ハビエル・パストーレ
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![]() パリ・サンジェルマンでのパストーレ(2015年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 |
ハビエル・マティアス・パストーレ Javier Matías Pastore | |||||
愛称 | El Flaco (やせっぽち)[1] | |||||
ラテン文字 | Javier PASTORE | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
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生年月日 | 1989年6月20日(30歳) | |||||
出身地 |
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身長 | 187cm | |||||
体重 | 78kg | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム |
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ポジション | MF (OMF) | |||||
背番号 | 27 | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2002-2007 |
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クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2007-2009 |
![]() | 5 | (0) | |||
2008-2009 |
→![]() | 30 | (8) | |||
2009-2011 |
![]() | 69 | (14) | |||
2011-2018 |
![]() | 186 | (29) | |||
2018- |
![]() | 14 | (3) | |||
代表歴2 | ||||||
2009- |
![]() | 27 | (2) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2019年6月26日現在。 2. 2015年10月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ハビエル・マティアス・パストーレ(Javier Matías Pastore, 1989年6月20日 - )は、アルゼンチン・コルドバ出身のサッカー選手。セリエA・ASローマ所属。アルゼンチン代表。ポジションはミッドフィールダー。
目次
経歴[編集]
クラブ[編集]
初期の経歴[編集]
地元コルドバにあるCAタジェレスの下部組織で育ち、2007年にリカルド・ガレカ監督の下でトップチームデビューを果たしたが、プリメーラB・ナシオナル(2部)に所属する同クラブでは5試合の出場に留まった。
ウラカン[編集]
2008年、プリメーラ・ディビシオン(1部)に昇格したばかりのCAウラカンにレンタル移籍し、5月24日のCAリーベル・プレート戦 (0-1) でデビューした。クラウスーラ2009で飛躍的に成長し、プレーメーカーとしての才能を惜しみなく発揮した。1試合2得点を3回達成するなど得点意識が高く、最終的に7得点3アシストを記録してチーム内得点王になり、マティアス・デフェデリコとともに最終節まで優勝を争ったウラカンの柱であった。同シーズンのリーベル・プレート戦でのプレーは特に称賛されている。25ヤードの距離から先制点となるミドルシュートを決め、さらに追加点も決めて4-0の勝利に導いた。ウラカンがリーベル・プレートに対して4点差を付けて勝利するのは60年以上ぶりであった。アンヘル・カッパ監督には「アルゼンチン代表でフアン・ロマン・リケルメの後を継げるのは彼しかいない」と称賛され[2]、2009年夏にはマンチェスター・ユナイテッドFC、FCポルト、ACミラン、チェルシーFCなど、ヨーロッパの多くのクラブから興味を示された[3]。
パレルモ[編集]
2009年7月11日、イタリアのUSチッタ・ディ・パレルモと5年契約を結んだ[4][5][6][7]。移籍金は約470万ユーロ。8月15日のコッパ・イタリアでデビューし、8月22日にはSSCナポリ戦に先発出場してセリエAデビューを果たした。10月4日のユヴェントスFC戦で成長を遂げ、エディンソン・カバーニの得点をアシストして2-0で勝利を飾ると、イタリアのすべてのウェブサイトと全国紙に名前が登場した。ワルテル・ゼンガ監督の下では途中出場がほとんどであったが、デリオ・ロッシ新監督はファブリツィオ・ミッコリとカバーニの背後にパストーレを据えるフォーメーションを採用し、後半戦は完全にレギュラーに定着した。2010年1月30日のASバーリ戦 (2-4) で初得点を決め、2009-10シーズンはリーグ戦34試合に出場してUEFAヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献した。
11月14日のカターニアとのシチリアダービーで自身初のハットトリックを達成した[8]。このシーズンのセリエA最優秀若手選手賞を受賞。2010-11シーズンはリーグ戦で11得点5アシストを記録し、決勝に進出したコッパ・イタリア枠で2シーズン連続でのUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。7月30日、パレルモのマウリツィオ・ザンパリーニ会長はパリ・サンジェルマンFCへの移籍で移籍金が合意に達したことを明らかにした[9]。
