パックンマックン

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パックンマックン
メンバー パックン
マックン
結成年 1997年
事務所 ハブ・マーシー
活動時期 1997年 -
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才コント
現在の代表番組 パックンマックンのなるほど日本!旅サーチ
開運!なんでも鑑定団
過去の代表番組 ジャスト
ラジかる!!
みちブラっ!静岡十八番
同期 ライセンス
カラテカ など
公式サイト 公式ウェブサイト
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パックンマックンは、日本人米国人のお笑いコンビ。芸能事務所ハブ・マーシー所属。異国コンビのパイオニア。基本的には正統派の漫才やコントではあるが、日米の差異もネタに取り入れている。情報番組や英語にまつわるコーナーへも出演している。近年は講演も行っている。

メンバー[編集]

パックン(本名:パトリック・ハーラン(Patrick Harlan)、 1970年11月14日 - )

マックン(本名:吉田 眞(よしだ まこと)、1973年3月26日 - )

  • 日本語ではツッコミ、英語ではボケ担当。立ち位置は向かって左。
  • 群馬県富岡市出身。群馬県立吉井高等学校卒業。
  • 2009年より「富岡ふるさと大使」(群馬県富岡市)。2012年より「ぐんま観光特使」(群馬県)。

エピソード[編集]

  • 1997年、2人はお互いの知り合いを通じて[1]知り合った(マックンによれば「知り合いの知り合いの知り合いの紹介」[2])。待ち合わせは渋谷のハチ公前だった[2]
  • マックンの家にはじめてパックンが招かれたとき、マックンが母親に反抗的な口を利いてるのを見てパックンが本気でマックンに説教をした。理由は「アメリカ人は母親を大事にする民族で、(日本人から見れば)全員マザコンみたいなものなので、母親に反抗的なマックンの態度が信じられなかった」とのこと[3]
  • コンビ結成後マックンが初めてパックンの自宅を訪れた時、パックンは風呂上りで全裸だった。パックンいわく「アメリカ人は開放的」だからだという[3]
  • 2004年にラスベガスで、2007年にはハリウッドで英語漫才に挑戦、成功をおさめる[4]
  • マックンはパックンに対して叩くツッコミを入れる事ができない。パックン曰く、「アメリカ人には自分のテリトリーがあり、叩かれると侵された気がするから」で、一時期それが原因で解散寸前にまで追い込まれたことがあるという[5]
  • 2008年に「△□○コビッチ」で歌手デビューした。
  • パックンは献血が好きで、都内の献血ルームに、時折り出向いて献血している。
  • マックンは大の釣り好き。川釣りから、最近は海釣りにはまっている。

出演[編集]

バラエティ[編集]

現在の出演[編集]

過去の出演[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

劇場アニメ[編集]

ラジオ[編集]

現在の出演[編集]

過去の出演[編集]

CM[編集]

連載[編集]

その他[編集]

音楽[編集]

書籍[編集]

  • パックンマックンの笑われる英語 笑わせる英語(2002年、青春出版社、ISBN 4413033477)
  • 小卒レベルのおれがラスベガスで英語で漫才ができた理由(2004年、幻冬舎、ISBN 434400468X)
  • パックンマックンの「使いこなせ! カタカナ語」ビジネス編 仕事で役立つ頻出300語マスター(2006年、小学館、ISBN 4093103925)
  • 中学生のためのショート・ストーリーズ 2 パックンマックンが選ぶ旅と冒険の話集(2007年、学習研究社、ISBN 4052026276) - 野口健(著)、パックンマックン(編集)、須山静夫(翻訳)
  • パックンマックン★海保知里の笑う英作文(2013年3月10日、扶桑社、ISBN 978-4594067878)

脚注[編集]

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  1. ^ パックンマックンさん インタビュー”. eigotown.com. 2015年9月4日閲覧。
  2. ^ a b 公式Twitter 2014年3月19日
  3. ^ a b 週刊朝日 2008年2月15日号 54~58ページ『マリコのゲストコレクション』
  4. ^ 「パックンマックン」は料理自慢と風呂好きコンビ!”. 東京ガス (2012年12月18日). 2015年9月4日閲覧。
  5. ^ ゆうちょ LETTER for LINKS「絆ストーリー お笑い芸人 パトリック・ハーランさん」”. TOKYO FM (2014年6月22日). 2015年9月4日閲覧。
  6. ^ 他に関東芸人で大阪収録でオーバー500を記録したのは坂道コロンブスハライチの2組のみだが、2組とも一回のみである。因みに坂道コロンブスはこの大阪収録でオンエアとオフエアを交互に繰り返す「坂コロジンクス」を遂に脱出し、ハライチはこの収録で一位となり、チャンピオン大会に進出した(オーバー500を記録した2009年度は放送が月一回しか無かった為、各回のトップ通過の芸人が自動的にチャンピオン大会に進出するルールだった。またハライチとこの回でハライチと同じくトップ通過を果たしたエハラマサヒロの2組が番組最後のオーバー500を記録した芸人である)。