ハリギリ

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ハリギリ
Kalopanax septemlobus 3.JPG
7-8月、枝先に多数の散形花序を出す
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜綱 : バラ亜綱 Rosidae
: セリ目 Apiales
: ウコギ科 Araliaceae
: ハリギリ属 Kalopanax
: ハリギリ K. septemlobus
学名
Kalopanax septemlobus (Thunb.) Koidz.
シノニム

本文記載

和名
ハリギリ(針桐)

ハリギリ(針桐、学名:Kalopanax septemlobus)は、ウコギ科落葉高木広葉樹。幹は直立し、高さ10-20m、大きいものは30mになる。別名、センノキ(栓の木)、ミヤコダラテングウチワヤマギリなどがある。

概要[編集]

日本全土(特には北海道)・朝鮮半島中国の山地に分布する。若木は枝や樹幹にとげがあるが、老木になるに従い鋭さを失い、瘤になる。幹の樹皮に深く縦に入った筋(裂け目)がこの樹木を特徴づける。

葉柄は長さ10 - 30 cm、葉身は掌状に5 - 9裂し、カエデのような姿で径10 - 25 cmと大きく、天狗団扇のような形をしている。そこから「テングウチワ」と呼ばれることもある。秋には黄褐色に黄葉する。

7 - 8月、黄緑色の小花が球状に集まったものが傘状につき、藍色の丸い果実を結ぶ。

肥えた土地に自生するので、開拓時代はこの木が農地開墾の適地の目印であった。その為、北海道には大きな木が多く、明治末には下駄材として本州に出荷された。現在でも国内産の栓の9割は北海道産である。

利用[編集]

食用[編集]

展開したばかりの芽は同じウコギ科のタラノキコシアブラウドなどと同様に山菜として食用にされる。見た目は「たらの芽」としてよく知られる近縁のタラノキの芽やコシアブラに良く似るが、苦味やえぐみとして感じられるあくがやや強い。そのためタラの芽と区別して食用にしない地方もあり、たとえば長崎方言では「イヌダラ」と呼んでタラノキと区別される。もっとも、しっかり灰汁抜きをすればコシアブラ同様に非常に美味であり、利用価値が高い。山菜としての地方名にオオバラ(中部地方)などがある。

果実は塩分を含み、ヌルデなどと共に、海からのが貴重だったころの山里で、塩分摂取に利用されてきた可能性も指摘されている[要出典]

木材利用[編集]

木材としては「栓(せん)」と呼ばれる。木肌が深く裂け、黒ずんだ褐色の木から取れる「オニセン(鬼栓)」と、木肌がなめらかな木から取れる「ヌカセン(糠栓)」に分かれる。鬼栓は加工には向かず、沈木に用いられる。一方、糠栓の材は軽く軟らかく加工がし易い為、建築、家具楽器エレキギター材や和太鼓材)、仏壇下駄賽銭箱に広く使われる。耐朽性はやや低い。環孔材で肌目は粗いが板目面の光沢と年輪が美しく海外でも人気がある。色は白く、ホワイトアッシュに似る。

ケヤキに似た木目を持つことから欅の代用品としても使用される。この場合は着色した上で新欅・欅調と表記されることもある。

また、後述のようにカツラなどとともに、アイヌによる丸木舟制作の主要な材のひとつとして北海道全域で用いられた[1]

伝承[編集]

北海道日高地方沙流川流域のアイヌの口頭伝承で、ハリギリ(アイヌ語名:アユㇱニ)の丸木舟(チㇷ゚)に関する禁忌を扱ったものがある[2][1]。話の内容は採録された時代などにより差異があるが、以下に概要を示すものは、1996年(平成8年)3月25日に平取町のアイヌ、上田トシから聞き取り採録されたものである[2]。概要は以下の通り。


