ハローマゲドン

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ハローマゲドンとは、2002年7月31日にプロデューサーつんく♂により発表されたハロー!プロジェクトの大規模改変のことを指し、ファンの間で呼ばれている呼称である。

概要[編集]

当時まだモーニング娘。の絶頂期でもあり、2001年まで順調だったユニットのすべてを大幅に変えるというファンが受けた衝撃の大きさを「ハルマゲドン」に例えた言葉でもある。ハロマゲドン(略してハロマゲ)とも呼ばれている。

当初は発表された日付を取って「7・31事件」などとも呼ばれた[1]

「ハローマゲドン」が発生した日の会見が行われたホテル日航東京

再編成内容[編集]

具体的な改変内容は次の通りだった。

半年以上先の卒業を発表することは当時異例だった。また、複数のメンバーの卒業が同時に発表されるのも初めてだった。

当時の報道では「そもそもハロー!プロジェクトとは何?」といった話から説明を始めたところも多く、ハロプロ組織構成の複雑さに各メディアは図解を混ぜて解説したが、一部には小川麻琴などのメンバーの名前などを間違えたり、石川梨華(いしかわりか)と石井リカ(いしりか)を混同するなどの誤った報道もあった。また、発表当時、小泉内閣の「聖域なき構造改革」になぞらえるメディアもあった。

なお、本来の(狭義の)ハローマゲドンには含まれないが、以下の2点はこの時の発表に時期が近いこと、内容がメンバーのリストラ的な内容であること、発表が突然でありその理由も明らかにされない、ないしは不自然であることなどの共通点があることから、しばしばハローマゲドンに含めて取り上げられる。

  • カントリー娘。りんねのハロー!プロジェクト卒業(2002年10月)
  • 石井リカのハロー!プロジェクト卒業(2002年12月)

ファンからの反発[編集]

次のような理由で、当時のファンから反発を受けた。

  • 改変後の具体的な活動予定が公式の場で公表されなかったこと。
  • プッチモニの改変は、保田圭後藤真希モーニング娘。から卒業するため、という理由付けができるが、タンポポミニモニ。については当時のファンが理解できる理由が見当たらなかったこと。
    • 矢口真里はキッズとのユニットの立ち上げ、矢口と加護亜依はユニット掛け持ちの解消を理由と考えることもできるが、度々タンポポへの思いを口にしていた飯田圭織の卒業理由がはっきりしない。
  • 当時のファンに「モーニング娘。内のユニット」と考えられていたタンポポ・プッチモニへの「モーニング娘。以外のハロプロメンバー(メロン記念日の柴田あゆみおよびココナッツ娘。のアヤカ)」の加入(なお、ミニモニ。は以前からモーニング娘。以外のメンバーであるミカが加入しており、この点についての混乱は特になかった)。
  • 保田圭と後藤真希のプッチモニ卒業が「モーニング娘。卒業によるプッチモニの卒業」ならば、その後に他グループ所属のアヤカが加入するのは理屈が合わず、2人は「モーニング娘。卒業後もプッチモニには在籍可」ではないかと考えられたこと。
  • 歌手になるために高校を中退するなど、歌手指向の非常に強かった保田圭がそれまで一度も語っていない「女優になる」という理由で卒業を表明したことが不自然であると受け取られたこと。
保田の卒業は以前から患っていた扁桃炎に対応するためであったと思われるが、当時明らかにされていなかった。
  • 当時のハロー!プロジェクトのメンバーの幾つかの発言から、メンバー自身も十分理解・納得していないように推察されたこと。

再編成の成果など[編集]

あまりにも複雑な改変だったため、ハロプロの組織構成を理解しているファン以外の理解が充分に得られなかった部分が多い。

  • タンポポはシングルCDを1枚リリース、プッチモニはオリジナル曲「WOW WOW WOW」をアルバムプッチベスト4に収録した後、それぞれ活動停止状態になった。この結果が期間限定ユニットに影響したという見解もある。
  • モーニング娘。卒業後の後藤真希は、ソロ活動が中心になると思われていたが、最初の音楽活動がごまっとう、続いて発売したソロシングルがカバー曲となり、ファンの期待とはやや違った活動となった。
  • ZYXハロー!プロジェクト・キッズを子供に人気のミニモニ。元リーダー矢口真里と組ませることで、キッズを同世代へ浸透させることを狙ったようだが、充分な成果は得られなかった。ZYX、同じくキッズを含むユニットあぁ!はシングルCDをそれぞれ2枚、1枚リリースしたのみ(ともに公式な活動終了の発表はされていない)。
  • 既存のモーニング娘。内ユニットへの5期メンバー(高橋愛・小川麻琴・紺野あさ美・新垣里沙)および他のハロプロユニット(メロン記念日・ココナッツ娘。)メンバーの参加はそれらの知名度向上を図ることが目的であったようだが、目立った効果は少なかった。
  • 2002年後期以降のオリコンのCDの売り上げが大幅に減少した。減少動向は1997年をピークとした音楽業界全体CD売り上げ全体のCD売り上げ減少時期に該当する。前作との比率はCD総生産枚数の2001年(4億8千万枚)から2002年(3億4千万枚)の比率71%の半分以下である。
    • モーニング娘。の16thシングル「ここにいるぜぇ!」の初週売り上げが20万枚を割り込み、2003年から2005年まで10万枚に満たず、さらに29thシングル「SEXY BOY 〜そよ風に寄り添って〜」も5万枚(結成時のデビュー条件売り上げ)に満たなかった。また、5thアルバム「No.5」も初週で前作比40%未満、累計34%に減少した。
    • ミニモニ。の5thシングル「げんき印の大盛りソング/お菓子つくっておかっすぃ〜!」(ミニモニ。と高橋愛+4KIDS)が初週で前作比33%未満、累計26%未満に減少した。
  • この出来事以降も多数のグループが形成されており(後述)新たな方向性を広げていると評価する意見もある。
  • 既に「ハロプロ」という名称は(シャッフルユニットなどで)エンタメ情報に使用されていたが、改変の報道で「ハロー!プロジェクト」という名称を世間にアピールできたことで、「ハロー!プロジェクト」「ハロプロ」が改変前より認知された。その後、ハロプロ主催のオーディションへもつながった。
  • 安倍なつみ以降、卒業後のビジョン(ソロ、ユニット活動で早期にアルバムをリリースするなど)を示すようになった。
  • 卒業発表が半年以上前になり、モーニング娘。またはハロー!プロジェクトのコンサートの最終日が「卒コン(卒業コンサート)」となり、人気の公演となった。

売り上げの減少など改変による「負」の影響を嘆く意見がある一方、改変以降の視点で「その後のハロプロの状況から見れば、終末的雰囲気のハルマゲドンよりは始まりの意味で、ビッグバン」という意見もある。

総じて、ハロー!プロジェクト全体の転換点の一つと位置付けられている。

その後の動き[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 別冊宝島702 モーニング娘。バイブル2 言いたいこと全部。 アフター"7・31ハローマゲドン" そして、娘。たちの未来は……!? ISBN 4-7966-2987-4
  2. ^ :なお、「ハロー!プロジェクトファンクラブ編 公式ガイドブック ハロー!プロジェクト大百科」(2004年2月13日 メディアファクトリー刊)ISBN 4-840110301 の181・182ページに掲載されている年表では、この発表日が8月1日と誤記されている。

関連項目[編集]