パリ・サンジェルマン[編集]
2011年8月6日、フランスのパリ・サンジェルマンFC(以下PSGと表記)がパストーレとの契約を公式に発表し、背番号は27に決まった[10]。この際に明らかにされた移籍金は3980万ユーロであり、4200万ユーロなどとも報道されたが[11][12]、第三者として選手の所有権を持つ代理人のマルセロ・シモニアンによれば、(代理人手数料が含まれているかいないかは定かでないが)2150万ユーロしか支払われておらず、パレルモは2280万ユーロしか支払っていないことをウェブサイトで公表している[13]。なお、PSGが公表している移籍金が正しければ、2000年のニコラ・アネルカの例(3350万ユーロでレアル・マドリードからPSGに移籍)を上回ってリーグ・アン史上最高額の移籍金となる[11]。FIGCはいかなるイタリアのクラブにも第三者が選手の所有権を保持することを認めておらず、ザンパリーニ会長自身が罪に問われる危険にさらされているにもかかわらず[14]、ザンパリーニ会長は法的手段の行使に動き始めた。
移籍初年度の2011-12シーズンは9月11日のスタッド・ブレスト戦で移籍後初ゴールを決めると、その後は13ゴール6アシストと大型補強を行ったクラブを牽引し、8シーズンぶり2位へと導いた。2012-13、2013-14、2014-15、2015-16とリーグ優勝に貢献。ズラタン・イブラヒモビッチの退団に伴い、2016-17シーズンから背番号を10番に変更。しかし、翌2017-18シーズンには、FCバルセロナから加入したネイマールに背番号10を譲る意思を示し、自身は一昨年まで着けていた背番号27に戻すことになった。
ASローマ[編集]
2018年6月26日、セリエA・ASローマに移籍することが発表された[15]。移籍金は2470万ユーロで、契約期間は5年間。背番号はPSG時代と同じ27番。8月28日、セリエA第2節のアタランタ戦では、クロスボールに対してヒールで合わせて移籍後初得点を記録した[16]。第6節のフロジノーネ戦では再びクロスボールをヒールで合わせてゴールを挙げた[17]。
代表[編集]
2009年に移籍したUSチッタ・ディ・パレルモで活躍し、12月、ディエゴ・マラドーナ監督によってアルゼンチン代表に初招集された。12月22日に行われた非公式親善試合のカタルーニャ選抜戦に後半から出場して得点を挙げたが、国際サッカー連盟 (FIFA) に認められていない試合のため代表キャップは記録されていない。つづいてドイツとの親善試合にも招集されたが、この試合では出場機会がなかった。2010年5月25日、カナダとの親善試合で公式にアルゼンチン代表デビューを果たした。
2010年5月20日、FIFAワールドカップに出場する代表メンバー23人に選出された[18][19]。グループリーグ初戦のギリシャ戦では、77分にセルヒオ・アグエロとの交代で途中出場し、その試合には2-0で勝利した[20]。メキシコ戦では87分にマキシ・ロドリゲスとの交代で途中出場し、その試合には3-1で勝利した[21]。
2015年3月31日のエクアドルとの親善試合で代表初得点を挙げた。
エピソード[編集]
個人成績[編集]
クラブでの成績[編集]
国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
アルゼンチン | リーグ戦 | リーグ杯 | アルヘンティーナ杯 | 期間通算 | |||||||
2007-08 | タジェレス | プリメーラ | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | |
2008-09 | ウラカン | プリメーラ | 31 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 31 | 8 | |
イタリア | リーグ戦 | イタリア杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2009-10 | パレルモ | 6 | セリエA | 34 | 3 | 1 | 0 | - | 35 | 3 | |
2010-11 | パレルモ | 27 | セリエA | 34 | 11 | 3 | 2 | - | 37 | 13 | |
フランス | リーグ戦 | F・リーグ杯 | フランス杯 | 期間通算 | |||||||
2011-12 | PSG | 27 | リーグ・アン | 33 | 13 | 3 | 1 | 7 | 2 | 43 | 16 |
2012-13 | PSG | 27 | リーグ・アン | 34 | 4 | 3 | 2 | 1 | 0 | 38 | 6 |
2013-14 | PSG | 27 | リーグ・アン | 29 | 1 | 2 | 0 | 3 | 1 | 35 | 2 |
2014-15 | PSG | 27 | リーグ・アン | 34 | 5 | 4 | 1 | 2 | 0 | 42 | 6 |
2015-16 | PSG | 27 | リーグ・アン | 16 | 2 | 2 | 0 | 2 | 1 | 20 | 3 |
2016-17 | PSG | 27 | リーグ・アン | 15 | 0 | 4 | 2 | 1 | 0 | 20 | 2 |
通算 | アルゼンチン | プリメーラ | 36 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 36 | 8 | |
