バングラデシュ独立戦争

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バングラデシュ独立戦争
BangladeshLiberationWarMontage.jpg
戦争印パ戦争およびバングラデシュ独立戦争
年月日1971年3月26日 - 12月16日
場所東パキスタン(現在はバングラデシュ
結果:バングラデシュとインドの勝利、バングラデシュの独立
交戦勢力
バングラデシュの旗 東パキスタン(現在はバングラデシュ

インドの旗 インド
非公式:
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦

パキスタンの旗 パキスタン

非公式:
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
中華人民共和国の旗 中華人民共和国

インド介入後の戦闘の推移

バングラデシュ独立戦争(バングラデシュどくりつせんそう、ベンガル語: বাংলাদেশের স্বাধীনতা যুদ্ধ)は、東パキスタンの独立をめぐって1971年3月26日に勃発した戦争である。

概要[編集]

東パキスタン地域のベンガル人独立派に対し、西パキスタン側のパキスタン中央政府は軍を空輸して武力鎮圧を試みた。

殺戮から逃れようとした東パキスタン住民難民が大量に隣国インド亡命したことから、かねてよりパキスタンと対立していたインド政府が1971年12月3日に介入した(第三次印パ戦争)。国力ではインドに対して不利なパキスタン軍が劣勢となり、1971年12月16日に撤退。東パキスタンは「バングラデシュ」として独立を果たした。

この独立戦争には前史がある。1952年、パキスタンの支配に対し、バングラデシュは自国言語バングラ(ベンガル語)を守るため立ち上がった(ベンガル語国語化運動)。1962年から1969年にかけてベンガル人からの激しい反発があり、パキスタンの軍事独裁者の失墜に至った。1970年、パキスタンの議会選挙があり、パキスタン・アワミ連盟が過半数を獲得した。しかし憲法に反しパキスタンの指導者たちは党に権力を譲ることを拒んだ。1971年3月7日、ベンガル人のリーダームジブル・ラフマンがパキスタン政府への非協力政策を10万人の立ち会うもとで宣言した。

3月26日午前1時、パキスタン軍はダッカにおいてサーチライト作戦英語版を開始し、独立運動を率いていたアワミ連盟のムジブル・ラフマンが当日中にパキスタン軍によって逮捕されたが、その数分前に「バングラデシュ」の分離独立を宣言したとされる[1]。宣言はチッタゴンのアワミ連盟指導者M・A・ハンナン英語版によってラジオで放送され、翌27日には当時ベンガル議員に在職していたジアウル・ラフマンによる声明が放送局を介して、同じくラジオで放送された[2]3月26日はバングラデシュの独立記念日となっている。4月17日には、バングラデシュ西部のメヘルプール地区Baidyanathtala(現在のムジブナガル)にてバングラデシュ暫定政府が樹立された[3]。4月17日には、バングラデシュ西部のメヘルプール地区Baidyanathtala(現在のムジブナガル)にてバングラデシュ暫定政府が樹立された[3]M・A・G・オスマニ英語版を司令官とするバングラデシュ軍は「ムクティ・バヒニ英語版」(「自由の戦士」「解放軍」の意)と呼ばれ、当初は貧弱であったが、人員の合流やインドからの援助も受けて態勢を立て直していき[3]、オスマニ将軍の指揮の下チッタゴンと熱帯雨林地域の東パキスタン軍司令官に任命され、ゲリラ部隊を率いて、パキスタン軍に複数回の攻撃を敢行した。以降、インド軍が介入し、戦争は12月16日にパキスタン軍の降伏により終結した。

そして1972年3月17日、インドの支援の下、シェイク・ムジブル・ラフマンを大統領にした臨時政府と国会が設立され、ジアウル・ラフマンは、バングラデシュで二番目に高い軍事勲章を授与された。


戦後[編集]

2013年、戦争時の虐殺等の罪でイスラム協会の幹部・アブドゥル・カデル・モッラベンガル語版(Abdul Quader Molla)の死刑が確定。大統領は恩赦を出したがモッラは拒否し、同年12月12日、死刑が執行された。

2019年、インドのアッサム州では、不法移民排除を目的とする国民登録簿が作成された。名簿から除外された約190万人の多くはイスラム教徒であり、バングラデシュ独立戦争時にインド側へ流出した住民や子孫であった[4]

出典[編集]

  • Conway, M. A. & Haque, S. Overshadowing the reminiscence bump: Memories of a struggle for independence. Journal of Adult Development, 6, (1), 35-44.

脚注[編集]

  1. ^ Russell, Malcolm (2015). The Middle East and South Asia 2015–2016. Rowman & Littlefield. p. 219. ISBN 978-1-4758-1879-6. オリジナルの26 May 2019時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190526180057/https://books.google.com/books?id=UOJxCgAAQBAJ&pg=PA219 2017年8月21日閲覧。 
  2. ^ Virtual Bangladesh : History : The Declaration of Independence”. web-archive-org.translate.goog (2014年9月1日). 2021年7月2日閲覧。
  3. ^ a b c 長田満江「第3章 バングラデシュ政治と軍」『バングラデシュ : 低開発の政治構造』アジア経済研究所、1990年、139-180頁。
  4. ^ インド、190万人が市民権剥奪の恐れ=イスラム教徒ら登録除外”. 時事通信 (2019年8月31日). 2019年9月1日閲覧。

関連項目[編集]