック・マガジン)88~89ページ “未発表音源を詰め込んだボーナス・ディスクも含む『ヒストリー・ボックス』6枚組”(文=中村よお)、2008年9月1日発行
  3. ^ 萩原健太著 文庫版『はっぴいえんど伝説』(シンコー・ミュージック)109~132ページ “Chap.5:BAND WAGON featuring Shigeru Suzuki”、1992年10月23日発行