ハツピーマイト

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ハツピーマイト
Happy might.jpg
帝室御賞典優勝時(1937年12月3日)
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1934年2月26日
死没 1955年
トウルヌソル
賢藤
母の父 チャペルブラムプトン
生国 日本千葉県成田市
生産 下総御料牧場
馬主 竹中久蔵
調教師 秋山辰治(中山
競走成績
生涯成績 26戦9勝
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ハツピーマイトとは日本競走馬で、天皇賞の初代勝ち馬である。同期には牝馬初のダービー馬となったヒサトモがいる。

馬齢は当時の基準(数え年)にて表記する。

概要[編集]

1937年3月27日にデビューした。4戦2勝2着2回という成績で同年4月29日東京優駿大競走(現在の東京優駿)に臨み、2番人気に推されたが、レース中にハミ(もしくは腹帯、資料によって記述が異なる)が外れて12着に終わった。しかし同年12月3日、第1回帝室御賞典(秋)(現在の天皇賞・秋)を逃げ切って優勝した。騎乗していたのは新井朋次郎であった。

1938年に京都農林省賞典四歳呼馬(現在の菊花賞)が創設されたこととの兼ね合いで、1938年から帝室御賞典の出走資格は5歳以上に変更された。これは1987年に出走資格が4歳以上へと戻されるまで続き、1937年のハツピーマイト以降、4歳で秋の天皇賞を制する馬は1996年バブルガムフェローまでは現れなかった。

その後はやや不振で、重賞では中山記念3着、目黒記念5着にとどまった。

5歳で現役を引退して種牡馬となった。栃木で供用されたのちに北海道十勝に移動された。産駒にこれといった馬は出ていない。

全妹クリフジは変則のクラシック三冠を達成し、歴史的名馬となった。その他の兄弟姉妹もすべて父はトウルヌソルである。

血統表[編集]

ハツピーマイト血統ゲインズバラ系)/4代内アウトブリード (血統表の出典)

*トウルヌソル
Tournesol
1922 鹿毛
Gainsborough
1915 鹿毛
Bayardo Bay Ronald
Galicia
Rosedrop St.Frusquin
Rosaline
Soliste
1910
Prince William Bill of Portland
La Vierge
Sees Chesterfield
La Goulue

賢藤
1926 栗毛
*チヤペルブラムプトン
Chapel Brampton
1912 栗毛
Beppo Marco
Pitti
Mesquite Sainfoin
St.Silave
種光
1919 栗毛
*ラシカッター
Rushcutter
Persimmon
Curtstone
第二アストニシメント *インタグリオー
*アストニシメント F-No.7-c
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

先代:
-
帝室御賞典(秋)勝ち馬
1937年
次代:
ヒサトモ