バンブトンコート

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バンブトンコート
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1975年4月10日
死没 1995年
ロードリージ
イチバンブ
母の父 テューダーペリオッド
生国 日本の旗 日本北海道様似郡様似町
生産 中村義繁
馬主 樋口正蔵
調教師 伊藤修司栗東
競走成績
生涯成績 26戦13勝
獲得賞金 2億3309万400円
勝ち鞍 函館3歳ステークス(1977年)
デイリー杯3歳ステークス(1977年)
阪神3歳ステークス(1977年)
函館記念(1978年)
神戸新聞杯(1978年)
マイラーズカップ(1979年)
朝日チャレンジカップ(1979年)
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バンブトンコート1975年4月10日 - 1995年)は、日本中央競馬会に所属していた競走馬種牡馬

馬齢は、旧表記(数え年)とする。

来歴[編集]

調教師・伊藤修司の管理馬として、娘婿の伊藤清章が騎手を任された。

1977年6月18日札幌のデビュー戦を大差勝ちすると、2連勝で挑んだ3走目の北海道3歳Sではラブリトウショウの3着と初めて負けを喫すが、続く8月函館オープンでは初の芝と初の1番人気で3勝目を挙げる。函館3歳Sでは人気のファンタストが競走を中止するアクシデントもあったが、6馬身差の圧勝で重賞初制覇。同じ札幌デビュー組のラブリトウショウ・インターグシケンと共に「関西3羽ガラス」と云われ、関西に戻った後はデイリー杯3歳Sで重賞2連勝をマークし、暮れの阪神3歳Sでは重賞3連勝で見事3歳王者となる。2着・インターグシケン、3着・ラブリトウショウと3羽ガラスが上位を独占し、実況の杉本清がレース後「これが午年に送る関西の新しい星です」と謳った。関東の朝日杯3歳Sで無敗のタケデンに初めて土をつけたギャラントダンサーを抑え、同年の最優秀3歳以上牡馬に選出される。クラシックの最有力候補に躍り出たが、レース翌日に右前脚の剥離骨折が判明して休養を余儀なくされる。1978年皐月賞をスキップして日本ダービーを照準に絞ることとなり、この年初戦となった5月14日東京オープンを勝利。バンブトンコートに完敗したインターグシケンがソエを気にしながら皐月賞でクビ差の2着だったことから陣営はダービーへの手応えを感じ、当日の5月28日は1番人気に支持された。しかし強行ローテーションが響いたのか、レースでは終始好位を追走するも直線残り1ハロンで脚が止まり、2番人気サクラショウリの4着に終った。枠番連勝馬券はバンブトンコートの同枠に入ったアグネスホープが2着に入るという代用品決着となってしまった。その後は夏の函館記念でトップハンデを背負いながらも快勝し、続く神戸新聞杯では河内洋が騎乗して連勝。菊花賞トライアル京都新聞杯ではサクラショウリとの単枠指定同士の対決だったが、バンブトンコートと同厩のメジロイーグルの逃げ切りで6着と初めて掲示板を外し、本番の菊花賞もサクラショウリとの単枠指定対決で7着と完全に株を下げる結果となった。1979年マイラーズカップから始動し、インターグロリアに1/2馬身差で勝ち、次走の天皇賞・春は7着。ここまで手綱を取った伊藤清章が一時降板し、オープン戦では栗田伸一で勝ち、宝塚記念では河内洋が2度目の登板。レースではサクラショウリを徹底マークするが、直線でグリーングラスは交わしたものの2着とまたしてもサクラショウリに完敗。次走の高松宮杯では4歳馬のネーハイジェットに敗退。夏の函館開催では手綱が伊藤清章へと戻り、函館記念では連覇を賭けるが、エンペラーエースの3着に敗退。秋は中京競馬場で行われた朝日チャレンジカップを勝つが、目黒記念、天皇賞・秋、有馬記念と距離の壁や調子下降で見せ場なく惨敗。1980年鳴尾記念で60キロの斤量を背負い6着、8月3日の巴賞で9頭中8番人気ながらサーペンプリンスを退けて1着。これが引退レースとなった。

引退後[編集]

引退後はファンだったサラリーマンの人物が引き取り、故郷の修栄牧場で繋養。宮城県の斉藤牧場で安い種付け料で種牡馬生活を送っていた。種牡馬引退後は山梨県の信玄牧場で余生を過ごしていたが、1995年に死亡した。

競走成績[編集]

  • 1977年(9戦4勝)
    • 1着 - 阪神3歳ステークス、デイリー杯3歳ステークス、函館3歳ステークス
  • 1978年(6戦2勝)
    • 1着 - 函館記念、神戸新聞杯、
  • 1979年(11戦3勝)
    • 1着 - マイラーズカップ、朝日チャレンジカップ
  • 1980年(2戦1勝)

エピソード[編集]

バンブトンコートの資質を買っていた大橋巨泉が再三に渡り騎手交代を求めていたと言われている。その候補に福永洋一や河内などの名が上がっていた。

血統表[編集]

バンブトンコート血統ロイヤルチャージャー系/Selene 5×5=6.25%、Pharos 5×5=6.25%(母内)) (血統表の出典)

*ロードリージ
Lord Liege
1969 鹿毛
父の父
Sir Gaylord
1959 鹿毛
Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Somethingroyal Princequillo
Imperatrice
父の母
Attica
1953 栗毛
Mr.Trouble Mahmoud
Motto
Athenia Pharamond
Salaminia

イチバンブ
1968 鹿毛
*テューダーペリオッド
Tudor Period
1957 栃栗毛
Owen Tudor Hyperion
Mary Tudor
Cornice Epigram
Cordon
母の母
マルセイユ
1963 鹿毛
*フェリオール Fastnet
Aisse
*ミスバンブトン Boissier
Cerealia F-No.2-f