パラダイス銀河

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パラダイス銀河
光GENJIシングル
初出アルバム『Hi!
B面 LONG RUN
リリース
規格 EPレコード
8cmCD
シングルカセット
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル ポニーキャニオン
作詞・作曲 飛鳥涼
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(5週連続、オリコン
  • 1988年度年間1位(オリコン)
  • 1位(7週連続、ザ・ベストテン
  • 1988年3月度月間9位(ザ・ベストテン)
  • 1988年4月度月間1位(ザ・ベストテン)
  • 1988年5月度月間1位(ザ・ベストテン)
  • 1988年度年間2位(ザ・ベストテン)
  • 光GENJI シングル 年表
    ガラスの十代
    1987年
    パラダイス銀河
    (1988年)
    Diamondハリケーン
    (1988年)
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    パラダイス銀河」(パラダイスぎんが)は、光GENJIの3枚目のシングル1988年3月9日に発売。発売元はポニーキャニオン

    解説[編集]

    シングルでは光GENJIの最大のヒット曲[1]EPレコード8cmCDシングルカセットのフォーマットで同時発売された。発売当時、あまりの人気のためほとんどの店でレコードが入荷と同時に売り切れてしまい、新聞紙上にお詫びの広告が掲載されたほどだった。シングルの売上(出荷)枚数は公称で100万枚[1]

    デビュー曲「STAR LIGHT[注 1]、2ndシングル「ガラスの十代」に続き、CHAGE and ASKAASKAが“飛鳥涼”の名義で作詞・作曲を担当した。発売週の初動売上は、オリコン集計でおよそ30万枚、当時歴代1位の記録となった。同年のオリコン年間シングルチャートでは1位を記録し、更に2位・3位も光GENJIの曲[注 2]となった。これは、1978年ピンク・レディー以来2組目となる、オリコン年間シングルチャートTOP3の独占だった。また7位にも「剣の舞」がチャートインした。

    歌番組では、労働基準法により出演できない年下2人(赤坂晃佐藤敦啓)を除いた5人で披露する機会が多かった。この状態は次のシングル「Diamondハリケーン」まで続いた。

    1988年末には第30回日本レコード大賞を受賞[注 3]。また、TBS音楽番組ザ・ベストテン』及び日本テレビ音楽番組歌のトップテン』の年間チャートでは、2位となった[注 4]

    編曲者の佐藤準は同曲のアレンジなどが評価され、第30回日本レコード大賞の編曲賞を受賞した。

    翌1989年には、第61回選抜高等学校野球大会入場行進曲に採用された。シングル発売から30年以上経過した現在でも「ガラスの十代」と共に、高校野球応援ソングとして、定番の曲となっている。また、オリックス・バファローズ若月健矢(捕手)の登場曲である。

    エピソード[編集]

    歌のトップテンでこの曲一曲歌う間の光GENJIメンバーの走行距離を測定したことがある。結果は303mというものであった。

    特記事項[編集]

    CHAGE and ASKAによる光GENJIへの楽曲提供は本作をもって一時中断するが、これはジャニーズ事務所ヤマハ音楽振興会(当時のCHAGE and ASKAの所属事務所)の間で出版権の帰属[注 5]を巡り対立が生じた事が一因とされる[2]。なお、現在この曲を含むCHAGE and ASKA提供楽曲の出版権はヤマハとロックダムアーティスツ(現在のCHAGE and ASKAの所属事務所)が共同で保有している。

    収録曲[編集]

    1. パラダイス銀河
      作曲:飛鳥涼
    2. LONG RUN
      作曲:CHAGE

    カタログ[編集]

    • レコード:7A 0825
    • カセット:10P 3206
    • CD:S10A 0009

    脚注[編集]

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    注釈[編集]

    1. ^ 作曲は、CHAGE and ASKAの2人が担当。
    2. ^ それぞれ「ガラスの十代」と「Diamondハリケーン
    3. ^ この受賞を最後にジャニーズ事務所は楽曲に関する賞レースを辞退しているため、同事務所所属者のレコード大賞受賞歴はない。またポニーキャニオン所属アーティストのレコード大賞受賞は現時点で光GENJIのみとなっている。
    4. ^ それぞれの年間チャート1位は、同じジャニーズ事務所の先輩である田原俊彦の「抱きしめてTONIGHT」。
    5. ^ 7:3の、上記通りの割合をジャニーズが提示してきた。

    出典[編集]

    1. ^ a b 産経新聞』1995年9月4日付東京夕刊。
    2. ^ 「PRIDE II 〜10年の複雑〜」(八曜社)でのヤマハ音楽振興会(当時)渡辺徹二の発言より。

    関連項目[編集]