ある男がカツラ(アイヌ語名:ランコ)とハリギリで丸木舟を作った。扱いやすいカツラの舟ばかり使っていたところ、いつしか夜に川の方で物音がするようになった。ある晩、男はカツラの舟とハリギリの舟が人間のように立ち上がり跳ね上がる様子を目撃する。その後、夢にカツラの舟の女神が現れ、カツラの舟の女神に嫉妬したハリギリの舟の男神が、夜になるとカツラの舟の女神を虐める旨、ハリギリの舟が悪い心を持っている旨を話し、故にハリギリは舟から倒木、木片に至るまで燃やさなければ村に危害を与える、と伝えた。男はそれを父親に伝えたところ父親は、全てのハリギリを燃やし、その煙がどこへ向かったかを見ておくようにいい、それが煙が海へ向かったことから、決して海で漁をしないよう忠告した[2]
しかししばらく経ち、男は禁忌を破り別の男と漁に出た。すると、舟のようなものにたくさん棘が出た姿の化け物が現れた[2]。男らはタコの神(カムイ)と海波の神に助けを求め、村まで帰ることこそできたが、髪や髭が抜け落ち、全身が腫れ上がり肉も腐り、化け物のような姿となってしまった[2]。その後、村を通りかかった男が化け物のような姿になった男に訪ねたところ、ことの顛末とハリギリで舟をつくらないほうがよいことを話した[2]


しかし本田(1998)は、実際には道内各地でハリギリ製の丸木舟が出土、あるいは現存していることを踏まえ、かつては丸木舟の用材を特定の樹種に限定するようなことは行われておらず、むしろスギなどが自生しない北海道内における丸木舟制作においては主要な材としての地位を占めていたと考察している[1]

加えて、本田(1998)では物語自体の変容についても考察している。上田のほか1936年(昭和11年)、1963年(昭和38年)の記録を確認したところ、1936年の記録では女神は「作った以上、わたしと同じ程度に、そちらも使ってやったらよかったのに」と述べたうえで「センノキほど憑き神(カシ・カムイ)の悪い木はない」としていたが、その後の記録では、悪いのはハリギリの憑き神ではなくハリギリそれ自体、とされ強調されていった[1]。また、1936年の記録ではハリギリの舟を作ることを禁忌する内容はない[1]

以上より本田(1998)では、本来この物語は「人間が道具としてなにかを作った以上は、その道具が役割を全うできるようにきちんと使わねばならない」ということが主題であり、カツラと対立させる樹木はハリギリ以外でも良かったのであるが[注釈 1]、ハリギリの鋭利な刺、それで傷を作ってしまうと時として体中がはれ上がってしまうことが強く意識されるようになった結果、ハリギリの舟を禁忌とする物語に置き換り、沙流川流域のアイヌの生活、ひいては近年の情報の流れの中で他地域のアイヌの生活にも影響を与えるようになったと推察している[1]。また、本田の私見として、本来各地で用途や河川の様相によって見合った樹種が決められていた丸木舟についての伝承が変容し、ハリギリの舟のタブー視、他の樹種の神聖視が進んでいることを指摘している[1]

なお、現在では再びハリギリを用いた丸木舟の復元も行われている。例えば2020年(令和2年)4月に白老町にオープンする国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園(ウポポイ)での丸木舟と板綴舟(タオマチㇷ゚)制作・展示にあたっては、東京大学附属北海道演習林から、ハリギリが提供されている[3]

シノニム[編集]

  • Kalopanax pictus (Thunb.) Nakai var. lutchuensis auct. non (Nakai) Nemoto
  • Kalopanax pictus (Thunb.) Nakai,

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 実際、他地域における類似の伝承(美幌の菊池クラの「丸木舟の争い」)においては、カツラの舟に、旭川地域などで材として多く用いられていたヤチダモの舟が嫉妬する内容であり、結末も、単に主人公がヤチダモの舟を焼き、二度とヤチダモで作ることはなかった、というものである[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 本田優子 (1998-03). “ハリギリの丸木舟 民族誌資料/考古資料/口承文芸資料にもとづく一考察” (PDF). 北海道立アイヌ民族文化研究センター研究紀要 (4): pp.15-27. doi:10.11501/4428327. ISSN 1341-2558. http://ainu-center.hm.pref.hokkaido.lg.jp/kankou/kiyou/pdf/kiyou04-02.pdf 2019年5月1日閲覧。. 
  2. ^ a b c d e f 一般財団法人 アイヌ民族博物館, ed (2015-02-28) (PDF). アイヌ民族博物館 民話ライブラリ2 上田トシの民話 2. 一般財団法人 アイヌ民族博物館. pp. 101-130. http://www.ainu-museum.or.jp/siror/contents/lib_pdf/Library_2.pdf. 
  3. ^ 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林: “科学の森ニュース85号 (PDF)”. 東京大学 (2019年3月10日). 2019年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月1日閲覧。

関連項目[編集]

参考文献[編集]