ハンツビル (装甲艦)

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ハンツビル
基本情報
建造所 セルマ海軍工廠
運用者  アメリカ連合国海軍
艦歴
発注 1862年5月1日
進水 1863年2月7日
竣工 1863年8月1日
退役 1865年4月12日
最後 鹵獲を免れるため、スパニッシュ川にて自沈
要目
長さ 150あるいは152 ft (45.7あるいは46.3 m)
32 ft (9.8 m)
吃水 7 ft (2.1 m)
推進 蒸気機関
速力 4ノット
乗員 40人
兵装 6.4インチ前装施条砲 x 1
32ポンド前装滑腔砲 x 3~4
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CSS ハンツビル (CSS Huntsville)は、南北戦争中の1862年から1863年にかけてアラバマ州セルマで建造されたアメリカ連合国海軍(南部海軍)のハンツビル級装甲艦であるが[1]、浮き砲台として使用された。艦名はアラバマ州の都市であるハンツビルに由来する。

艦歴[編集]

ハンツビルは1862年5月1日に発注され、翌1863年2月7日にセルマ海軍工廠で進水、その後アラバマ州モービルで艤装が行われた。1863年8月1日に海軍に引き渡されたが、アラバマ州シェルビー(Shelby)のシェルビー鉄工所(Shelby Iron Company)とジョージア州アトランタのアトランタ圧延所(Atlanta Rolling Mill)で製造された装甲は、一部に施されたのみであった[2]。ハンツビルのエンジンはリバー・ボートに使用されていたものであったが欠陥があり、また武装も完全ではなかった。このためハンツビルは浮き砲台としてモービル周辺の防衛任務に配備された[2]

1864年8月5日のモービル湾の海戦にハンツビルは参加せず、スパニッシュ川(Spanish River)に脱出した。モービル湾の海戦は南軍の敗北に終わったが、モービル自体はその後8ヶ月間持ちこたえ、モービル湾の深部も南軍が確保していた。1865年4月12日にモービルが陥落すると、ハンツビルはCSS タスカルーサと共に、モービルのやや北、モービル川とスパニッシュ川の分岐部において、鹵獲を免れるために自沈した。沈没場所は1985年に特定されている.[3]

脚注[編集]

  1. ^ Herbert J. Lewis (September 23, 2011). "Selma Ordnance and Naval Foundry". The Encyclopedia of Alabama. Auburn University.
  2. ^ a b "Huntsville" Archived 2011年12月6日, at the Wayback Machine.. Dictionary of American Naval Fighting Ships. United States Navy. September 24, 2011.
  3. ^ Gaines, W. Craig (2008). Encyclopedia of Civil War Shipwrecks. LSU Press. pp. 1–8. ISBN 978-0-8071-3274-6. 

参考資料[編集]

  • Silverstone, Paul H. (2006). Civil War Navies 1855–1883. The U.S. Navy Warship Series. New York: Routledge. ISBN 0-415-97870-X. 
  • Still, William N., Jr. (1985). Iron Afloat: The Story of the Confederate Armorclads (Reprint of the 1971 ed.). Columbia, South Carolina: University of South Carolina Press. ISBN 0-87249-454-3. 


座標: 北緯30度46分09秒 西経88度01分14秒 / 北緯30.76924度 西経88.02053度 / 30.76924; -88.02053