イタリア | セリエA | 68 | 14 | 4 | 2 | - | 72 | 16 | |||
フランス | リーグ・アン | 33 | 13 | 3 | 1 | 7 | 2 | 43 | 16 | ||
総通算 | 173 | 35 | 7 | 3 | 7 | 2 | 151 | 40 |
代表での得点[編集]
# | 日時 | 場所 | 相手 | スコア | 結果 | 大会 |
---|---|---|---|---|---|---|
- | 2009年12月22日 | ![]() |
![]() |
1-2 | 2-4 | 非公式親善試合 |
1 | 2015年3月31日 | ![]() |
![]() |
2-1 | 2-1 | 親善試合 |
2 | 2015年6月30日 | ![]() |
![]() |
2-0 | 6-1 | コパ・アメリカ2015準決勝 |
タイトル[編集]
クラブ[編集]
- パリ・サンジェルマン
- リーグ・アン : 2012-13, 2013-14, 2014-15, 2015-16, 2017-18
- クープ・ドゥ・ラ・リーグ : 2013-14, 2014-15, 2015-16, 2016-17, 2017-18
- クープ・ドゥ・フランス : 2014-15, 2015-16, 2016-17, 2017-18
- トロフェ・デ・シャンピオン : 2013, 2014, 2015, 2016, 2017
個人[編集]
- セリエA年間最優秀若手選手 : 2010
脚注[編集]
- ^ W杯選手名鑑・アルゼンチン:ハビエル・パストーレGoal.com、2010年5月10日
- ^ 「いつだって楽天南米 No.130」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年8月6日号
- ^ Richards, Joel (2009年5月29日). “Maradona the only one still to be blown away by Huracán's Pastore”. London: The Guardian 2009年7月11日閲覧。
- ^ El futuro de Pastore estaría en Italia Sports YA (スペイン語)
- ^ “PASTORE: DEPOSITATO IL CONTRATTO” (Italian). US Città di Palermo. (2009年7月11日) 2009年7月11日閲覧。
- ^ FOOTBALL press (2009年7月8日). “Pastore to Palermo”. 2009年7月10日閲覧。
- ^ 公式発表:パレルモが「カカ2世」パストーレを獲得livedoorスポーツ、2009年7月9日
- ^ Palermo 3-1 Catania: Sensational Javier Pastore Hat-Trick Wins Sicilian Derby Goal.com
- ^ Zamparini: Pastore deal done with PSG ESPN Soccernet
- ^ PSG sign Pastore パリ・サンジェルマンFC公式サイト
- ^ a b PSG、フランス史上最高額でパストーレを獲得 UEFA.com、2011年8月6日
- ^ パストーレがPSG入団会見「タイトルを獲得するために来た」 サッカーキング、2011年8月9日
- ^ “UN PALERMO CHE INVESTE” (イタリア語). US Città di Palermo. (2011年9月1日)
- ^ “Regolamento Agenti dei Calciatori (2011)” (イタリア語). FIGC (2011年3月3日). 2011年9月4日閲覧。
- ^ “Javier Pastore signs for AS Roma” (英語). www.asroma.com (2018年6月26日). 2018年6月26日閲覧。
- ^ “ローマの新戦力パストーレが魅せた! “ノールックヒール”の超芸術的ゴール[映像アリ]”. www.theworldmagazine.jp (2018年8月28日). 2019年11月8日閲覧。
- ^ “魔術師パストーレ、デジャブの“バックヒール弾”に称賛 「珠玉」「魔法を再現」”. www.football-zone.net (2018年9月27日). 2019年11月8日閲覧。
- ^ WM-Debüt für Pastore – Ki beeindruckend
- ^ アルゼンチン代表、W杯に臨む23人を発表Goal.com、2010年5月20日
- ^ World Cup 2010: Greece 0–2 Argentina: Second Half Goals Doom Europeans
- ^ Argentina Dumps Mexico, Reaches WCup Quarterfinals with Tevez's 2 Goals
- ^ パレルモ会長:「パストーレの技術はカカー以上」livedoorスポーツ、2010年5月8日
- ^ パストーレの将来を確信するカッパ氏livedoorスポーツ、2010年4月3日
- ^ 『ワールドサッカーダイジェスト』、日本スポーツ企画出版社、2010年5月6日号、62-63頁
外部リンク[編集]
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