パコ・ビエンソバス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はビエンソバス第二姓(母方の)はオカリスです。
パコ・ビエンソバス Football pictogram.svg
名前
本名 フランシスコ・ビエンソバス・オカリス
Francisco Bienzobas Ocáriz
ラテン文字 Paco Bienzobas
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1909-03-26) 1909年3月26日
出身地 サン・セバスティアン
没年月日 (1981-04-30) 1981年4月30日(72歳没)
選手情報
ポジション FW
代表歴
1928-1929 スペインの旗 スペイン 2 (2)
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

パコ・ビエンソバスPaco Bienzobas)ことフランシスコ・ビエンソバス・オカリスFrancisco Bienzobas Ocáriz,1909年3月26日 - 1981年4月30日)は、スペインサン・セバスティアン出身の元サッカー選手スペイン代表である。ポジションはFW

1929年、第1回ピチーチ賞(得点王)を受賞した。

経歴[編集]

初代得点王として[編集]

12歳から17歳まで地元のUDサン・セバスティアンでプレーし、その後レアル・ソシエダと契約した。移籍初年度にギプスコア県選手権を制した。初めてコパ・デル・レイの決勝を戦ったのは1928年で、引き分け再試合の末にFCバルセロナに1-3で敗北した。1928-29シーズンには全国選手権(リーガ・エスパニョーラ)が創設され、レアルも選手権に参加した。クラブは10チーム中4位で最初のシーズンを終え、ビエンソバスは14得点を挙げて初代得点王に輝いた。彼は4シーズンで65試合に出場し、39得点を挙げた。

1934年セグンダ・ディビシオンに属していたCAオサスナに移籍した。ビエンソバスが加入したシーズンにプリメーラ・ディビシオンに昇格したが、1シーズンで降格してしまった。その後、スペイン内戦の影響で何年かプレーできなかった。スペイン内戦後、彼はレアルに復帰した。1942年、リーガ・エスパニョーラで92試合50得点という成績を残して現役引退した。スペイン代表では2試合に出場して2得点を決めている。

現役引退後[編集]

現役引退後はレフェリーとして活躍した。1942年にレフェリーとしての道を歩み始め、1948年に初めてプリメーラ・ディビシオンの試合を任された。48試合で笛を吹いた。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

  • レアル・ソシエダ
    • ギプスコア県選手権 1927, 1929
    • ギプスコア県/ナバラ州/アラゴン州選手権 1933
  • CAオサスナ
    • ナバラ県選手権 1939

Profile